65.次なる目標を設定して
「よく来てくれた」
バカンスから一週間が経過、やっと余韻から解き放たれいつもの日常が戻ってきた。
いくつか仕事を終わらせた頃、再びライエル男爵から訪問の要請があったのでコロニーへの荷運びのついでに立ち寄ることに。
応接室ではお二人がとてもうれしそうに俺達を迎え、好きなようにに座ってくれと言うけれどもそうすぐにフランクな感じに対応できるはずもなく・・・。
「では遠慮なく」
「え?」
「バカンスは如何でしたか?」
「すっごく楽しかったです!」
「私も行きたかったんですけど、どうしても予定が合わなくて。またあの雄大な海を見たかったものです」
「よろしければ今回撮影した画像データがありますのでご一緒に見られますか?」
「まぁ、是非!」
久方ぶりの再会に緊張気味の俺とは対照的に、女性陣はすぐに打ち解け部屋の隅へと移動するとアリスが白い壁に映像を投影しながらキャイキャイと女子会を始めてしまった。
相手は貴族だぞと言ったところでアリスが聞くはずもなく、更にパトリシア様もそれを望んでいない。
まったく、二人の図太い神経が羨ましくなる。
「どうやら楽しんでもらえたようだな」
「それはもう、ですが大分高くついたのでは?」
「金の事なら気にするな、あいつにはずいぶん貸しがあるからなそれを一つ返してもらっただけだ。それに、向こうでの滞在した時の食糧なんかはほとんどが現地調達、更に燃料や電力もすべて惑星内で賄っているからかかった費用など微々たるものだろう」
「なるほど、それを聞いて安心しました」
「惑星を買おうだなんて大きな夢を持つお前たちにどうしても素晴らしさを知ってほしくて招待したわけだが、いい経験になって何よりだ。本当はパトリシアの言うように私達も同席したかったんだが・・・」
ライエル男爵は残念そうな顔をするけれど、むしろ俺的にはゆっくりできたので来ないでもらって助かったところはある。
一緒に来ていたらそれはそれで楽しかっただろうけど、あそこまで気を抜くことはできなかっただろうなぁ。
その後も男爵とパトリシア様がどういう風に惑星を楽しんだのかという話を聞きながら、女性陣が楽しそうに笑っているのを二人で眺める。
ついこの間まで死にかけていたとは思えない血色のいい顔、男爵も感無量だろう。
「それで、今日は惑星について何か教えていただけるのでは?」
「おぉそうだった。前に報酬として約束をしていた辺境の惑星だがな、いくつか面白いものが見つかったから連絡したのだ。事前の資料はもう目を通したか?」
「工業惑星と資源惑星それと未開発惑星の三つでしたか」
「工業惑星と資源惑星は現在所有者がいるものの随分と高齢でな、身内もいないからいずれはパトリシアが引き取ることになっている。現在も稼働しているが工業惑星は月間1億ヴェイル、資源惑星は月間2億ヴェイルを稼ぎ出しこのペースで採掘しても資源は数十年持つぐらい残っているだろう。とはいえ辺境という地理的不利もあるから輸送にはそれなりに金も時間もかかる」
「それでも月間3億、自分には途方もない額だ」
身内とはいえそれをポンと貰えるんだから貴族ってのは凄いよなぁ。
事前に頂戴した資料にはこの惑星についての詳細と譲渡条件が記載されていた。
もちろんタダではないけれどそれでも十年も運用すればしっかり利益が出る、これに関してはアリスにも試算してもらったが資料に間違いはなかった。
普通ではありえない提案だが問題はどちらの惑星も地表に降りて暮らすことができないってことなんだよなぁ。
「時間はかかるがこれを足掛かりに夢を叶えることもできる、こちらとしても辺境まで行かずに信頼できる相手に任せることが出来るのだが・・・実際のところどう思う?」
「大変ありがたい申し出なんだが・・・やっぱり俺達には荷が重い案件だ。夢はあくまでも惑星に降りて生活する事、残念ながらこの二つでそれを叶えられそうにない」
「ふむ、まぁ仕方あるまい。あの方も数年でどうこうなる事はないだろう、気が変わったらまた声をかけてくれ。後は三つ目だが・・・」
「これだけよくわかっていないそうですね」
「うむ、領地の最奥で見つかった惑星でな、恒星もあるしそれとの距離から推定できる惑星環境はこの間のものに近いものがあるだろう。だが何分遠すぎてそこにあるだろうとわかっていても調査すら行われていないのが現状だ。ここから現地までおよそ半年、最寄りのコロニーからも一カ月はかかる。ハイパーレーンがあればもう少し早く到達できるが、あのような辺境に設置するメリットは残念ながら見いだせていない。無補給で飛ぶには非常に厳しいだけに放置されているというのが正しいな。未発見ながら所有者はいるが、お前が調査してくれるのなら私が責任を持って所有権の譲渡を保障しよう」
つまりそこまで行って調査・管理すればタダで惑星が手に入るという事だ。
もちろん管理というのは地上に降りて惑星全体を調査、必要に応じて開発やテラフォーミングを行うという事も含まれている。
他の未発見惑星でも同じようなことをすれば手に入れることはできるけれども、開発競争に負ければ投資が全て無駄になるだけに所有者が決まっているほうが非常にやりやすい。
やりやすいんだが・・・。
「とはいえ問題はどうやってそこまで行くのかって所か。行くだけならなんとかなるが調査もとなると中々に難しいだろう」
「最寄りのコロニーから先は未開発の宙域、流石の宙賊もあそこまで行くことはない。それと、もし該当宙域に他の惑星や開発可能な小惑星があるのであれば好きにしてもらっても構わない。いずれはその惑星を中心に一定の宙域を譲渡してもいいとも思っている」
「譲渡って・・・」
「領地を持ったとしても残念ながら貴族になる事は出来ないが、いずれ人が増えてきたときには税の徴収や支配を任せるつもりだ。まぁそれが出来る環境ならの話だがな」
惑星を手に入れるだけでなく一定宙域を譲渡して支配することを許す、一般人の俺からすれば宝くじに当たるよりも素晴らしい提案なのだが如何せん場所がなぁ。
「近隣のコロニーまで一か月、か。人を呼ぶにしてもその距離を上回る程の価値が無いと来てくれないだろうし、開発するにも輸送コストはかなりのもの。まさか体のいい押し付けじゃないでよな?」
「そんなわけがないだろう。未開発とはいえ惑星は立派な資産、それを簡単に渡すことなど普通はありえないことだ」
「もちろん理解している。とはいえ距離と物資の問題は解決していない。移動するにしてもソルアレスのカーゴだけじゃ心持たないし、いよいよ母艦を用意する時が来たか」
「もしシップメーカーアテがないのならいい所を紹介しよう。なんにせよひとまずこれで前の約束は果たしたという事でいいな?」
「勿論です」
未踏破宙域をアテもなく飛び回って惑星を探すことを考えたら十分すぎるほどの報酬になる。
辺境惑星、か。
現地行くまでにもかなりの時間がかかるけれど夢を叶えるためと思えばその時間は惜しくない。
もちろんいくまでに色々と準備しないといけないこともあるし、直接向かうのは無理なので今回のように何度もコロニー内で仕事をこなしながら向かう必要もあるだろう。
それでも夢の為と思えば少々の苦労なんてへでもないさ。
「本当は末永くこの地にとどまってほしいんだが、残念ながらそれは難しそうだな」
「えぇ、こんなにも素晴らしい話を貰っていなかったらもうしばらくはここにいたでしょうけど、でも聞いてしまった以上目指さないとおう選択肢はない」
「もしこの間の惑星のような環境だったら是非遊びに行かせてくれ」
「もちろん、お待ちしています」
目標は決まった。
目指すは辺境の未開発惑星、到着までにかなりの時間はかかるけれどもそれでも行く価値はあると思う。
となるとライエル男爵が言うようにここに留まるのもあとわずか、まさかこんなに早くラインを出ることになるとは思っていなかったけどこれも何かの縁なんだろう。
「難しい話は終わりましたか?」
「あぁ、全て丸く収まった」
「それはなによりです」
話が終わったところでパトリシア様が満たされた顔で戻ってきた。
向こうは向こうで楽しい時間を過ごせたようだ。
アリスも聞き耳は立てていただろうからある程度把握はしているだろうけど、今後の為にもしっかり打ち合わせをしておこう。
こうして新たな目標を目指し新たな一歩を進み始めるのだった。




