64.バカンスの余韻に浸って
バカンスを終え久方ぶりにラインに戻ってきた俺達だったが、その余韻もほどほどに使用した消耗品の買い付けや不在にしていたギルドへの顔出しと、戻ったその日から色々と動くことになってしまった。
本当はもっとゆっくりしておきたかったんだが、金のかからないバカンスと違って日常に戻れば何もしていなくても金は減っていく。
幸い前の仕事で多少の蓄えはあるものの船を維持するのにはそれなりに費用が掛かる上に、アリスの提案で別途用立てる必要が出てきたので余裕があるという状況ではない。
そんなわけで早々に仕事復帰をという事で輸送ギルドへと向かったわけだが、連絡もなくバカンスに行っていたことを怒られるのかと思いきや、ライエル男爵に気に入られたこともありポーターさんもあまり無茶なことを言えないようだった。
そりゃお小言の一つや二つは言われたけれど無視しても問題ない程度、傭兵達は元の仕事に戻り始めているけれどコロニー周辺に人が増えたことで商売が盛んになり、結果的に輸送ギルドに所属する人も増えているのだとか。
最初のころは誰もいないとかなんとか言っていたけど、あの登録方法に問題があったんだろうなぁ。
それを改めた途端この盛況ぶり、何はともあれ活気があることはいい事だ。
「じゃあもうしばらくはここにいるんですよね?」
「とりあえず今のところは。とはいえライエル男爵にはまた呼び出されているから、それ次第ではここを離れることになるだろう。でもこれだけ登録者が増えれば問題ないだろ?」
「そうなんですけど、短距離の仕事を引き受けてくれる人はまだまだ少ないですから。トウマさんがいなくなると底の穴を埋めるのが大変そうです」
「とはいえ取り急ぎしなきゃいけないような仕事は無いんだろ?」
「えぇ、滞りなく」
「それなら問題ないな」
前の状況なら少しぐらい手伝ってやるかと思ってしまうが、これだけギルド内が盛況なら報酬を上げるなりなんなりすれば短距離の仕事をやる人も増えるはず。
ぶっちゃけ戻ってきてすぐに面倒な仕事をしたくない気持ちが強いので、手軽な仕事を二・三引き受けてから傭兵ギルドへと向かった。
「お、戻ってきたな」
「おかげさんで。ディジーはちゃんと仕事に来たか?」
「あぁ、最低な顔して出勤してきたぞ」
受付を通らずそのままこっちに来たがどうやら正解だったようだ。
向こうに顔を出したら顔を出したで文句を言われるのはわかっているだけに、しばらくはそっとしておくとしよう。
「しばらく離れていたがどんな感じだ?」
「民間人を襲う宙賊は少ないが例の一件で空いたシマをめぐって宙賊同士の小競り合いが確認されている、もう少ししたら奴らも動き出すだろう」
「あれだけ駆除したのにまた出て来るのか」
「黒い虫と一緒だからな、どこからでも出て来るさ」
船一つ買うのにだってそれなりの金はかかるだろうに、よくまぁ次から次えと出て来るもんだ。
そりゃ上手くいけばそれなりに儲かるし女だって手に入るだろうけど、所詮宙賊は宙賊。
やつらに人権はないし、いつかは滅ぼされる存在だ。
「宙賊の目撃情報があった地域についてあとでアリスに送っておいてくれ、いくつか仕事をするからそこと重なってたら調査しとく」
「それならついでに害虫駆除も頼む」
「いいのか?他の傭兵の仕事を奪うことになるぞ?」
「誰しも害虫駆除なんてめんどくさい仕事したくないからなぁ、どうせやるならもう少し太ってからの方が良いのさ」
「それでわざわざ太らせるってのはどうかと思うぞ」
宙賊を倒すのが傭兵の役目なら実入りが少なくてもしっかり駆除してほしいところだが、命を懸けて僅かしか稼げないのであればという気持ちもわからなくはない。
その後もあれこれと情報交換をしてからソルアレスに戻ったのがお昼過ぎ、昼食を食べ損ねたのでキッチンに向かったんだが合成器から出てきた食事を前に食べる気持ちが無くなっていることに気が付いた。
「おかえりなさいトウマさん。あれ、食べないんですか?」
「最初はそのつもりだったんだが・・・なんだか食べる気が無くなってな」
「あー、なんとなくわかります」
「上を知ってしまうと中々質を落とすのは難しいと聞いてはいたけれど、まさか本当だったとはなぁ」
どうしたもんかと考えているところにイブさんが登場、よかったどうやら俺だけじゃなかったようだ。
別に見た目が悪いとかそういうわけじゃない、今までこれを食べてきたわけだし食べない理由はないんだけども・・・良い物を食いすぎるのも考えものだな。
バカンスの余韻というかバカンスの弊害というか、ディジーもそうだけど仕事したくなるのが欠点だよなぁ。
いや、そもそもあぁ言う所は普段働かなくていい人が行くところなのか?
「食べ物を粗末にすると怒られますよ」
「アリスか、一体何に怒られるんだ?」
「食べ物の神様です」
「・・・ヒューマノイドが神を語るとは世も末だな」
「星間ネットワークの情報を見ていると世の中には物理や科学では証明できない事象が起きていることが確認できます。それらを上手く説明できないという事は、非科学的な存在がある事を証明していることにもなりますよね?」
「それっぽく言っているけど証明になってないよな、それは」
「ここは素直に驚く所ですよ、マスター。大自然の素晴らしさを体験した人の多くは超自然的な物事に対して受容しやすくなるのが一般的ですが、どうやらマスターはそれに当てはまらないようです」
なんだろう、お前は普通と違うんだぞとディスられたような気もしないではないが、まぁいいか。
「で、傭兵ギルドから情報は来たか?」
「先ほど頂戴しました、マスターが受けた荷受けの仕事の付近に目撃情報が重なっておりましたのでそちらの調査を並行して行いましょう」
本来調査なんてのは傭兵ギルドの仕事だけど、うちには頭脳派のアリスと肉体派のイブさんがいるので宙賊の小者など敵ではない。
依頼ついでに討伐報酬も稼げれば万々歳だ。
「たった数日働かなかっただけでこのめんどくささ、やれやれ休暇ってのはいいのか悪いのか考えもんだなぁ」
「本来疲れを癒すためのものですから必要ではありますけど、勤勉なマスターでもそう思う事はあるんですね」
「ん?俺が勤勉?」
「違うんですか?」
うーむ、考えたことなかったなぁ。
別に真面目でもないしむしろさぼれるならさぼりたい派の人間だけど、どうしてそんな風に思うんだろうか。
「私もトウマさんは勤勉だと思います、お仕事も責任もってやられますし小さい事にも気が付きますし」
「やめてくれ、そんなに良くできた人間じゃない」
「おや、マスターが照れていますよ」
「照れてない、慣れてないだけだ」
「それを照れているっていうんです」
この年になると中々褒められることが無いだけに急にそんなことを言われると戸惑ってしまう。
イブさんも俺を肯定してくれているけれど俺の根っこはめんどくさがり、決して勤勉ではない。
「いずれ惑星を買えばあんな風に暮らせると信じて・・・とりあえず金を稼がないとな」
「そうですよね、条件次第ではありますが買うとなるとかなりの金額が予想されますから」
「はぁ、どっかから金がわいてこないかなぁ」
「お金を湧かすことはできませんが増やすことはできますよ?」
「ん?」
「ネットワーク上の口座情報を貯ちょっといじるだけで・・・」
「はいアウト!そんなせこいやり方で稼ぐのはダメだ。そりゃ増えればありがたいけど犯罪はよろしくない」
「ふふ、そういう所が勤勉なんですよマスター」
いや、犯罪行為と勤勉を一緒にするのはどうかと思うぞ。
確かにアリスの実力があればネット上の数字を動かすなど朝飯前、足がつかない方法で増やしてくれるだろうけど・・・やっぱりちょっと違うよなぁ。
お金は欲しい、でも非合法な方法は俺のポリシーにはない。
やるならば正規の方法でしっかり稼ごう、そう自分に言い聞かせるのだった。




