63.惑星最後の日を迎えて
惑星生活四日目。
初日の感動、二日目の海、三日目の山、と来て最後の四日目。
今日の夕方までがここでの滞在期限、それを惜しむかのようにディジーとイブさんは朝から海に入り最後の海をこれでもかと堪能していた。
俺も桟橋からの釣りを楽しませてもらい、アリスがそれを興味深そうに眺めている。
「楽しいですか?」
「あぁ、思っている以上に楽しい」
「そうですか」
「アリスもやるか?」
「いえ、私は見ているだけで大丈夫です」
バカンス仕様の白いワンピースにこの惑星で作られたという麦わら帽子という広いつばのそれかぶる姿は本の表紙になる様な美しさがあった。
うーん絵になるとはまさにこのこと、生憎と絵心はないが素人の俺でもこれは綺麗だと分かる。
「何か?」
「いや、綺麗だなと思っただけだ」
「褒めても何も出ませんよ?」
「別に何かが欲しくて言ってるわけじゃない」
「マスター、熱でもありますか?帰るのが嫌で体調を崩したりは・・・」
「そういうところだぞ、アリス」
純粋に綺麗だと思ったからそう答えただけなのに気がふれたように言うのはどうかと思うぞ。
その後ものんびりと釣りを楽しみ、アリスは後ろの日陰に設置したリクライニングチェアに横たわりながら虚空に向かって手を動かし続けている。
おそらく彼女にしか見えないモニター的なのがあるんだろう。
今日でバカンスも終了、明日からまたいつもの日常が戻ってくるとげんなりするがいつまでも休んでいられるわけではない。
その為の準備というか仕事の選定や情報収集を行ってくれている・・・はずだ。
「ただいま戻りました!」
「おかえり、楽しかったか?」
「はい!前に出来なかった大型哺乳類と一緒に泳ぐ事も出来ましたし、魚の餌やりも素敵でした」
「楽しかった、楽しかったんですけど!今日でもう終わりなんですねぇぇぇ」
昼前、最後の海を満喫した二人が海から戻ってきた。
満足げなイブさんとは対照的にディジーはまだまだ遊び足りない様子。
これが若さってやつか。
びしょ濡れのまま水着姿を惜しげもなくさらす二人、最初はあまり見るのも申し訳ないと思っていた水着姿も見慣れてしまえば普通に感じてしまうんだよなぁ。
「トウマさんは楽しめていますか?」
「おかげさんで、朝から三匹釣れたぞ」
「三匹だけ?」
「三匹も、だ」
「途中13匹ほど逃がしていますが本人は満足そうです」
「いいんだよ、楽しけりゃ」
最初は逃がすと悔しかったけれど、こうやってのんびり糸を垂らしているだけでも十分楽しいので後半は逃がしても悔しいと思わなくなっていた。
ま、釣れたら釣れたで嬉しいんだけどさ。
「アリスさんは何をされているんですか?」
「明日からのスケジューリングとネットワークの確認ですね。この三日間まともにアクセスしていませんでしたから色々と溜まっていたのを片付けております」
「別にネットに接続できなかったわけじゃないんだろ?」
「そうですけど、ここにまで来て私だけ楽しまないのもおかしいじゃないですか」
「ま、それもそうだ。とりあえずラインに戻るとしてライエル男爵にもお礼を言いに行かないとなぁ」
「その件ですが惑星の件で進展があったから時間が出来たら来てほしいとの連絡が入っていました。なんでも辺境に手付かずの惑星があるとか、条件については不明ですが環境はそこまで悪くないとの事です」
お礼を言いに行くはずがこれまたとんでもない情報が転がり込んできたな。
確かに辺境惑星について情報が欲しいというのが前回の報酬だったけれど、こうも早く情報が入ってくるとは・・・あまりにもできすぎではなかろうか。
こういう時こそ慎重に行動するべきだろう。
「非常に興味深いが、とりあえずラインに帰ってからだな」
「えー、私も一緒に行きたいです」
「あまり長い事仕事を休むと復帰するのが嫌になるぞ」
「もうとっくになってます。こんな生活してまた受付嬢の仕事をするとか・・・無理です」
「頑張れ」
「えぇぇぇ、連れて行ってくださいよぉぉぉ!何でもしますからぁ」
現実を突きつけられ気がふれたようにイヤイヤを繰り返すディジー、更には俺の腰にしがみついて心にもない事を言っている。
確かにこんな生活をしていたら元に戻りたくなくなる気持ちもわからなくはない、だけどいつまでもグーたら出来るほど残念ながら裕福ではないんだよ俺達は。
「なんでも?」
「なんでもします!脱げと言われてら脱ぎます!」
「いや、脱がんでいいから」
「えぇぇぇ、見てもいいから連れて行ってくださいよぉぉ」
「ディジー様、マスターの趣味からすれば脱ぐよりもチラリズム的に攻めるほうが効果的かと」
「なるほど!」
「なるほど!じゃねぇよ、アリスも余計なこと言うな。ともかく一度ラインに戻るからな、ライエル男爵にはその旨を先に伝えておいてくれ」
パレオをめくって下のビキニを曝そうとするディジーの頭を叩きつつアリスに注意する。
まったく人の性癖をさも当たり前のように暴露するんじゃない。
確かにモロ見えよりもチラ見えの方が好きだけど・・・って今はそういう話じゃなかった。
ともかくバカンス後の動きが決まったので船に戻ったら色々と準備をしなければ。
快適な惑星生活は名残惜しいけど俺達には俺達の生活が待っている、そこから逃げることはできないんだから大人しく諦めてよりよい生活の為に動くしかない。
「皆様お楽しみいただけましたでしょうか」
その日の夕方、最後の最後まで惑星生活を満喫した俺達は現実に戻る為発射台に設置されたソルアレスへと向かっていた。
見送りに来てくれたオルファさん、その手には何やら大きな袋がぶら下げられている。
「すっごい楽しかったです!」
「素敵な経験が出来ました、本当にありがとうございました」
「という事らしい、俺も色々と楽しませてもらった」
「ご満足いただけたようで何よりです。また機会がりましたらお越しくださいませ」
「次は実費で、と言いたいところだがそれが出来るようになるにはしっかり稼げるようにならないとなぁ。今日のプランで結局いくらかかるんだっけ?」
「おひとり様1億ヴェロスです」
三泊四日で一億ヴェロス。
これを高いか安いかで決めるのは中々に難しい所だが、とりあえず二回目は随分と先になるのは間違いなさそうだ。
「まぁ、頑張るか」
「マスターならすぐですよ」
「そう言い切れるお前がすごいよ。それで、その袋は?」
「惑星を探しておられるとのことでしたのでそれ用に、もし買われた暁にはこの実を植えてください。それなりに過酷な環境でも育ちますし生育も非常に早く立派に育ちます」
「植物の持ち出しは禁止じゃなかったのか?」
「この種は問題ありません。成長後は枝を地面に刺すことで新たな株として成長しますのであっという間に広い森が出来上がる事でしょう」
手渡された袋には親指と人差し指でわっかを作るぐらいの木の実がぎっしりと詰め込まれていた。
いずれこれが林となり、森となり、山を彩っていく。
「ありがたく頂戴する」
「それでは皆様良い旅を、この度は当惑星をご利用いただきありがとうございました」
オルファさんに見送られながらソルアレスに乗り込み大気圏の外へと飛び出すべく準備を始める、たった四日離れていただけなのにコックピットの自分の椅子が随分と懐かしく感じてしまった。
「出発準備完了、新規エンジン正常正常に作動中」
「なるほど、この発射台で一気に宇宙へと上がるのか」
「これで上がれるのは半分ほど、その先は自前のエンジンで一気に加速致します。その為に新規エンジンも増設、装甲の耐熱性能も向上しておりますのでご安心ください」
「だといいんだが」
アリスの安心してくださいは全く安心できないんだよなぁ、そんな事を思いながらも出発準備は粛々と進み、いよいよその時がやってきた。
「シューティングレンジ正常稼働、出発まで5・4・3・2・1・イグニッション!」
カウントダウンの後、ドン!という音と共に全身が椅子に押し付けられるようなGを感じながらソルアレスはぐんぐんと加速、あっという間にメインモニターの前が真っ赤になり次第に漆黒の宇宙が映り始めた。
後方モニターにはさっきまでいた青い星が映し出されている。
本当に素敵なバカンスだったなぁ、終わってみて初めて名残惜しさを感じてしまった。
こんな経験もう二度と、いやまたできるように頑張ろう。
こうして俺達の短くも濃密な惑星生活はあっという間に幕を閉じたのだった。




