60.本物の海を堪能して
「おぉー」
ざざんざざん、いやドドド、ドドド?
ともかくなかなかな音を出しながら左右に広がる海岸線に波が押し寄せている。
惑星観光二日目。
昨日は全て天然物の食事をいただくという一生に一度あるかないかの贅沢をさせてもらい、木の香りがする天然のウッドフレームベッドに横になり、潮の香りがする自然の風を浴びながら寝るという庶民では一生分の運を使い果たしてもできないような経験をさせてもらった。
やっぱり金、金は全てを解決する。
どれだけすごい経験も金さえ積めばできるんだからそんな言葉が生まれても仕方ないよなぁ。
そんな素晴らしい経験に年甲斐もなく興奮してしまい、いつもよりも早起きしてしまった。
まだ薄暗い中リビングへ行くとそこにはアリスの姿が。
誘われるがまま薄暗い海へと向かい、今に至るというわけだ。
「まさか、今更ビビっているんじゃありませんよね」
「ビ、ビビってなんてないやい」
「なんですかその返しは」
「なんとなく思いついただけだ。しっかし夜に海はこんなに暗いんだな」
昨日はあんなに青々として美しかったのに今は真っ黒でどちらかといえば恐ろしい雰囲気の方が強い。
仮にお金を積まれてもこの中で泳ぐのはちょっと遠慮したいところだ。
「それもあと数十分で終わりです。天候は今日も晴れ、この星はウェザーコントロールをしていませんのでマスターの運が勝ったようですね」
「日頃の行いと言ってくれるか?」
「日頃の行いが良くても降る時は降りますが」
「違うんだよなぁ」
いくら大雨の予報でも日頃徳を積んでいると晴れたりする、科学的に何の根拠にない話だが、俺はそういうのを信じるタイプだ。
世の中科学や物理では証明できないものがたくさんある、そう考えている方が面白いだろ?
「あ、明るくなってきましたよ」
「コロニーの日の出とはまたちょっと違うんだな」
「大昔の人からすればこれが当たり前だったそうですよ」
水平線の向こうがだんだんと明るくなり、紺色の下にピンクがそしてオレンジ色の恒星が姿を現す。
恒星とのこの絶妙な距離感が最適な気温と環境を生み出しているのだとか。
これができないと強引にテラフォーミングして似た環境を作り出すそうだが、この惑星はそういうのをしてない天然惑星を謳って人を集めているとオルファさんから教えてもらった。
ただ闇雲に惑星を買うだけでなくこういう部分も考えて探さないと後々大変な事になってしまうらしい。
アリスもそういうところまで教えてくれればいいのに。
そんなこんなで太陽が水平線から登りすっかり明るくなった頃、遅れてイブさんとディジーが砂浜にやってきた。
「おはようございます!」
「おはようさん、興奮して寝れないのかと思ったらぐっすりだったみたいだな」
「案外そういうのってないんですよねー、繊細な人はなるらしですけど」
「フフ」
「どうしました?」
「いえ、なんでも」
なんだよ、笑うなら笑え、こう見えても結構繊細なんだよ、悪かったな。
アリスを睨みつける俺を見てキョトンとする二人、これ以上は傷になるから大人しくしておこう。
「それで、もう少ししたら朝食だが今日は何をするんだ?」
「海です!」
「また?昨日あれだけ遊んだだろ」
「あれはすぐ近くまでじゃないですか、今日はイブさんと一緒に沖まで出てダイビングってやつをするつもりです。トウマさんはどうするんですか?」
「俺?そうだなぁ・・・まぁ適当にのんびりするつもりだ」
「えーもったいない!折角の惑星なんですよ!?もっと楽しまないと!」
もちろんそのつもりでいるけれど、そんなはしゃぐような年でもないし沖に出なくても十分楽しめそうなのでこっちはこっちでのんびりやらせてもらおう。
「アリスさんはどうされるんですか?」
「私はこの体ですのでマスターと一緒に居ることにします。今後に向けて色々と勉強できそうですから」
いくらヒューマノイドボディの耐水性が優れているとはいえ誰も好き好んで命の危険がある場所へは行かないだろう。
何を勉強するのか気になるところだが、とりあえずアリスが同行するらしい。
「ご一緒できなくて残念です」
「また感想聞かせてくださいね」
「はい!」
「ってことでしっかり朝食を食べて英気を養おうじゃないか。なんでも産みたての卵を食べられるらしいぞ」
「えぇ!本物だけでもすごい高いのに産みたてですか!?」
「メニュー表を見るとオーブンで焼いた本物のパンにゆで卵、スクランブルエッグ、卵スープ、卵尽くしですね」
「昨日の夜もすごかったのに、朝から豪華すぎます」
マジでこれをコロニーで食べたらいったい何万かかるんだっていうメニュー構成。
現地ですぐに手に入るからこうやって気軽に出すんだろうけど、いかにこれらを宇宙にもっていくのが大変かよくわかるなぁ。
すっかり日の登った海を後にしてロッジへ戻るとオルファさんが朝食の準備をしてくれていた。
昨日の夕食もそうだったけど、目の前で調理をして提供されるという貴族ぐらいしか経験できないようなことをさも当たり前のようにやって貰えて本当にありがたい。
船内はともかくコロニーに居る時も基本は合成食品だし、少し背伸びしても加工品ぐらいで、しかもそれを温めたり手を加えたりはしてもこうやって生の食材を加工することなんてのはまずありえない
どれを見ても本物の食材ばかり、惑星で生活するとこんな贅沢が出来るようになるのか。
「おかえりなさいませ、朝日は如何でしたか?」
「とっても綺麗でした!」
「それはよかった、もうすぐ出来上がりますのでどうぞお席へ。香茶もすぐにご準備します」
「手伝いましょうか?」
「そんな、お客様の手を煩わせるわけにはまいりません。どうぞお席へ」
金を払ってるわけではないので申し訳ない気持ちがあるんだが、向こうからしたらそうではないらしいので大人しく席に座って朝から素晴らしい食事をいただきイブさんとディジーの二人はオルフェさんと共へ海へと出発。
俺はというと一度部屋に戻ってベッドの気持ちよさを堪能してから再びアリスと海岸へと向かった。
「綺麗だなぁ」
「それしか言ってませんよマスター、語彙力を置いてきたんですか?」
「もう少し優しい言い方はないのか?」
「では言葉をお忘れになられたんですか?」
「全く変わって無いし!」
まったく心の底から感じていた感動を返してくれ。
「お、綺麗な貝殻」
「その模様と形からこの惑星固有の貝ですね」
「珍しいのか?」
「生憎とありふれたもののようです」
「とはいえ宇宙に上がればこれも立派な惑星産の天然物、持ち帰ったら売れるよな?」
「それはまぁ」
「やり方次第だがこういうのも結構需要あると思うんだがなぁ」
ラインコロニーに居ても思ったんだが、天然物の需要ってのはかなり高くてちょっとしたものでも本物が欲しいという意見はそれなりにあった。
もちろん値段に限界はあるけれど、少々高い物なら普段使わない物でも買って家で飾っておくとかするらしい。
アリスに星間ネットワーク内の需要を調べてもらったんだがそれなりにあるらしい。
「オルフェ様から返事がきました、根こそぎというのは無理ですがソルアレスに乗せられる程度なら問題ないとのことです。ただし植物は検疫の問題があるため、あくまでも貝殻や石などに限ると言われました」
「そりゃありがたい、後は綺麗な奴とかをまとめてネットに流せばそれなりに売れそうだな」
「まったくマスターの思いつきには驚かされます。まさか足元に転がっている物を売ろうだなんて」
「他の人は考えなかったのか?」
「おそらくそんな小銭を必要とされない方々しか利用しないんでしょう」
あー、それを言われると妙に納得してしまった。
こんなところでバカンスを楽しむ人がたかだか数十万ヴェイルに目の色を変えるはずがない。
どうせ俺は小さい人間だ、けれど金はいくらあっても困らない。
なら集められるときに集めるべきろ。
そんなわけでアリスと共に海岸を歩きつつ足元に落ちている貝殻や石などをワイワイ言いながら集めるのだった。




