58.惑星へと降りたって
「何とかなりましたね」
「何とかなりましたじゃねぇよ、危なく焼け死ぬところだったんだぞ」
初めての惑星。
本当はもっと感動するとか大騒ぎするところなのだが、別の部分で大騒ぎしてしまい感動するタイミングを失ってしまった。
モニター越しに見る限りは特に問題なさそうだがおそらく外装は真っ黒に焼け焦げていることだろう。
ハイパーレーンを抜けて目の前に現れた青い惑星にテンションマックスの俺達だったが、そのまま降下を始めた所で想定外の事が起きてしまった。
熱い。
みるみるうちにソルアレス内の室温が上がり始め、窓の外は大気に船体シールドが焼かれて真っ赤になっていた。
アリスの話では問題ないという話だったが、そんなはずもなく大気圏突入時に想定以上の熱に船内の室温が上昇しているとの報告を受けたのが降下して30秒後。
それからは焼け死ぬのが先かそれとも大気圏突破が先かという苦行を強いられ、結果的には無事に降下出来たというわけだ。
テンションマックスだったディジーも流石に死の恐怖を感じたのか、最後は悲鳴を上げながら何かに祈り続けていた。
「まさか大気圏があんなにも危険だとは、良い経験になりました。データを更新しておきます」
「因みに帰りはどうなるんだ?」
「もちろん内部進化シークエンスによって対処しますので問題なく突破できるでしょう」
「本当だろうな」
「もちろんです、私に抜かりはありません」
抜かりがあったせいで焼け死ぬところだったんだぞとアリス以外の全員が思いながらも、あえて言わないのが優しさというもの。
とにもかくにも惑星には到着したわけだし、後は夢を叶えるための準備をしようじゃないか。
「外部ハッチ開放準備開始。アリス、外の状況は?」
「天候は晴れ、外気温28度、湿度45%、東南東の風1mです。大気に異常物質無し、若干酸素が多めですが体調には影響のない範囲です」
「それはいいのか悪いのかどっちなんだ?」
「非常に快適だと言えるでしょう。ソルアレス周辺に異常なし、外部ハッチ開放準備完了。ハッチ開放します」
ガタンという音共にソルアレスが左右に揺れ、外へとつながるハッチが開く。
いよいよその時が来たようだ、改めて全員の顔を見て小さく頷く。
「よし、行くぞ!」
「一番乗り貰いました!」
「あ!ディジーさんずるい!」
「へへ~ん、早い者勝ちですよ~」
「そんなに急ぐと怪我するぞ」
「大丈夫です、そんなへまなんて・・・キャァ!」
ほら言わんこっちゃない、一目散にコックピットから外部へとつながる廊下へと移動したディジーだったが、途中の隔壁に躓いてそのままハッチの外に飛び出してしまった。
幸い下は砂地なので大丈夫だとは思うが、イブさんが慌てて外に飛びおりて落ちたディジーを引っ張り起こす。
なんとも間抜けな格好だが本人はとても嬉しそうだ。
「ディジー、本物の地面の感想はどんな感じだ?」
「砂ってこんなに柔らかいんですね!空気の湿気がすごい、それに風に匂いがあります!」
「満足そうで何よりだ、来てよかったなぁ」
「はい!」
満面の笑みを浮かべるディジー、この笑顔を見るだけでも連れてきたかいがあったというものだ。
俺もゆっくりとハッチに備えられた階段を下りて惑星への第一歩を踏み出す。
地面を踏んだ次の瞬間、足が砂に沈みバランスを崩しそうになるが、慌てて反対の足を下ろしてそれに耐える。
なるほど、これが本物の砂というやつか。
体重を乗せるとそのまま足が沈み、周りの砂が足の上にかぶさってくる。
ライエル男爵とパトリシア様からの事前情報によりサンダルを履いていたのだが、なるほどこれが理由か。
コロニー内でも風は吹くけれどどこかかび臭い感じがあったのだが、ここにそれはなく様々な香りが含まれている感じ。
これが本物の空気、そして匂いなのか。
目の前には青い海、大量の水が白い波と共に何度も何度も押し寄せてくる光景は事前に見たホログラム通りだ。
画像ではわからなかったけれど、押し寄せるときのドドドという音が足から、ざざんという音が耳から聞こえてくる。
そして地平線まで続く大量の海水、なんていう質量感なんだろうか、そしてこれだけの液体を動かしているのが今感じている風だなんて想像できないよなぁ。
「マスター、如何でしょうか」
「最高だ」
「それは何よりです」
遅れてやってきたアリスの手を取り彼女が砂浜に降りるのを手伝う。
よく見るとちゃっかりサンダルを履いているのだが、細かな砂が入ったりしないのだろうか。
「アリスは惑星に降りたことあるのか?」
「生憎と惑星処女でして」
「・・・言い方」
「童貞の方がよろしかったですか?」
「初めてなのはよくわかったが、この雰囲気を壊すなよな」
「それは失礼しました」
確かしばらくしたら迎えが来るはずなので、それまでは初めての砂浜と海を体験させてもらうとしよう。
最初は波打ち際で遊んでいたディジー達だが、次第に遊びが激しくなり最後は大胆に水を掛け合い始める。
大の大人がびしょびしょになって何してるんだか、なんて思ったりもしたけれどちゃっかり服の下に水着を着ていたようで、すぐに着替えて海の中へと飛び込んでいった。
惑星にやってきてまだそんなに時間経ってないんだが、元気なもんだ。
流石のアリスも海の中には入れないのか水着には着替えたものの波打ち際で貝殻を拾ってる。
俺?
この年になってはしゃぐのもあれなのでソルアレス側に椅子を置いて静かに感動を噛み締めている。
そんな感じで一時間ぐらい満喫させてもらっていると、こちらに向かってくる人影を発見した。
アリスもそれに気付いたのかいつの間にか近くに戻ってきた。
「キャプテントウマですね?」
「あぁ、俺がトウマだが」
「ようこそアクアロスへ、私はここの管理を任されていますヒューマノイドのオルファと申します。皆様のことは我が主人オルフェウスより聞いております。短い期間ではございますが快適な環境を提供するとお約束させていただきます。どうぞこちらへ、本日からの日程のついてご説明させていただきます」
やってきたのは整った顔立ちのスラリとした長身ヒューマノイド、場違いなほどにかっちりとした服装は主人の趣味か何かだろう。
別に不快ではないので別に構わないんだが、うちのアリスとは大違いだな。
「なにか?」
「別に、何も言ってないが?」
「少々不快な視線を感じたものですから。それとも、私も普段からあれぐらいかっちりとした方が宜しければそうしますが」
「いや、変える必要はないだろ。アリスは今のままで問題ない」
「ありがとうございます、マスター」
別にアリスにまた何か言われるからそう言ったわけじゃない、普段からあまり堅苦しいのは好きじゃないので今ぐらいで問題ないと思っただけだ。
とりあえず案内してくれるという事なので、海の中ではしゃぐ二人に声をかけてイケメンヒューマノイドの後ろを追いかける。
ぱっと見人間っぽいけど、耳の部分に尖ったパーツがついているのでそこを見れば違うということがわかるな。
本来ヒューマノイドは一目でそれとわかりようにしなければならないのだが、アリスの場合はその規定ができる前に作られているのでぱっと見で確認することは難しい。
逆に今のヒューマノイドの方がいいという人もいるし、世の中の時流が正解なんだろうなぁ。
「お待たせしました!」
「お楽しみのところ申し訳ないがこれからの惑星生活について説明したいんだとさ、どうやら最初に思っていたよりもすごい事になりそうだ」
「そうなんですか?」
「まぁ行けばわかるさ」
あんなヒューマノイドを使って惑星を管理できるような金持ちだ、色々と期待してもいいじゃないか。
なんて貧乏くさい事を考えてしまうのだった。




