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35歳バツイチオッサン、アーティファクト(美少女)と共に宇宙(ソラ)を放浪する   作者: エルリア


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55.コロニー内を走り回って

「ご苦労様、悪かったねぇこんなところまで」


「まぁこれも仕事なんで。それじゃあまた」


 重たくて運べないという老婆に頼まれ致し方なく荷物を廊下へ置き、静かに家を出る。


 俺の手には受領書と今時珍しい金色のブツが握られていた。


「よかったですね、喜んでもらえて」


「このご時世にエアリフトも入らないような場所があるとはなぁ」


「それだけ古いコロニーってことですよね。区画整理もされず人々の思うがままに作られた建築物、不便ではありますけどこうやっておまけも貰えるのなら悪くないです」


 今日の仕事はコロニー内の荷運び。


 これも輸送ギルドの立派な仕事なのだが、本来請け負うはずだった奴がさぼったことで急遽俺にお鉢が回ってきたというわけだ。


 船を持たない輸送ギルド員が行う大事な仕事、普通はエアリフトと呼ばれるドローンのような小型のリフトを帯同して荷運びをするのだが、今回のように狭い廊下や階段を登るのには不向きなのでこういう場合は人の手で運ぶしかない。


 しかもそういう場所へ運ぶものほど重たい物ばかり、そりゃ嫌になる気持ちもわかるけれどサボるのはよろしくない。


 俺もイブさんという助っ人がいたからこそ引き受けたけれど、そうでなかったら断っていたところだ。


 本人はおまけに貰った手作りの飴を食べてご満悦、砂糖を煮詰めて作る本物の菓子は同じような成分で作られる合成機産のものよりもほんのりと甘いような気がした。


「とはいえ不便であることに変わりはない。いずれここも区画整理されるんだろうけど・・・いや、されるのか?」


「それはライエル男爵様次第じゃないでしょうか。区画整理にもお金はかかりますし、粉塵が舞うのでエアフィルターにかなりの負担を強いるのでそれを掃除するのも中々に大変ですから」


「詳しいな」


「この間ソルアレスでやらかした時にアリスさんに教えてもらいました」


「あぁ、小麦粉事件か」


 事件、というのはちょっと大袈裟だけどイブさん的には大事件だったらしい。


 メディカルコロニーにいた時にパトリシア様から本物のお菓子の作り方というのを聞いたらしく、わざわざ小麦粉を手に入れてチャレンジしたんだがふとした拍子に粉が舞い上がりソルアレスのキッチンがものすごいことになってしまった。


 更には粉を異物だと判断したエアクリーナーが粉塵を吸収、瞬く間にエアフィルターを詰まらせてソルアレス中に警戒アラーム鳴り響いたということだ。


 幸いソルアレスの自己メンテナンスシステムにより大事には至らなかったけれど、これが宇宙空間かつ航行中だったら最悪な場合空気を循環できず死んでいた可能性もあるんだとか。


 それを聞いたイブさんは意気消沈、以後お菓子を作ることをやめてしまった、というのが一連の流れだ。


「その節はご迷惑をおかけしました」


「別に大事には至らなかったんだし問題ない。それに本物のお菓子が美味いってこともこれでわかった、また今度作ってくれるか?」


「はい!次は失敗しないように頑張ります!」


「作り方はアリスが知ってるから彼女に聞くといい、嫌な顔せず手伝ってくれるさ」


 仮にまた何かあってもアリスがいればすぐに対処してくれるだろう。


 その後もラインコロニー点在する集積場を移動しながらエアリフトの入らないような古い路地や狭い建物へと荷物を運搬、昼過ぎにある程度目処が立ったものの足がパンパンになってしまった。


「もう無理、休憩!」


「お疲れ様です」


「イブさんはまだまだ余裕そうだな」


「私にはこれぐらいしか取り柄がないので」


「それは白兵戦も迎撃も荷運びもできない俺に対する挑戦と捉えていいか?」


「そんなつもりじゃ!」


「あはは、冗談だって」


 彼女が負い目を感じていることは前々から知っている。


 俺からすれば些細なことだし気にしなくていいのだが、本人はそういうわけにいかないんだろう。


「トウマさんにはトウマさんにしかできないことがたくさんあるじゃないですか。傭兵の皆さんの前でも物怖じしませんし、宙賊とだって口でやり合えるじゃないですか。知らない人とそうやって話せるってすごい事だと思います」


「前の仕事では初めての相手と意思疎通できないと大変なことになってから必然的にスキルを身に着けただけだ。しいて言えばそこが強みになるんだろうけど、アリスさんには勝てそうにない」


「私なんて偶然こういうことが出来るだけで、そもそもなんでできるかもわからなくて。でも、そんなよくわからない私を仲間として迎え入れてくださるトウマさんやアリスさんに恩返しがしたくて私なりに頑張っているだけなんです。だからご自身の事をそんな風に言わないでください」


「おいおい、なんでイブさんが落ち込むんだよ」


 急に声のトーンが落ちて、そのまま俯いてしまったイブさん。


 いや、追い詰めるとかそんなつもりで行ったんじゃないんだが・・・嘘だろ?


「女性を泣かせるなんて最低ですね、マスター」


 どうしたもんかと狼狽えていると、突然後ろから本来いるはずのない人の声が聞こえてきたので慌てて後ろを振り返った。


 そこに居たのは腰に手を当てて残念な雰囲気で俺を見上げるヒューマノイドが一体。


「アリス!?お前、船に残ってるって言ってなかったか?」


「マスターがイブ様を泣かせているとの気配を感じ増してやってまいりました」


「どんな気配だよ、っていうか泣かしてないし」


「ではあの涙は?」


「え?」


「自覚はあるようですね、最低です」


 突然やってきたアリスがイブさんの横にそっと寄り添い、赤子をいつくしむように頭を撫でる。


 いや、それは・・・その・・・ん?


 よく見るとイブさんの肩がかすかに揺れている。


 泣いて揺れているのかと思いきや何かに耐えているようにも見えなくはない。


「イブさん?」


「話しかけないでください、イブさんは今失意の中に・・・」


「んふふ、駄目ですもう、限界!」


 突然イブさんが顔を上げたかとおもったらその顔には涙の一滴も流れていなかった。


 いや、笑いをこらえる為に瞳がうるんでいる感じはあるけれど、決して悲しみから来るものではなさそうだ。


「イブ様、もう少し我慢してくださると嬉しいのですが」


「だって失意の中って・・・、私そんなこと一度も思ったことないのに」


「もしかしなくても二人で謀ったのか?」


「ごめんなさいトウマさん、アリスさんがこの前の失態を帳消しにしてくれるというので」


「イブ様それは言わない約束では?」


「あ!」


 やってしまったみたいな顔をするイブさんだが、もしかするとこれすら彼女が仕掛けたことなのかもしれない。


 俺を謀ろうとして実はイブさんに謀られていた、もっとも彼女がそれをする理由はないんだけど。


「ほぉ、つまりこれはアリスが仕掛けたわけだ。汗水たらして働くマスターを笑おうとイブさんを利用して、いい度胸じゃないか」


「どこにその証拠が?」


「イブさん、クッキー用の本物の小麦粉を手配しよう。真実を答えてくれ」


「本当ですか!」


「あぁ、男に二言はない」


「駄目ですイブ様!」


 いつも冷静なアリスが珍しく慌てた顔でイブさんに向かって手を伸ばすも時すでに遅く、正直者のイブさんは天然物の小麦粉というご褒美につられて真実を暴露。


 やはりアリスの策略で、俺を貶めようとしたらしい。


「何か申し開きは?」


「ございません」


「つまり詫びるつもりはないと?」


「何を誤解しているかはわかりませんが、これは一種のコミュニケーション、そうコミュニケーションの一つです。お疲れのマスターを癒そうという私の愛情表現的な・・・」


「はいダウト」


 アリスが俺を癒そうとかそういう事はまずありえないし、愛情表現なんてもってのほかだ。


「ふむ、流石にわざとらしすぎましたね」


「お前なぁ」


「ですがコロニー内の運搬で疲れているマスターを癒そうと思ったのは事実です。少しは気分転換できましたか?」


 ヒューマノイドが主人を貶めようなんて普通じゃありえないが、アリスなら十分あり得る。


 とはいえ彼女的に何か思う事があったのは間違いなさそうなので、これぐらいにしておいてやろう。


 下手に刺激して更に変なことされても困るしな。


「ったく、そういう事にしといてやる」


「ありがとうございます」


「という事だからイブさんは何も気にせず今まで通りにしてくれたらいい。俺もアリスもこんな感じだし、むしろイブさんがいないと宙賊に襲われてすぐに終わりだからな、むしろいてもらわないと困るんだ」


「わかりました。それじゃあ仲直りついでにみんなで残りのお仕事も終わらせましょう!アリスさんここに行きたいんですけど最短ルートを教えてもらえますか?」


「ここですね・・・、最短ルート発見、ついてきてください」


 ふざけるのはこれで終了、残りをアリスにも手伝ってもらいながら残りもサクッと終わらせる。


 これで少しはイブさんの負い目がなくなればいいんだけど、そんな風に考えながらアリスと楽しそうに笑うイブさんを静かに見守るのだった。

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