53.古ぼけた船を捜索して
大昔、まだ人が宇宙に出ることもできず海を航海する事しかできなかった頃。
このような船は難破船と呼ばれ、時に恐れられていたらしい。
中にあるのは財宝かはたまた呪いか。
呪いなんて言う非科学的な物を恐れている昔の人を面白いと思う人もたくさんいるけれど、アリスという存在を目の当たりにしているだけに非科学的な物は存在するという風に考えている。
ヒューマノイド、っていうか人工物に心は宿らない。
何を持って心とするのかという議論は何百年と続けられているけれども、結局のところ人工物に人のような感情や思考は宿らないというのが科学的な結論になっている。
だが、アリスはどうだろうか。
ヒューマノイドという創造物にも関わらずこの自由奔放な感じ、マスターである俺を馬鹿にし時にけなし、おちょくり、どこからどう見ても人にしかみえない立ち振る舞いをしている。
これを人工のものだと片付けるのは少々無理が無かろうか。
アーティファクトだからという人もいるけれど、それで片づけてしまうと心は人工物に宿ると言っているのと同じだと思うんだが。
「何か?」
「なんでもない。状況は?」
「マスターが船外活動を買って出てくださったおかげで無事電力は復旧、残念ながら内部カメラは存在しない為状況は確認できませんが内部をハッキングしたところ有害なものは存在していないようです。現在窒素と酸素そして微量の二酸化炭素を生成、混合中です。しかしまさかマスターに船外活動経験があるとは知りませんでした」
俺の視線を感じアリスが難しそうな顔でこちらを睨んできたので強引に話題を変える。
船を発見した後、とりあえず電力を復旧させることになったのでここは船長らしく自ら名乗りを上げた。
掃除夫時代に宇宙空間での活動は何度か経験しているので宇宙服に着替えて備えられた姿勢制御用エアースラスターを利用して速やかに移動。
予想通りハッチ横の有線用コネクターに電力ケーブルを接続することに成功した。
ひとまず電力は復旧、現在活動できるように船内をクリーニングしているらしい。
「つまり空気を入れていると」
「簡単に言えばそうなります」
「内部の状況はつかめないがスキャンした感じで何かがあるのはわかっているんだよな?」
「そうですね、何があるかまでは確認できませんが少なくとも廃棄物だけというわけではなさそうです」
「まぁ行けばわかるか」
数十年前の船ともなれば中には骨董品と呼ばれるような品がたくさん眠っているはず、これらはコレクターの間で高値で取引されている。
あまりにも数が多いと船内で仕分けすることは難しいのでとりあえず片っ端から持ち帰ることになった。
イブさんはというと、その為にカーゴ内を整理中。
船内への突入は俺とアリスで行うことになっている。
「船内気圧正常、船間移動用簡易トンネル接合完了。ハッチ開放、船内空気に異常なし」
「よし、行くか」
「当り前ですが生体反応はありません。私はコックピットを確認いたしますのでマスターは船内の調査をお願いします」
「了解」
通電後、ソルアレスと船を出来るだけ近づけてから向こうのハッチに移動用の簡易トンネルを設置。
密封することで宇宙服無しで向こうとの行き来が出来るようになった。
新しい空気を入れたもののかび臭いようなにおいが向こうから漂ってくる。
エアスキャンによると病原菌や有害物質はないらしいけど、不安にはなるよなぁ。
そんな事を言っている間にアリスがフワフワとトンネルを移動、いつも通りのスカート姿なので中身が見えてしまっているが本人が気にする様子はない。
うーん、中々派手な下着だな。
「クリア、マスターどうぞ」
「了解っと」
アリスに続いて俺も向こうの船へ移動、重力発生装置により微弱な重力が発生しているからかスムーズに移動することができた。
「おー、こりゃまたすごいな」
記録用ファイルでしか見たことのない古めかしい物がそこら中に漂っている。
カップ、本、装飾品、どれもマニア垂涎のブツばかり。
とりあえず手袋をつけて一つ一つ丁寧に回収し、エアフィルムにくるんでソルアレスへ軽く投げれば後はイブさんが回収してくれるだろう。
今時紙の本なんてよっぽどのマニアじゃない限り持ってないからなぁ、こりゃ宝の船だったらしい。
荷物を見る限り中に居たのはおそらく男性が一人、最後尾の食料棚は空っぽ、船員がいたとすると餓死したのは間違いない。
いや、自害した可能性も否定できないがともかく食い物はゼロ、水もゼロだった。
「マスターコックピットにお願いします」
「何か分かったか?」
「船の持ち主を発見しました」
「・・・腐敗してないだろうな」
「ミイラ化しておりますのでご安心を」
「ご安心・・・なのか?」
真空状態において遺体は腐敗することなく干からびる。
酸素が残っていると腐ってしまっただろうけどそうなる前にミイラ化していれば少なくとも病気になる心配はない、短い通路を抜けてコックピットに入ると運転席と思われる場所横でアリスがしゃがみこんでいた。
「おー、見事な干物」
「スキャンした結果30~40代の男性、頭蓋骨の穿孔ならびに操縦席横の小型銃ならびに壁の弾痕から自害したと推測されます。それにしてもここまで保存状態のいい銃は珍しいですね、是非持ち帰りましょう」
手の横には小型銃、それと手帳が一冊。
銃の方は骨董品として人気が高いので回収するとして、手帳にはなにが書かれているんだろうか。
通常酸素があるとボロボロになってしまうが真空状態になったことで綺麗に保存されていたようだ。
手袋をつけたままページをめくるも残念ながら文字はかすれて読めなくなってしまっていた。
何かのヒントになると思ったんだがなぁ。
「おっ、何かが出てきたぞ」
「これは・・・写真ですね」
「大昔の記憶媒体だな、わざわざフィルムに映しこんで保存するんだっけか?」
「その通りです。これは・・・男性と、子供?」
「子供の割にはずいぶんと大きい・・・って、おいこれ!」
手帳からひらりと落ちた写真を拾い上げて中身を確認、そこに映っていたのは手帳の本人と思われる男性と少し背の低い女性。
女性は白衣を身に着けており、特徴的な黒いメガネをかけていた。
そういえばさっき回収した荷物の中に同じようなメガネがあったような、ってそれよりも問題は女性の顔だ。
「イブさん・・・でしょうか」
「やっぱりそう見えるよな?」
「全く一緒というわけではありませんが、雰囲気はかなり似ています」
「かなりっていうレベルじゃないだろこれは、本人って言われても信じるぞ」
「ですがこの船は何十年もこの場所にいたはずです、ご本人であるはずがありません」
「そりゃわかってるけどさぁ」
男性の横でほほ笑むその女性の顔はどこからどう見てもイブさんだった。
もちろん背格好やスタイルなんかに違う部分はたくさんあるけれど、顔の雰囲気は本人そのもの。
まさかこんな所でこんなものを見つけることになるとは・・・。
「手帳が読めれば正体もわかりそうなもんだが、難しそうだな。データは?」
「完璧なまでに消されています。バックアップもなし、すべての証拠を消して自害したんでしょうか」
「何のために?」
「この方が生き返ればわかるかと」
「流石にこうなっては聞くこともできないからなぁ・・・。はぁ、どうするよマジで」
当たり前のように行動して今は無くてはならない存在になっているイブさんだが、その正体は不明。
どこにも記録が無く、救命ポッドから突然姿を現したような状態だ。
そもそも今の年齢になるまでどこのカメラにも映らないなんてのは正直に言ってあり得ない。
仮に隔離されて成長したとしても、少なくとも何かしらの形で記録されているはずだ。
だがアリスの検索能力をもってしても彼女の所在を突き止めることはできなかった。
加えて常人では考えられないような身体能力に反射神経、操舵技術、火器使用技術も有している。
もちろん本人にその記憶はないが何故かできる、つまり記憶を失う以前に習得しているという事だ。
いったいこの船は何なのか、そしてイブさんの正体は。
ただのお宝回収の筈がとんでもない物を見つけてしまった。




