49.二人一緒に連れ帰って
「うん、これなら問題なさそうだね」
「という事は?」
「採取した血液から病気の反応は無し、これなら再発はなさそうだよ」
ジャック先生がパトリシア様の方をポンポンと叩き、笑顔を見せる。
それを聞いた瞬間パトリシア様の目からボロボロと大粒の涙が溢れだし、ライエル男爵がそっと肩を抱きしめた。
パトリシア様をこのコロニーに運ぶ時の症状を見ているだけあってマジでどうなる事かと思ったけれど、こうやって先生の許可を得られるぐらいに回復するのを目の当たりにするのは感慨深い。
本当に頑張ってよかったなぁ。
「じゃあ退院しても大丈夫なのね?」
「僕としてはさみしいけれどまた今度遊びに行くよ」
「楽しみに待っているぞ」
「もっとも、休みが取れるかどうかはわからないけどねぇ」
「そこは休まないと、今度はジャックが倒れてしまいますよ」
「お前が倒れたらいったい誰が看病するんだ?」
「あはは、おかげさまで元気が取り柄だから。でも気を付けるよ」
笑い合いながら抱き合う三人。
さて、無事退院するところまで見守ったわけだし俺達も帰るとするか。
なんだかんだ依頼も多かったのでもう少し滞在してもいいかなと思っていたけれど、宙賊の排除終了したことで物流も戻り始めているので今までの様に稼ぐのは難しくなるだろう。
そういう意味でも今が辞め時、向こうに戻ったらポーターさんに『仕事が片付かない!』とか色々言われるんだろうけどまた頑張れば許してもらえるだろう。
「アリス、ここからラインまでどのぐらいだ?」
「ハイパーゲートで三日、それからプラス一日という所でしょうか」
「そんなもんか。明日にはここを離れるから向こうに届ける荷物依頼とか探しておいてくれ」
「了解しました」
ただ帰るだけってのはもったいない、それなら何か金になる物も一緒に運んで小銭稼ぎしながら帰ろう。
病室を静かに離れ急ぎ出発の準備を・・・と思っていたけれども、病室から離れた所で慌てた様子のライエル男爵が追いかけて来た。
「どうかされましたか?」
「何を静かに立ち去っておるのだ、こういう日を迎えられたのもすべてはお前たちのおかげ。我々に礼をさせないつもりか?」
「それに関しては追加の成功報酬でお支払いいただけると仰ってましたので」
「それとこれとは話が別だ。それにお前達には新たな仕事を頼みたい、とりあえず説明をするから部屋に戻るぞ」
「戻るって・・・痛い、痛いんで引っ張らないでくださいよ」
いい感じの雰囲気なので静かに退散しようと思ったのに病室に戻されてしまった。
新しい仕事ってのはありがたい話ではあるけれども、また変な依頼じゃないか不安になってしまうわけで。
「それで、依頼っていうのはなんでしょう。また例の宙域を飛んでくれっていうのは勘弁してください」
「わざわざ遠回りをして戦場を通る趣味はないぞ。それに今頃あそこはサルベージ船で溢れているだろうからな、私が行っても邪魔なだけだ」
「それならいいんですけど」
「別に難しい仕事ではない、私とパトロシアをコロニーまで連れ帰ってもらうだけだ」
「その代わりハイパーレーンを使用せずにゆっくり戻ってもらう必要がある。戻るって言っても一般的な飛行速度なら問題ないよ」
「皆様にはご迷惑をおかけしますが、もう一度お願いできませんでしょうか」
一体どんな仕事をふっかけられるのかと思ったらそこまで変な依頼じゃなかった。
ハイパーレーンを使用しないっていう理由はよくわからないけれど、そこは先生の指示なので何かあるんだろう。
依頼料とか色々と詰めないといけないところはあるが、少なからず他の依頼より儲かるのは間違いない。
「アリス」
「先程の依頼は全てキャンセル済み、違約金なども発生しません」
「わかりました、他の仕事がありませんのでその依頼お受けいたします。報酬に関してはまた後で詰めるとして出発はいつ頃になりますでしょうか」
「こちらしては今すぐ退院でも問題ないけど?」
「すぐ!?」
「ジャック、早く病室を空けたい気持ちはわかるがこちらにも準備というものがある。だがそうだな、三時間後でどうだ?」
「そのぐらいでしたら事前の出航手続きにも対応できます」
それでも結構急な依頼だが、まぁ別段やらないといけないこともないのでその分報酬に上乗せすればいいだろう。
いや、もしかするとそれも加味してのことなのかもそれない。
ただの護衛依頼だと報酬もさほど高くならないが、あれやこれやと理由をつけて仕事を増やせばその分追加報酬という形で増額できる。
でもそれって普通は受け手がすることで依頼主がすることじゃないよなぁ。
勿論そんなつもりで言ったわけじゃないにせよ、報酬が期待できるのなら受けない理由はない。
「楽しい旅になりそうですね」
「そうだな。今思えばお前とこうやってのんびり出かけた記憶がない」
「もしかすると今まで頑張ってきた貴方への神様の報酬なのかもそれませんよ」
神様とやらがいるのならパトリシア様を病気にするなんていう辛いことまでさせないと思うんだが、ご本人がそう言って納得するのなら何も言うまい。
早速報酬のついての話をして予定通り三時間後にはメディカルコロニーを離れていた。
ハイパーレーンを使用せずに帰るとなると基本は例の戦闘宙域を移動することになるのだが、そこをあえて避けろという依頼だったので、大きく迂回することに。
加えて道中にあるコロニーには立ち寄りつつ、しっかりと休憩することが義務付けられた。
ジャック先生の指示なのでそれに関してはしっかり守るけれども、なんだろう二人を見ているとそれだけじゃないような気がしてくる。
指定された航路は随分と遠回りをしているし、その途中にあるコロニーはどれも有名な場所ばかり。
景色であったり食べ物であったりコンセプトであったりと、誰もが一度は行ってみたいと思う場所へここぞとばかりに立ち寄っているような気がしてならない。
「俺たちは何を見せられているんだ?」
「いわゆるハネムーンというやつでしょうか。いえ、新婚ではありませんからセカンドハネムーンになるのかもしれません」
「はぁ、なんでわざわざこんな遠回りするのかと思ったらそういうことか」
「いいではありませんか、滞在日数1日ごとに報酬が加算され、更には滞在中の食費などは全て向こう持ち。燃料のほかお土産的なものまで全て出してもらえるなんて他の輸送業者なら喉から手が出るぐらいやりたがる仕事ですよ?それをいうのは贅沢というものです」
常にコロニーや周辺宙域を見なければならないお二人にとってこの時間は千載一遇のチャンス、色々と抑圧されていただけにここで発散してしまおうと言うわけか。
それにこういうのも立派な仕事、アリスの言うように報酬はかなりの破格だし、滞在が増えれば増えるほど報酬は増えていくし経費もかからないので俺たちにとってもバカンスみたいな感じになっている。
ここで楽しまないのはある意味失礼にもなるか。
「ここでマスターも楽しまないと損ですよ?」
「たしかにイブさんは楽しそうだ」
「マスターにとっても初めての場所のはずですから遠慮なくはしゃいでください。因みにこのコロニーには合成ではない本物の肉を食べさせてくれるレストランがあるそうです。せっかくですしお二人で行かれてはどうですか?」
「本物の肉、高いんだろ?」
「3万ヴェロスぐらいです。」
夕食一回でその金額とか、本物が高いのはわかっているけれどこれをサラッと払うのには正直勇気がいる。
だがアリスの言いように今回はそう言う経費を一切気にしなくていいんだし、ここは遠慮なくやらせてもらおう。
「じゃあそこを予約しておいてくれ、ドレスコードとかないよな?」
「もちろんございますのでこれから指定するお店でご準備ください、こちらも経費です」
「・・・本当だろうな」
「はい」
アリスは自信満々で言うけれどその顔をしながら平気で嘘を言うからな、このヒューマノイドは。
全く困ったもんだ。
小さくため息をつきながらも本物の肉を食べられると聞いてテンションが上がってくるのが分かる。
果たしてどんな味なんだろうか。




