40.平穏な人生を投げ捨てて
選ばれたのは自分の夢でした。
本当は平穏な生活を選びたかったけれどそれを許さない自分がいる。
なぜそっちを選んだのかといえば、あの日妻に言われた言葉がどうしても頭から離れなかったからだ。
『貴方はどうしてそんな代わり映えのない生活を選ぶの?』
過去に何度も言われた言葉、自分としてはそこまで変なことをしているとは思っていなかったけれども変化を求める彼女にとって代わり映えのない生活は苦痛でしかなかったんだろう。
俺はただ平穏な日々を求めていただけなのに、時としてそれは地獄になる。
その結果が離婚であり、俺が一人になった理由でもある。
だからこそ、そういう自分から脱却したかった。
たとえそれがいばらの道だったとしても、自分の夢に近づけるのであれば選ばない理由がない。
更に言えば、自分の選択で人の命が失われるという事実に耐えられなかったってのもある。
もちろん失敗すれば全員海の藻屑、でも成功すれば助かる命がある。
悩んで悩んで悩みぬいてこの答えにたどり着いた俺を見て、アリスはなぜか嬉しそうだった。
「トウマさんらしい答えだと思います」
「もしかしたら死ぬかもしれない、それでもいいのか?」
「私は皆さんに助けられてここに居ます、その恩返しができるのなら例えどんな危険が迫っても必ず皆さんを守ってみせます!」
「イブ様はそう言いますが、私の手にかかればそのような危険なく乗り越えられますよ。これまで失敗したことがありましたか?」
「あるから心配なんだっての。ともかく、依頼を受けると決めた以上最善を尽くすしかない。目標達成のカギは例の大規模掃討戦、あまりいい状態じゃないみたいだがそれをどう乗り越えるかで難易度が一気に変わってくる。少々の戦闘は致し方ないが、くれぐれも大型のバトルシップとかそういうのにバレないような航路を設定してくれ」
「不本意な回答ではありますが出来る限りのことを致しましょう。」
そんなわけで男爵からの特別依頼を引き受けることが決定、改めて応接室に来てもらって結果を報告することにした。
引き受けると聞いた瞬間の二人の顔と来たら、成功したわけでもないのになんでそんなに喜ぶかなぁ。
そんな顔されたらプレッシャー半端ないんだが。
「本当にありがとう、なんてお礼を言えばいいか・・・」
「それは無事にメディカルコロニーに到着してからお願いします。やると決めた以上こちらも最善を尽くしますが、引き受けるにあたり報酬の話を詰めても構いませんか?」
「そうだな、それが一番重要だ」
「それでは僭越ながら私からお話しさせていただきます。本来、このような特殊な依頼の場合ライエル男爵様の決められたお値段をお伝えいただくものなのですが、一応相場のようなものもありますので参考にしていただければと思っていおります。その金額を聞いて高いと思われた場合ご納得いただくしかありませんが安いと思われた場合はそこにお気持ちを載せていただければ幸いです。まずはじめに緊急の指名依頼ですが・・・」
そんな感じでアリスが緊急時の特別な依頼についておおよその価格を男爵へ提示。
内容としては、緊急依頼・指名料・護衛料・危険地域手当・特別危険手当・宙賊討伐報酬・成功報酬というような感じに分けられそれぞれの基本価格のようなものを提示。
総額はずばり700万ヴェロス、それが高いか安いかは俺にはさっぱりわからないけど今までの人生でこれほどの金額を見たことは正直一度もない。
色々含まれているとはいえ、これほどの価格を要求するような仕事を今からするのか・・・。
「以上となります」
「ふむ、正直なことを言っても構わないか?」
「もちろんでございます」
「安いな」
「え、安い?」
「妻の命がその程度の額で買えるとなれば安いものだ。正直1000万は超えると覚悟していたし、その額以上を要求すされても私は払うつもりだった。たとえこの家の資材を投げ売ってでもそれが叶うのであれば支払おう。本当にこの額でいいのか?」
「先ほども申しましたように、もしお安いと思われるのであれば成功報酬として上乗せいただければ幸いです。私共も命懸け、とはいえ距離が距離ですから相場としてはこのような形になってしまうんです」
遠距離になればなるほど価格は上がっていくものの、近場の護衛依頼はそこまで高くはならない。
危険手当だなんだとつけてもこの値段、確かに命の値段を考えると安いよなぁ。
1000万ないとシップショップすら買えないし、10億貯めようと言っている俺達にとっては微々たる戸まではいわないけれど1%にも満たない額だったりもする。
世知辛いというかなんというか・・・複雑な気分だ。
「わかった、成功した暁にはそれ相応の報酬を支払うと約束しよう」
「もし金銭以外に欲しいものがあるのならば遠慮なく仰ってくださいね」
「ではお言葉に甘えまして一つだけ、我儘を申し上げてよろしいでしょうか」
「なんだ、申してみよ」
待ってましたと言わんばかりにパトリシア様の言葉にアリスが喰いつき、俺の方をちらりと見る。
話を切り出せるのは今しかない。
「噂で聞いた話で恐縮ですがライエル男爵様は辺境にも顔が効くとか、何か伝手をお持ちなのですか?」
「私の生家が辺境を治めているのです、いずれライエルにも治めてもらいたいのですが私がこの病気にかかり戻ることも出来なくなってしまいました」
「それがどうかしたのか?」
「笑い話だと思って聞いていただければと思います。実は・・・」
普通の人が聞けば馬鹿らしいと笑われてしまうような夢物語、だが男爵夫妻は笑うことなく真剣な面持ちで俺の話を聞いてくれた。
35にもなったオッサンの他愛もない話だが、今からでも決して遅くはない筈だ。
「なるほど、すぐに答えは出せないが出来る限りの事はしよう。しかし、そんなに惑星に住みたいものなのか?」
「私も最初は考えてもいませんでしたが、コロニーに生まれコロニーに育った中で本物の地面を踏んだことがないのはもったいないと思った次第です。縁あって手に入れたものもありますし、大人が見る夢にしては現実離れしている自覚はあります」
「いえ、素晴らしいと思います。私自身は惑星に降り立ったことはありませんが、聞いた話ではとても素晴らしい景色が見られるとか。テラフォーミングの難しさもありますが辺境にはまだまだ未発見の惑星もありますから、きっと素晴らしい星を見つけられることでしょう」
「では報酬は以上でよろしいでしょうか」
「あぁ、どうか妻を、パトリシアをよろしく頼む」
「よろしくお願い致します」
そんなわけでパトリシア様の護衛任務を正式に受諾、戦況を考え一日でも早く出発した方が良いというアリスの助言もあり急ぎ出発準備を整えることになった。
預けていた物資は相場の二割増しで無事に販売され、代わりに空っぽのカーゴへ大量の物資の他パトリシア様の荷物を積み込む。
ぶっちゃけこんなに必要なのかと思う所はあるけれど、大事な依頼主なのでそこは触れないでおこう。
そんなわけで翌日には準備が完了、いよいよ出発の時が来た。
「それでは行って参ります」
「次に会うときはお前の元気な笑顔を見られると信じている」
「大丈夫です、皆様と一緒ですから」
「妻をよろしく頼む」
「全力を尽くします」
「と、マスターは申しておりますがそこまで不安にならなくても大丈夫です。コロニーへの到着予定はおよそ10日後、のんびりと吉報をお待ちください」
「そうさせてもらおう」
アリスはそういうけれど、これからの10日間はかなりの危険が伴うたびになる。
なんせ最初からあれだからなぁ、ものすごく優秀な割に初歩的なところでポカをしたりするだけに別の意味で不安になってしまう。
ま、それでもやれることをやるだけだ。
男爵をはじめ大勢の人々に見送られながら、ソルアレスは漆黒の宇宙へと舵をきるのだった。




