136.なかなかの熱演を演じて
「出港準備完了、いつでもいけるわ」
「よし、ソルアレス発進だ!」
ピュアウォーターを満載にした俺達は目標宙域へと出発、本来であればイブさんとアリスも同乗しているはずだが今回は作戦実行のためあえてコロニーに残り別行動となっている。
その代わりオペレーターを務めるのはソルアレスの新しい戦力。
「目標座標転送、あいつじゃなくてもこの船を動かせるってところ見せてあげるんだから!」
「期待してるわよテネスちゃん」
「ふん、私の凄さに恐れおののくがいいわ」
いつもアリスが座っているシートにはホログラム投影されたテネブリスことテネスが座っている。
今回の作戦を聞いてどんな顔をするのかと思ったら、実力を見せるチャンスとばかりにやる気まんまんでガッツポーズをしたぐらいだ。
自分がハッキングされることに関してはなんとも思ってないようで、むしろどうやってバックドアを作り奴らに仕返しするのかという事に夢中になっている。
偽情報を流し奴らの尻尾を掴む、この作戦の成功は彼女の両肩にかかっていると言っても過言ではない。
「ふふ、やる気満々ですね」
「それが空回りしなかったらいいが・・・ま、何とかなるだろう」
「アリスさんは大丈夫でしょうか」
「あいつはあいつですることがあるみたいだからな、テネスがつけたバックドアを通って同時逆ハッキングなんてことをするにはできるだけ近くにいた方がいいんだとか」
俺にはよくわからないけど、とりあえずリアルタイムで偽情報を流すには現地煮る必要があるらしい。
調査の結果例の愉快犯は俺達のいるコロニーに住んでいることが分かった。
まさか奴らの掌の上どころかおひざ元で踊らされているとは思わなかったが、それも今日までの話だ。
現在向かっているのは奴らが流した偽情報の座標で例の再処理プラントが故障したというコロニーがあるはずの場所、もちろん向かえどそんな所にコロニーがあるはずもなく漆黒の宇宙が広がっているだけだ。
「侵入警報、来たわよ」
「それじゃあ各自予定通りに」
「テネスちゃん頑張ってね」
「ふん、言われなくても奴らのバカ面拝んできてあげるわ」
まったく、折角ローラさんが応援してくれているのにそんな反応しなくてもいいのになぁ。
そのままメインモニターを見ると右上にハッキングされているかどうかを知らせる青い点があり、それが赤くなると乗っ取られているという事になる。
二回点滅を確認した後、三回目が光るよりも先にシグナルが赤へと変わった。
「おい、何もないぞ!」
「ちゃんと言われた通りの場所まで来たわよ、この座標なんでしょ?」
「座標はここだけど・・・くそ、騙された!」
「どうするのよ!少しぐらい高くても売れるって言ってたのにこれじゃ大損よ!」
「んなことわかってんだよ!」
ハッキングしてきている奴らがカメラを通じて除いてきているはずなのでわざとローラさんと喧嘩をしてみる。
普段こんな風に話すことはないけれど、流石昔ヤンチャしていただけあって中々に口調が荒い。
わざとやっているはずなのにこっちが攻められているような気分になってしまうが、こんなところで負けていられないわけで。
「ねぇ、例のアレ売っちゃえばいいのよ」
「は?アレを売るって!?」
「この水を売ったって大損よ?次の支払いもあるんだからいい加減レアメタルなんて売っちゃいなさいよ。どうせ持ってたって使い道無いんだし、さっさと現金に換えちゃえばいいじゃない」
「そうはいうけど・・・足がついたらどうするんだよ」
「足がつかないからこそのレアメタルでしょ?難破船から見つけたなんて誰にもわからないんだから、さっさと売って次コロニーで豪遊しましょうよ。ね?それで決まり、偶にはふかふかのベッドで楽しみたいと思わない?」
コックピットを離れたローラさんがまっすぐキャプテンシートへと向かってくる。
操縦桿を握っている時はさっきみたいなヤンチャな感じになるけれど、一度手を離せばいつもの優しい感じに戻るはず・・・なのだが、今日のローラさんはどうも様子がおかしい。
そのまま俺の膝の上に座ると、あろうことか俺の頬を人差し指で撫で始めた。
「な、何してんだよ」
「何って、誘ってんのよ」
「そういうのはコロニーに戻ってからにしてくれ」
「あら、戻ったらすぐに逃げ出す癖に。ねぇ、アレを売ったらしばらくは遊んで暮らせるんでしょ?売っちゃいましょうよ。そしたら貴方のして欲しい事、全部やってあげるから・・・ね?」
これは演技、演技だ。
なまめかしい目で俺を見上げてくるローラさんから目をそらし、メインモニターのシグナルを確認。
まだ赤に変わったままでハッキングは継続中。
おい、覗いてないでさっさと出て行けよ!とカメラの方を睨みたくなるがそれをぐっと我慢する。
その間にもローラさんの指が俺の頬から首元を通り胸元で円を描き始めた。
「う・・・売ったらいいのか?」
「せっかく売るなら楽しめる場所がいいわよね。そうだ、この間隣のコロニーに素敵なホテルを見つけたのよ。誰にも邪魔されず、美味しい料理とお酒を飲みながらふかふかのベッドで・・・ね?とりあえずこの水を捨てに戻って、それから向かいましょ」
「わかった、お前の言うとおりにするよ」
「ふふ、それじゃあコロニーまでお互いお預けね」
「おいおい、ここまでしておいてこれで終わりかよ」
「我慢は最高のスパイスって言うでしょ?そのかわり・・・これ以上はホテルについてから、ね」
ローラさんがするりと膝の上から降りそのまま操縦席へと戻っていく。
ホッとしたような残念なような、再び目線をモニターに戻すと最初と同じ青のシグナルに戻っている。
とりあえず呼吸を整えていると、オペレーターシートにテネスの姿が浮かび上がった。
「終わったか?」
「そうみたい、色々調べられるのかと思ったけど何かに夢中だったみたいで、案外拍子抜けだったわ」
「という事は成功したのね?」
「当然じゃない、覗いてた三人にはバッチリバックドアを仕込んだからあとはアイツがどうにかするでしょ。でも、一人だけ一瞬入っただけで出て行っちゃったのがいるのよね。一応追跡したけど、ヒューマノイドを二人経由したところで見失っちゃったわ」
「何かを察知したのか、それとも偶然なのか。なんにせよ目的は達成できたわけだ」
「今頃二人の演技を聞いて準備しているんじゃないかしら・・・って、どうしたの?随分顔が赤いけど」
「な、なんでもないぞ?」
そんな赤い顔をしていただろうか。
ローラさんは正面を向いたままなので顔を伺うことはできないけれど、なかなかの演技だったように思う。
女はみな女優だと昔の人は言っていたけれど、まさにそんな感じだった。
「そ?ならいいけど。とりあえずやることはやったしコロニーに戻りましょ」
「了解。ローラさん、引き返してくれ」
「・・・・・・」
「ローラさん?」
「え?あ!戻るのね!?」
「大丈夫?心拍数が異常だけど、病気じゃないの?」
「そんなんじゃないから大丈夫よ」
すぐにエンジンが始動し小さく弧を描くように反転、アリスの待つコロニーへと出発する。
やれやれ、奴らを騙すためとはいえこんなことまでしなきゃならないとは。
これで失敗してたらただじゃ置かないからな。
そんなことを考えて気を紛らわせつつ、俺達はコロニーへと帰還するのだった。




