131.横柄な相手と交渉して
「つまり適正な報酬は出せないと?」
豪華客船『アトランティス』を救助した翌日、船内の片づけが進む中俺達は船長室の中にいた。
部屋にいたのは船長とその他二名、本来ならば穏やかな空気が流れるはずの室内はなんとも張り詰めた空気で満たされていた。
「そういうわけじゃない。救助が少しでも遅れていたら想像うもできないような犠牲が出ていたことは間違いだろう。本来であればそれにふさわしい支払いがあるべきだ。ただ・・・」
「保険会社がその支払いを渋っている、という事でよろしいですね?」
「渋っているわけではありません。こちらとしても支払わなければならない先が多く、順番を待ってほしいと言っているだけです。乗客への補償、船体の補修、他にも色々と算出しなければならないものが多いので皆様への支払いはそれからになるとお伝えしているだけです」
ちょびひげの男が不満げな顔で俺達を見下してくる。
見ているじゃない、見下している。
それは間違いないだろう。
その後ろにいるのはお付きの女性型ヒューマノイド、メガネが特徴的な彼女は何も言わず書類を抱いたまま静かにたたずんでいた。
「なるほど、そちらの言い分は分かった。とりあえず現状を再度確認したいんだが構わないかキャプテンロック?」
「もちろんだキャプテントウマ」
「俺達はキャプテンの救助要請を受託し救助に向けて最善を尽くした。客船を包囲する宙賊船を四機撃墜し船内にとりつこうとしていた二隻も撃墜。また、船内に入り込んだ宙賊のうち16名のうち15名を撃退し乗員乗客777名の命を救った。救助時に若干船内に傷はつけたがそれは命よりも安い物であり、代替のきくものだと認識している。それは間違いないよな?」
「その通りだ、君たちの陰で我々を含めた777名全員が命を救われた」
「つまり救助に成功したと言っていいだろう。俺は所属している傭兵ギルドの規約にのっとり正式な形で救助した豪華客船へ報酬と経費を請求している。これは決して法外な物ではなく、乗客やその規模また襲撃していた宙賊の危険度から適正な額だと認識しているんだが・・・それを、乗客への補填があるからあとにしてくれっていうのは随分と横柄だと思わないか?ミスターサンチョス」
交渉はビビったやつが負ける、向こうがそういう態度で来るのならこっちだって考えはある。
毅然とした態度で事実を突きつけ自分たちの正当性を理解させだけだ。
「何度言われましてもこちらとしての返答は同じです。この船が加盟している我々の保険を使用して彼ら傭兵への報酬を支払うのはもちろんかまいませんが、我々が大事にするのはまずは顧客様です。今回ご迷惑をおかけした皆様への支払いを終えてから、大変立派なことをされたあなた方への報酬をお支払いさせていただきます。もちろん報酬額に関してはこれから算出することになりますので、金額もまた改めてという事になります。あー、450万ヴェイルですか?確かに一般相場を考えればそのぐらいでしょうけど、乗り込んできたたかだか16名を仕留めたからと言って流石にその金額は・・・」
「周囲を警戒していた宙賊六機の報酬は?」
「それを含めてもです。懸賞金はどれも数十万程度、それらの報酬は丸々あなた方へ入るのですからそれに加えて450万は聊か多すぎでしょう。せめて300万ぐらいかと」
「なるほどなるほど、そう来るか」
「私自身も助けていただきましたから皆様には感謝しております。おりますが、それとこれとは話が別です。保険担当として正しい判断をするのがこの船に乗り込んでいた私の使命ですので」
「その結果この額だと。アリス、この場合第三者の意見を取り入れることはできるのか?」
「約款を確認していますがそれは難しいでしょう。この場所から移動した時点で正しい状態ではなくなってしまいますので、あくまでも現状を見ていた保険担当官の一存によって支払額は確定します」
「じゃあその人が死んでいる場合は?」
「その場合は相場相当額のお支払いですね」
「なるほどな」
全員が大いに納得して何度もうなずく、つまりこの人さえいなければ俺達の請求した金額を貰えるという事だ。
ぶっちゃけこの場で殺しても宙賊に襲われて亡くなったと口裏を合わせれば何の問題もない。
まぁしないけどさ。
「な、なんですかその反応は」
「別に何も?」
「では、報酬に関してはそちらで決定した金額で了承したとして、我々が乗客に対して寄付を募るという場合はどうなりますか?」
「寄付を?」
「そうすれば保険会社は必要以上に懐が痛みませんし支払い時期をずらしても差し支えありません。また、我々も望むべき報酬を得られるかもしれません。もちろん寄付ですから出すか出さないかは乗員乗客の皆様の自由、その額に関して我々は文句を言いません。如何でしょう、悪い話ではないと思いますが」
アリスの思ってもみなかった提案に腕を組み思案するちょび髭、向こうからしたら悪くない提案だと思うけどあの人はあの人なりにリスクがないかを考えているんだろう。
待つこと数十秒、てっきりもっと悩むのかと思ったら案外すぐに結論が出たらしい。
「いいでしょう、ただしこれ以上の交渉はない物としてください」
「結構です。ですが一つだけ、そちらの保険を使用した報酬ははいつまでにお支払いいただけるのですか?」
「・・・三か月後には必ず」
「後ろの貴女、記録しましたね?」
「はい、記録しました」
アリスの指摘に後ろに控えていたヒューマノイドが静かに答える。
これで何があっても三か月後には300万ヴェイルが保険会社から支払われる。
足りない分に関しては、これから寄付を募って補充すればそれで終わりだ。
「以上でいいですか?私も忙しいのでこれで失礼しますよ」
「あぁ、時間を取らせて悪かったな」
盛大なため息をつきながらちょび髭男とヒューマノイドが船長室を出ていく。
それを見送り全員でより深いため息をついた。
「あー、なんていうか大変だな」
「ここまでしてもらったのに本当に申し訳ない。俺も雇われている身だから保険がどうのと言われると勝手に判断が出来なくてな。もっと強く言えたらよかったんだが・・・」
「別に気にする必要はない、出るもんは出るみたいだし足りない分は自分たちでどうにかするさ」
「策はあるのか?」
「あるって言ってるから大丈夫なんだろう」
どういう風に寄付を募るのかは知らないけれども、アリスができると言えばできるんだろう。
鉄は熱いうちに打てじゃないけれど、こういうのは感謝の気持ちが無くならないうちにやってしまった方がいい。
「ではキャプテンロック、全館放送をお借りしてもよろしいですか?」
「そりゃ構わないがそれだけでいいのか?」
「それと透明な箱を使った寄付箱を船の前後二個所に警備をつけて設置してください。あとはこちらでやりますので」
「寄付箱の設置だな、わかったすぐに用意させる」
場所が決まれば後は寄付を募るだけ、どんな放送にするのかお手並み拝見と行こうじゃないか。
寄付箱が設置されたのはそれから五分後、前方の箱には俺が後方の箱にはイブサンとローラさんが待機している。
「皆様は初めまして。我々はソルアレス、昨日皆様を宙賊から守った傭兵です。この度は大きな被害を出すこともなく皆様をお守りできたことを大変に光栄に思っています。周囲を警戒していた宙賊、ならびに船内に入り込んだ宙賊は我々が全て撃退いたしましたのでもう襲われる心配はございません。また、この先も次の警備が来るまで私達がお守りしますのでどうかご安心ください。ただ、本来であればそれにふさわしい報酬を得られるはずだったのですが残念なことに保険会社との交渉に決裂し今に至ります。皆様には大変申し訳ありませんが、我々の頑張りを寄付という形で評価いただくことはできませんでしょうか、船の前方並びに後方のエントランスに寄付箱を設置しております。お一人につき1000ヴェイルから上は1万ヴェイルで十分です。皆様の厚いご支援をどうぞよろしくお願いします」
鈴のような声がオリンピア全体に響き渡る。
内容は聞いての通り、頑張ったけど報われないから支援してもらえないかというストレートな物。
ここでのポイントは寄付額の低さだろう。
別に100ヴェイルでもよかったんだが、ここに乗っているのは金持ちばかりなのでおそらくハードルを一つ上げたに違いない。
仮に全員が1000ヴェイルでも77.7万ヴェイルになるし、それ以上になればもっと額は増えていく。
加えてあえて振り込みではなく寄付箱という目に見える形にすることで、金持ちが周りの人へ見栄を張りたがる特性を利用するんだろう。
もちろん1万以上振り込みたいとなれば断る理由もないし、それを見た人がいれば自分もともっと見栄を張り始める。
それを狙ってあえて見える箱にするあたりさすがというかなんというか。
金持ちの特性をよく理解しているからこその方法、恐るべしアリス。
しかしあれだな、普段からあれぐらい優しい感じで接してくれたらいいのにと思いながらも、今更それをやられても色々と勘ぐってしまうのでこれ以上は何も言うまい。
「ちょっと、どういうことですか!」
と、放送終了しばらくして船長室に例のちょび髭が駆け込んできた。
さっきまでの横柄な感じはどこへやら、随分と慌てた様子じゃないか。
「どうもこうも言われた通り寄付を募っただけだ」
「その言い方が問題なんです。まるで私達がお金を出し渋っているみたいじゃないですか!」
「事実ですが?」
「だとしても今のやり方は非常に不愉快です、抗議します!」
「抗議も何も寄付を募ることに許可を出したのはそっちだしこっちは交渉もしていない。そもそも内容を確認しなかったのもそっちだろ?後ろのヒューマノイドに録音を確認したらどうだ?」
ぐうの音も言わせない正論の嵐、結局放送を取り消すことはできず寄付箱には長蛇の列ができることとなった。
一人一人から寄付を頂戴するわけだが、こうやって助けた人に直接お礼を言ってもらえるのは素直にうれしいしアリスの読み通り当初の額以上を入れてくれる人もたくさんいる。
まさに作戦は大成功、かくして当初の報酬以上の寄付額を得た俺達はホクホクの顔でソルアレスへと帰還するのだった。




