130.豪華客船を助けて
周囲を警戒する宙賊機はテネブリスに任せて俺達は襲撃されている豪華客船へ。
追いかけられている間に少し時間を喰ってしまったせいで、どうやら最後の隔壁が破られる寸前らしい。
「間に合いそうか?」
「揚陸チューブセット完了、空気注入開始。イブ様三十秒後に突入です。その後はバイザー上に表示された進路に沿って進んでください。宙賊・・・隔壁を突破、内部に侵入を開始しました」
「おいおい、大丈夫なのか?」
「隔壁前にバリケードを設置してありますので数分は持つかと。内部に入り込んだのは11名、もう一隻にも同じぐらいいそうですけど行けそうですか?」
「問題ありません」
11人もの宙賊と戦うのに問題ないって、さすがイブさん。
もちろん内部には警備もいるので協力し合えばどうってことないんだろうけど、ぶっちゃけこの人一人でもなんとかなってしまうぐらいのスキルを持ち合わせている。
「潜入ルート再設定、バリケードの後ろから接近する形になります。現在3名がルート上を移動中です」
「その人数でしたら大丈夫です」
「武器は?」
「レーザーガンが二丁にエネルギーパックが三つ、その他投擲用ナイフもありますので何とかなります」
「注入完了、いつでもいけます」
「ではちょっと行ってきますね」
「あぁ、気をつけてな」
双方のハッチが解放され、まるで買い物にでも行くかのような気楽さでふわふわとしたチューブ内を勢いよく飛んでイブさんが豪華客船へと乗り移った。
合図を確認して再び双方の隔壁を閉鎖、揚陸チューブを回収する。
「あとはイブさんにお任せしましょう」
「ま、現役軍人すら制圧できる人だし宙賊なんて敵じゃないだろう」
「お話中悪いけど向こうもこっちに気づいたみたいね、突入し終わった方がこっちに向かってきてるわ」
「私を相手に一隻だけとは舐められたものです。ローラさん、チキンレースと行きましょう」
「いいわね!そういうの大好きよ」
「俺は嫌いだけど」
「まったく、男の子なんだからもっとしゃんとしなさい」
いや、チキンレースと聞いてテンション上がる人は相違ないだろう。
つまりは真正面から向かい合ってどっちが先に逃げるか競い合うんだろ?一歩間違えば正面衝突、死ぬかもしれないってのにそれを喜ぶ奴がどこにいる・・・って目の前にいるか。
レーダーを確認すると宙賊を送り込んだ一機が豪華客船を超えてこちらへと突っ込んでくる。
同じくこちらも船首を宙賊船へ向ければチキチキのチキンレースの始まりだ。
アリス曰くあの程度の船が突っ込んできた所でソルアレスが破損することはないとのことだが、質量×加速はかなりのエネルギーになる上にこちらも同じだけの速度で突っ込むんだから衝突した時の衝撃はかなりのものになる。
折角直した船をわずか一週間かそこそこで再び修理送りにするのはマジで勘弁してほしいんだが?
「向こうも乗り気ね、そういうの嫌いじゃないわよ」
「相手との距離残り500・450・400・・・」
「もう一度聞くが大丈夫なんだよな?」
「もちろんです。残り300・250・200」
「さぁここからが勝負よ!」
見る見るうちに近づいてくる宙賊船、肉眼でも確認できるそれがどんどんと大きくなりあっという間にメインモニターいっぱいに表示される。
「残り100・80・60・50・・・」
あぁ俺はここで死ぬな、大丈夫と分かっていてもそんな風に思ってしまう。
一秒が非常に長くなり思わず目を閉じそうになった次の瞬間、シールド同士が干渉して真っ白になった画面に漆黒の宇宙が戻ってくる。
「アリスちゃん!」
「ハッキング完了、ローラさん流石です」
「あの距離で逃げるなんてつくものついてるのかしら」
いや、ついてても逃げるだろと心の中で叫びながらもそれを口に出してはいけない。
そしてあのチキンレースの最中にアリスはハッキングを試み、最接近した瞬間に全てを掌握。
距離が近くなればなるほどハッキングの精度は上がるけれどもまさかすれ違う瞬間にやり切るとは、相変わらずやることが規格外だ。
コントロールを奪われた宙賊船は引き返す頃もなくそのままジグザグに飛行、必死にコントロールを取り返そうとしているんだろうけどアリスの魔の手から逃れることはできない。
今頃船内の空気が抜かれ、大きな棺桶に変化していることだろう。
「あとはイブさんが中を制圧すれば終了ですね」
「ん?もう一機いなかったか?」
「あぁ、あれでしたら・・・」
「動かない船なんてただの的ね!張り合いもあったもんじゃないわ」
どうやら早々に見張りを打ち落としたテネブリスが援軍を送り込もうとしていた最後の一機を打ち落としたようだ。
大きさは小型船よりもさらに小さい大型ドローン、それでもシールドが干渉するほどの至近距離で散弾を連発すればいかに大きな船であろうと防ぎきるすべはない。
しかも目視でもレーダーでも発見できないとなれば相手としてはたまったもんじゃないだろう。
こいつこそまさにゴーストシップ、いやゴーストドローンというところか。
流石に戦艦や大型のバトルシップは倒せないけれどこいつの役割はこれだけじゃない。
「アリス、中の状況は?」
「監視カメラの映像です。最初に潜入した11名の他、撃ち落とされる前に追加で突入したのが7名。ただし、そのうちの2名は緊急遮断されたハッチに体の一部が挟まれてしまい使い物になりませんので実質16名が船内に突入しました。現在突入後三つのバリケードが突破されましたが、警備の抵抗もアリイブ様の方へ移動。現在5・・・いえ6人目を倒したところです」
メインモニターには監視カメラの映像が映し出されている。
豪華客船の大きな廊下にいくつもの机を並べ、宙賊が打ち込む小型レーザーや実弾をその陰に隠れるようにしてやり過ごしている。
止まることのない弾幕のスキを突き、一人また一人と倒していく姿はホロムービーに出てくる役者のよう、思わず見とれてしまったぐらいだ。
だがいくら百戦錬磨のイブさんでも多勢に無勢、確実に攻め込んでくる連中に追い詰められそうになったその時だ。
「うわぁぁぁぁ!」
「くそ、なんで隔壁が!」
「下がれ下がれ!」
簡易バリケードを突破される寸前、イブさんの目の前に隔壁が下りてくる。
それどころか奴らの後ろからも順番に隔壁がおり宙賊たちを一か所に集めはじめた。
「アリスか」
「最初からこうする手もありましたが、我々が助けに来たという実績を残す必要がありましたので。イブ様、途中で手を出して申し訳ありません」
アリスの通信がイブさんにも届いたのか監視カメラに向かって手を振って応える。
後はあいつらのいる区画だけ空気を抜けばこれで終了、ちょうどいいところに開閉式の窓があるのでそこから一気に排出してしまおう。
生きていても死んでいても懸賞金は同じ、なら命をもってその罪を償うがいい。
宇宙刑務所も最近手狭になってきたってニュースもやってたしな、送るためのコストとかもかかるわけだしここで葬るのが一番だ。
最初はこんな風に考えることもなかったけれども、随分と変わったもんだなぁ。
「とりあえずこれで救助完了か」
「そうですね、けが人はいるようですが幸いにも死者は出なかったようです」
「そいつは何より。さぁ、諸々の片づけを済ませたら次の戦いに挑むとするか」
「ここからはマスターの番ですね、よい戦果を期待しています」
血なまぐさい戦いはこれにて終了、ここからは口と頭を使った交渉という名の戦いが待っている。
別に善意で助けたわけじゃない。
俺達は傭兵、救助要請を受託し向こうも了承したんだからあとはそれに見合った報酬を回収するだけだ。
果たしてどんな態度で出てくるのか、まずはそこからだな。




