127.今更なことを思い出して
「ん~、快適快適」
「キッチンが広くなると出来ることも増えるので楽しくなりますね」
エプロンを付けたローラさんが香茶の入ったポットを片手に嬉しそうな顔で振り返る。
流石元人妻、まるで新婚に戻ったような錯覚を覚えてしまったが残念ながらバツ1同士なだけで恋人でもなんでもない。
コックピットに座っている時はなんていうかイケイケな感じの雰囲気全開だけど操縦桿から手を離すと大人しい感じに戻るので二重人格なんじゃないかと疑ってしまったぐらいだ。
本人もそれに驚いて色々と調べてみたけれど結果は陰性、まぁそういう人もいるんだろうという感じで受け入れられている。
「まさかノヴァドッグでこんなに買い込んでいるとは思わなかった」
「探すの大変だったんですよ、最近は合成機が当たり前なのでポット自体を扱っているところが中々なくて。でも、アリスさんのおかげでいい店を見つけられました」
「お褒めにあずかり光栄です。先方も売れなくて困っていたようでしたので取引が成立して何よりでした」
「この茶葉とポット、それとティーカップのセットで10万・・・やっぱ高くないか?」
「生産地からノヴァドッグまでの輸送費を考えると倍の値段でもおかしくありませんでしたからむしろお買い得かと」
「20万・・・マジか」
このセットだけで俺の退職金が一発で飛んで行ってしまう金がかかっている、そう思うと心なしかカップを持つ手が震えてしまい中身がこぼれそうになる。
うーむ、世の中何に価値を見出すかは人それぞれだけどどんな物にも高い物ってあるんだよなぁ。
まじまじとカップを眺めていると横に座っていたアリスが不思議そうな顔で俺を見てくる。
「マスターの収集品もこのぐらいするのでは?」
「全部足したらまぁそのぐらいにはなるか。残念ながら一番高いやつは別の形になったけどちゃんと経費で返してくれるんだろ?」
「はて」
「・・・おい」
「冗談ですよ、とはいえ会社ではありませんので共通のお金という概念がありませんのでお支払いするのはだいぶ先になります」
「ん?そうなのか?」
「この船はマスターの持ち物、傭兵登録も輸送業者としての登録も全てマスター。何でしたら燃料費や各種消耗品も全てマスターのお金から出ています。だって、マスターの物ですから」
今まで何の疑問も持ってこなかったけどよくよく考えたらそうだよな。
船を動かすための金、生きていくための食料、コロニーに駐機するための諸経費、その他諸々の支払いもすべて俺がしている。
いや、俺の船なんだから当たり前なんだけど・・・あれ?
「そう・・・なのか?」
「その代わりイブさんにもローラさんにも定額の給料という物は支払っていません。先日の大規模作戦などは功労費としてお支払いしていますけど、ノヴァドッグ内で引き受けた依頼料はすべてマスターが受け取っておりますよ」
「それ、駄目だよな」
「え、今更ですか?」
イブさんはちょっと特殊だけど、ローラさんなんて一緒に行かないかってこっちから誘っておいて給料払ってないってそれはだめだろ。
いや、てっきりアリスがその辺はうまくやってるんだと思ってたんだけどまさか違ったのか。
信じられないという顔で俺を見るアリスと申し訳なさそうな顔をするイブさんとローラさん。
むしろ今まで流れからなんで気づかなかったんだよ。
「・・・本当に申し訳ない」
「いえ、私は自分から船に乗りたいって言いましたから。食事も含めていいようにさせてもらってますし、むしろこれ以上お金をもらうってのは気が引けるというかなんというか」
「私はトウマさんとアリスさんがいたからここにいられるので、お給料とかそういうのはいりません」
「いや、いりませんはだめだろ。ダメだよな?」
「んー、家族経営ならそれもアリですが実際は違いますので今後の為にもある程度はお支払いするべきかと。皆様の考えもあると思いますので、とりあえず話し合いましょうか」
ローラさんはまだそんなに経ってないけど、イブさんと出会ってからそこそこ時間が経っている。
確かにところどころで報酬は支払ってきたけれど、明確に決めたことはないのでこの辺で正しておくべきだ。
そんなわけで一般的な相場も含めて話し合いを行い、まぁ色々とありながらもなんとか落ち着く形まで持って行けたと思う。
普通給料ってもっとよこせとか、手当てを増やせとかそういう話し合いになると思うんだけど減らしてほしいっていう理由で向こうから詰められる日が来るとは・・・。
会社的な感じではないけれども共通のお金とかそういうのも用意したほうがいいという助言もあったので、今後はお金を出し合ってそこにプールしていくという事も決定した。
やれやれ、まさかこんな大事なことをすっ飛ばしていたとは。
ほんと申し訳ない話だ。
「では以上でよろしいですね?」
「不満はありますがまぁいいです」
「私もそれで妥協します」
「まさか取り分を増やさないでくれっていうセリフを聞く日が来るとはなぁ」
「いいじゃないですか、その分マスターの分前が増えるんですから」
「貢献度で考えたら俺が一番下だろ?それで一番取り分が多いってのがなぁ」
全員が納得していないけどそうしないと終わらないので渋々折り合いをつけた。
一般的な依頼を受けた場合、取り分は俺が5割でイブさんとローラさんが2割、残り1割を共有資産としてプールすることになった。
加えて共有資産については任意で増やすことができるという条件も追加、それによりもらいすぎたと思った場合には各自がそこに足していくことができるようになっている。
普通の人ならそんなこと考えないだろうけど、あいにくとこの二人はそうじゃない。
ひたすら1割にこだわり続けて報酬を受け取らないと引かなかったんだが、なんとかアリスが今の案を出してくれたことで落ち着いてくれた。
俺だって5割はもらいすぎだと思うんだが、まぁでっかい夢のためにはこのぐらいもらったほうがいいんだろうなぁ。
因みにこの前のような大規模討伐なんかの場合はイブさんやローラさんが活躍することになるのでその場合の報酬は増やすことになっている。
もっとも、その報酬もプールできてしまうわけだけど。
「ここはマスターの船ですから当然です」
「そういうことにしておくよ。ってことで次回の報酬からこの割合で行くから引き続きよろしくな」
「こちらこそよろしくお願いします」
「その次回ってのが今運んでいる物資の販売なわけだが・・・ノヴァドッグはどうなった?」
輸送ギルドで引き受けた依頼がノヴァドッグ最後の仕事、加えてコンテナに満載した荷物を転がせばもう少し懐が暖かくなるのだが依頼主はどうなったんだろうか。
「ナディア中佐率いる宇宙軍が颯爽と現れてゴーストシップ艦隊を撃破、それにより追加装置の売り時を失ったルークさんたちは借金こそ抱えなかったものの大きな稼ぎを生み出せず引きこもってしまったようです」
「あの装置がなくても撃退できるとわかれば買う必要もない、今頃オルドさんがほくそ笑んでいるだろうなぁ」
「悪いことはしちゃダメってことですね」
「ま、もう俺たちには関係ない話だ。中佐への貸しも返したしあとはのんびり次のコロニーへ向かうとしよう」
今回の一件で宇宙軍の人気は一気に上がったはず、この前は鬼のように追いかけ回されたけど、今回は何事もなく宙域を離れられそうだ。
はてさて、次は何があるのやら。




