116.噂の船に遭遇して
買い物を楽しんでいたイブさん達を呼び戻して向かったのはゼルファス・インダストリーの専用ドッグ。
お馴染みのハンガーにいたのはエドさんと依頼主のオルド副社長、そして駐機していた白鯨の横には見覚えのあるコンテナが鎮座していた。
「皆様お待ちしておりました」
「ノヴァドッグは満喫できているかい?」
「エドさんのおかげでいい思いをさせてもらってるよ」
「それは何よりだ。そんな中急に呼び出して申し訳ないがどうしても急ぎ運ばなければならないものが出てきてね、これも仕事だと思って引き受けてほしい」
挨拶もほどほどに早速仕事の話を始める副社長、相変わらず表情の読めない人だ。
てっきり豪遊していることに文句を言われるのかと思いきやあの程度のはした金じゃ痛くもかゆくもないらしい。
まぁエドさんから報告は受けているはずだからダメな場合はストップが入るだろう。
「仕事なら喜んで引き受けるが・・・例のブツか?」
「それに関してはノーコメントだよ。今回の仕事はこれを含めた複数のゴミを焼却プラントのあるコロニーへと運ぶこと、残りのゴミは輸送ギルドのハルア君に頼んでいるから彼女の指示に従ってくれ。くれぐれも残すことなく廃棄するように、言っている意味は分かるね」
「ゴミをゴミ箱に捨てるだけだろ?わざわざ聞くことか?」
「ふふ、それもそうだ。報酬は輸送ギルド経由で支払うことになるからまとめて受け取ってほしい、納期は今日中。悪いけど大至急で頼むよ」
「ま、それに見合う報酬を貰えるのなら問題はない」
十中八九例の試作機、あえて同じコンテナに入れるのは察しろってことなんだろうか。
ちゃんと廃棄しているかについてはセンサー的なの監視していることだろう。
俺達からすれば中身が何であれ物を運んで金を貰えるのならばそれでよし、一応アリスに目配せすると問題なさそうな顔をしていたので急ぎ出発の準備を開始した。
「買い物中に悪いかったな」
「いえ、買い物は明日もできますから」
「でもこれって例の奴よね?運んで大丈夫なの?」
「スキャンしたところ中身はバラバラにされているようです。ネットワークに設計図などの流出もなし、完全になかったことにするつもりですね。内部に位置情報用のチップが入っているようですので今回はちゃんと廃棄されたか監視しているようです」
「他のゴミと混ぜて廃棄すれば証拠隠滅完了、ってことか。わざわざ壊すぐらいなら作らなければいいのに」
「データを取るためには作らなければ意味がありません、料理人に試作品を作るなと言っているのと同じことですよマスター」
言いたいことは分かるが・・・まぁそのデータのおかげでいい思いをさせてもらっているわけだし何も言うまい、俺達は粛々と仕事をこなすだけってことで白鯨を動かしてハルアさんの指示のもと各シップメーカーの廃棄物を回収、そのまま焼却プラントへと向かった。
目標はここから半日ほど、何もなければすぐに終わるだろう。
しっかし、よくまぁこんなにゴミが出るもんだなぁ。
白鯨のカーゴ内はゴミだらけ、そのほとんどが各シップメーカーの試作品というのだから恐れ入る。
アリス曰く1を作るのに100の試作品が必要とのことだがそのほとんどがこうやって廃棄されるそうだ。
「これってどれも社外秘のブツなんだよな?バラバラになってるとはいえ戻そうと思ったら戻せるのか?」
「そうですね、可能か不可能化で言えば可能です。ですがそれを行って外に出した場合莫大な違約金を払うことになりますのでご注意ください」
「そういえば、そんな誓約書があった気がする」
「この手の仕事はそういうことをしない信頼された業者にしか任せないもの、今回は例のコンテナがありますから私たちに仕事が回ってきたのでしょう。もっとも、復元するに足るものはありませんでした」
「調べたのかよ」
「せっかくの依頼ですから。一般的なルールにのっとれば一度廃棄したものを回収した場合その所有権は私達にありますので、何かしらのトラブルで一度廃棄して改めてそれを回収すれば法的に問題はありません」
そこまでしてほしい物ではないし、折角頼まれた仕事を放棄するつもりもないのでおとなしく廃棄するけどやり方次第では色々とできてしまうヤバい仕事だという事がよく分かった。
だからこそ安心して任せられる業者にしかやらせない仕事なんだろう。
ぶっちゃけ、破壊される前の試作機なら色々と使い道があったけれどもバラバラになっているのであれば興味はない。
「まぁ使えるものもないみたいだしそこまでする必要もないか。それに、廃棄するって言っても宙賊に追われた時とかだろ?これだけの往来がある中で襲ってくるとは思えないしその言い訳は無理がありすぎる」
「それはまぁそうですけど・・・って、ローラさん!」
「見えてる!」
突然船が左に傾き、あまりの勢いにキャプテンシートから放り出される。
姿勢制御システムがあれば姿勢を維持できるけどそんな上等なものはついていない、なんなら重力制御すらないのがこの骨董品。
そのまま壁に吹き飛ばされるも何とか体制を変えて着地することができた。
無重力だから出来る荒業、っていうか何がどうなってるんだ?
「いてて、何がどうなってるんだ?」
「わかりません、突然目の前に船が現れたものですから」
「何とか衝突は回避したけど・・・あーあ、この感じだとカーゴ内がめちゃくちゃだよ」
あれだけの勢いで船が傾いたんだ、カーゴ内の荷物はとんでもないことになっているだろう。
これが製品だったら弁償物だが幸いどれも捨てるもの、壊したところで怒られるものでもない。
「いきなり船?レーダーに反応はなかったのか?」
「あれば警告が鳴ってます、本当に急に・・・ってまさかこれが?」
「「ゴーストシップ!?」」
思わずイブさんとハモッてしまった。
コックピットを覆う強化ガラスの向こうには確かにその姿がある。
これがソルアレスだったらメインモニターにすら映っていなかっただろうけど、アナログがゆえにその姿が視認できる。
これがゴーストシップ、一見するとただの輸送船だが本当に肉眼でしか確認できない。
「アリス、ハッキングは?」
「だめです、先ほどから試していますがどうにも。レーダーにも全く反応ありませんし対処法がわかっていてもこれでは・・・」
アリスでもハッキング出来ないという事はつまり彼女の作られた時代から技術は変わっていないということ、現状ではこいつをどうこう出来る奴はいないというわけだ。
「でも話の通り何もしてきませんね」
「輸送船だから何もできないとしてこれがバトルシップだったら問答無用で撃ち落とされているわけだよな?」
「そうなります」
「ったく、厄介な物を作りやがって。しかも無人機なんだろ?」
「チップの情報によれば人工知能によって制御されているという話です。この宙域を飛びまわり情報を収集、データを蓄積しているのだとか」
「輸送船だから何も出来ないとして、もし人が操った日にはいったいどうなるんだ?レーダーにも感知されずハッキングもできない、そんなバトルシップ・・・いや、戦艦が作られた日には世の中大変なことになるんだぞ?」
技術の単一化による弊害、それを何とかしたいからという話だけどいざ現物を目の前にするとその技術のやばさに寒気がしてくる。
どこの誰だか知らないが面倒なもの作りやがって。
目の前に立ちふさがるゴーストシップを前に、ただにらみつけることしかできないでいた。




