115.チップの中身を確認して
例のカオナシヒューマノイドが置いていったデータチップ。
結局アリスにその場をスキャンしてもらいながら探したけれど、ヒューマノイドを見つけることはできなかった。
あの短時間で移動するのは難しいはず、それにもかかわらずスキャンにも反応しないっていうのはいったいどういう事なんだろうか、いつまでも悩んだところで答えは出ないのでひとまずホテルに戻って例のチップを解析することになった。
イブさん達はまだ買い物に出ているらしく部屋に姿はない。
安全性を考え、独立した完全オフラインデバイスにデータチップを挿入してそれを起動させつつ中身を確認する。
こうすることでウイルスなどが接続しているアリスに感染することを防ぐらしい。
「どんな感じだ?」
「こういう怪しげな物には大抵ウイルスが仕掛けられているものですが、どうやら杞憂だったようです」
「そりゃ何よりだ。それで中身は?」
「せっかちな人は嫌われますよマスター、今二重スキャンをかけて情報の洗い出しを・・・」
「を?」
「これは・・・なんでこんなものをマスターに?」
デバイスを捜査していたイブが独り言を言いながら固まってしまった。
早く中身を教えてほしいがこれ以上せっつくと早漏だなんだとうるさいのでおとなしく黙って待つしかない。
アリスが驚愕するほどの情報、星間ネットワークのすべてを把握できる彼女が知らない内容とは一体何なんだろうか。
待つこと数十秒、彼女にとってはかなり長い間沈黙した後ゆっくりと口を開いた。
「お待たせいたしました」
「随分とヤバい案件みたいだな」
「そういう事です。まるで私たちにこれを解明しろと言わんばかりの内容、いったい誰からこれを?」
「だから例のヒューマノイドだって」
「いえ、そのヒューマノイドからこれを受け取るための方法を伝授した相手です。留置所内での出来事、いい加減白状してもらいますよ」
いつにもなく真剣な面持ちのアリス、行くべき場所は言ったわけだし白状しても差し支えはないだろう。
向こうもどこに行ったのかうすうす気づいているみたいだしな。
そんなわけで留置所で出会ったルークの話と、そこで得た情報をアリスに伝える。
話し終えた後、盛大ため息をつかれたのは言うまでもない。
「そういう大事な情報はすぐに教えてほしかったところですが・・・いまさら言ってももう遅いですね。どれだけ貴重な情報もマスターの欲望にはかなわなかったという事です」
「そういう言い方されると傷つくんだが?」
「まったく私という物がありながら・・・いえ、今その話は止めておきましょう。ともかくです、そのルークという人は例のヒューマノイドの事を知っていた、それはつまりこの情報についても知っているという事です。マスターと接触したのも何か意味があっての事でしょう、その人については継続して調べるとして問題なのはその中身です」
「そんなにヤバい物なのか?」
「ヤバさで言えばこの前返却した例の試作機並み・・・いや、それ以上にやばい案件かもしれません」
「よし、見なかったことにしよう」
「受け取ってしまった時点で先方に目をつけられているんです。向こうが何を狙っているかはわかりませんが、覚悟して聞いてくださいね」
はぁ、一時の気の迷いからとんでもない物を手に入れてしまったもんだ。
噂なんてくだらないと聞き流していたら平穏無事な輸送業ライフを過ごせていただろうけど、アリスに渡した時点でそれはもうなかったことにされてしまう。
例のチップに入っていたのはもう一つの噂、ゴーストシップについての情報だった。
どこのメーカーかはわからないけれども極秘裏に開発され、現在試験運用中なんだとか。
その過程で大勢の人に見つかり噂として広がっている状態、本当に隠したいのならば見つからない場所でやるけれどもあえて人に見つかることでその実力を確認しているんだろう。
ゴーストシップの一番の特徴は【デジタル不可視性】、肉眼では確認ができてもデジタルデバイスを通してみると一切見つけることができない特殊な性質を有している。
これによりレーダーに見つかることなく移動できるというわけだ。
でも肉眼で見つかったら意味ないじゃないかと思われるかもしれないが、仮に見つかってもロックオンできないんじゃ攻撃する手段は少ない。
バトルシップで直接攻撃しようにもレーザーやミサイルを命中させることはできない。
やるとしたら手動での狙撃、しかもEMLなんかの超高速実弾兵器でなければ難しいけどレーザー兵器が主流の世の中でわざわざそんなものを積んでいる傭兵なんてまずいない。
軍の中でも限られた兵器じゃないだろうか。
「こんなやばい物が飛び回ってるノヴァドッグって・・・どうなんだ?」
「むしろここだからこそじゃないでしょか。各社しのぎを削り合うからこそ新たな技術が生まれるのです。我々には難しいですが人間という生き物は時に突拍子のない物を編み出しますから。デジタル不可視性ですか、面白い考えですね」
「その性質があるからどのカメラにも映らなかったんだな」
「カメラどころかスキャンにも反応しないことになります。それこそ例のヒューマノイドのように」
「ん?でもあいつは肉眼でも確認できなかったぞ?」
「ようはそれに対応するもの、光学迷彩のようなものを兼ね備えていれば完璧というわけです」
「・・・それってやばいよな」
「ヤバいというレベルではないですね、何者にも感知されずに移動できるとなれば犯罪が多発。世の中の秩序が崩壊するのは時間の問題でしょう。質量を感知するようなアナログ的な装置には反応するでしょうけど、肉眼でもデジタルでも把握できないのは由々しき問題です。とはいえ技術的にはまだ試作段階、なんでしたらこの中にデジタル不可視技術の対処方法も入っておりましたのでその危険は去ったと言えます」
ん?どういうことだ?
解決方法が判明してる?
あれだけやばいと言っていたのはいったい何だったんだ?
「つまり危険はないってことか?」
「技術的には面白いものでしたが仕組みを知れば対策は可能です。もしかするとゴーストシップを使って技術の単一化が起こす弊害について訴えたいだけなのかもしれません」
「すまん、凡人にもわかるように説明してくれ」
「ノヴァドッグに出没しているゴーストシップは悪さをするために作られたものではないという事です。そしてこのチップをマスターに託した相手は自分以外の手でそれを公表してほしい。自分では会えないようなとてつもなく上の人に状況を伝え何らかの動きをさせたい。それこそ、先ほど言った技術の単一化を止めさせたいとか」
うーむさっぱりわからん。
とりあえずいえるのは危険な相手ではないという事、そして対処ができるという事。
わからないのは俺みたいな凡人にそれを託して何をさせたいのかという部分。
俺が知っている偉い人と言えば男爵ぐらい、でもあの人にこの情報を伝えたところで何が変わるというのだろうか。
それに、技術の単一化を止めさせたいっていうのはなんなんだ?
同じだからこそ別の物にも互換性があって、便利になるんじゃないのか?
それを止めてどうなるのか・・・。
「おや?・・・マスター、エド様から連絡が入りました」
「ん?あぁ、つなげてくれ」
今日はオフと言ってあったにもかかわらず連絡してくるという事はよほどの急ぎ案件なんだろう。
ソルアレスの方は順調だって聞いていたが何かあったんだろうか。
「お休みのところ申し訳ありません、急ぎお願いしたい仕事がございまして」
「仕事?」
「弊社オルド副社長よりどうしても今日中に運んでほしいという事でして・・・お願いできませんでしょうか」
副社長直々に俺達を指名、となると考えられるのは一つだけ。
やれやれ、折角のオフはこれで終わりか。




