111.冤罪が無事に晴れて
翌朝。
留置所の受付が始まってすぐ、アリス達が例の警備員を引き連れて迎えに来てくれた。
イブさん曰く俺が収監されたあと怒りに燃えるアリス大量の証拠をこれでもかと提出、それにより先方のサーバーが一時的にダウンしてしまったらしい。
星間ネットワークをハッキング出来るだけの実力者にとって警備会社のサーバーを落とすぐらい朝飯前、流石に相手が悪いと判断したのか一切話を聞こうとしなかった先方の態度が変わり、無事朝一番での解放となったようだ。
後ろに控える俺を押さえつけた例の女性警備員の横にはへこへこと頭を下げる中年男性の姿、おそらく彼女の上しか何かだろう手にはお詫びの品らしき物が大事そうに抱かれている。
「お帰りなさいませマスター」
「あの後随分と派手にやってくれたみたいだな、ありがとう」
「お礼を言われるほどではございません、私はただ自分の役目を全うしただけです。マスターを犯人扱いした警備会社をはじめ、それを雇用しているショッピングモールにもきつく言い聞かせておりますので二度と同じようなことは起きないでしょう」
「で、その結果がこれか」
「本当に申し訳ありませんでした!」
例の女性警備員が慌てた様子でアリスの横に移動、土下座する勢いで頭を下げる。
あー、うん。
この反応を見る限り彼女もかなり怒られたんだろう、子供を助けたいという気持ちはよくわかるし彼女は自分の職務を全うしただけ。
そうとはいえ無実の人を冤罪で留置所に送るってのは少々やりすぎたよな。
これで彼女が仕事を首になったとしてもそれは自業自得、俺が気にするもんでもない。
「あー、まぁこれはもう終わった話だから。とはいえいくら子供を助けるためとはいえ無実の人間を警備に突き出し留置所に入れるのはやりすぎだ。この件に関してはうちのアリスを通じて正式に抗議を入れさせてもらったと思うが・・・」
「それにつきましては私の方からお話しさせていただきます。まずは改めてお詫びを、この度は弊社警備員が大変なことをしでかし誠に申し訳ございませんでした。こちら、つまらない物ですがどうぞお受け取りください」
例の中年男性が警備員の後ろからそっと前に出て深々と頭を下げてから抱きかかえられたものをそっと差し出す。
一応確認のためアリスの方を見ると小さくうなずいたのでとりあえず受け取ることにした。
これを受け取ったら賠償を受けられないとかそういうのだと困るなと思っただけなのだが、どうやら杞憂だったようだ。
「これは?」
「ほんの気持ちです、どうぞ皆様でお召し上がりください」
「ローラさん、あとで中身を確認しておいてくれ」
「わかりました」
「本当はすぐに事情を説明するべきなのですが、場所が場所ですしお疲れでしょうからまずは別の場所へ向かわせていただきます。車を用意しておりますので、どうぞこちらへ」
留置所の入り口には黒塗りのエアカーが二台停車している。
ふむ、確かにここで長々と話すもんでもないか。
ひとまず俺とアリス、そして先方の二人が一台目に乗り込みイブさんとローラさんが二台目へ。
普段一般人が使うようなエアカーではなく、貴族や金持ちが乗るような広々としたタイプ。
見たことはあっても実際乗るのは初めてだがこんなにも乗り心地がいい物なのか。
中年男の横に座る警備の女性は怯えるように黙り込んでいる。
なんとも言えない空気、別に俺が悪いわけじゃないのに無言でいるのがなんだか申し訳なくなってくるんだが、話した方がいいんだろうか。
「そういえばマスター、留置所から出てくる際随分と元気そうでしたが中で何かありましたか?」
「あれで元気そうに見えたのか?」
「人生初の留置所、マスターの性格を考えると色々と考えすぎて眠れなかったのではないかと推測していたのですが随分と元気そうでしたので」
「色々と言いたいところはあるが、まぁちょっとな」
「詳しくお聞きしても?」
「悪いが今回はノーコメントだ。別に犯罪に巻き込まれたとかそういうのじゃないから安心してくれ」
別に前の二人がいるから言えないのではなく、ただ言いたくないから言わないだけ。
別にアリスは俺の母親でもなければ全て情報共有する関係でもない。
秘密の一つや二つあってもそれが法を犯しているというのでなければ問題はないだろう、アリス的にもそこまで気になるわけではないのか、すんなりと引き下がってくれた。
その後も不在時の情報共有をしながら進むこと10分ほどで目的の場所へと到着、やってきたのは宿泊していたホテルだった。
「本当は弊社事務所にお通しする予定だったのですが、こちらに宿泊とのことでしたので急遽場所を変更させていただきました。どうぞこちらへ」
「そういえばエドさんは?」
「ソルアレスの進捗状況を確認しに工場へ向かいました、昨日の件はあえて伏せてあります」
「それが正解だな」
「わざわざ弱みを見せる必要もありませんから。あの場で撮影された動画や写真は全て削除してありますのでご安心ください」
「さすが、できる女は違うな」
「そうでしょう?もっと褒めていいんですよ」
これ以上褒めると図に乗るのでこのぐらいにしておいて、案内されたのは宿泊者用の打ち合わせ室。
高級ホテルだけあってこういう部屋も無駄に豪華だな。
奥のソファーに案内され中年男がその前に着席、例の警備員は緊張した面持ちでその後ろで直立している。
「改めまして、この度は弊社社員がご迷惑をおかけし大変申し訳ございませんでした。私はボッシュ、彼女達のような一般警備員の統括部長をさせていただいております」
「トウマだ。今回の件に関してはアリスを通じて再発防止も含め話をさせてもらっているそうだから俺からいうことは何もない。偉い人が出てきた所で対応するのは彼女たちのような末端、二度と同じことが起きなければそれでいい」
「寛大なお言葉ありがとうございます。賠償に関しましては現在本社と調整中でして、明日までにお戻しできる予定ですので今しばらくお待ちください。現時点で言えることとしましてはこちらとしてできる限りの対応をさせていただきたいと思っております」
「賠償ねぇ」
「まずはマスターへの暴行、ついで無実の罪で拘束したことへの精神的賠償、その他損失が起きた部分につきまして全て現金での賠償を請求いたしました。今後新たに発生した問題に関しては随時交渉していくことになりますが、こちらも長々と引っ張るつもりはありませんのでこれが一番綺麗な解決方法になります」
そりゃ多少は精神的に着た部分もあるし、拘束された時に体を痛めたところもあるので、それに関する賠償はあるべきだろう。
だがアリスがやるだけに根こそぎ持っていくんじゃないかと不安になるが、向こうもこういった場合に対処できるよう保険に入っているらしいので俺が心配する必要もない。
金で解決できるならそれに越したことはない、確かに一番綺麗な解決方法ではあるよな。
「そっちに関してはアリスに任せる。謝罪も受けたし、これでこの件は終わりってことだな?」
「それなのですが・・・」
「まだ何か?」
「こちらとしては賠償させていただくことで会社として誠意を見せたことになります。しかしながら、直接ご迷惑をおかけした我々が何もしないというのは大変申し訳なく、別の形でお詫びをさせていただけないかと考えているのです。聞けば皆様はノヴァドッグに着きましてまだ日が経っておられないとのこと、つきましては弊社キャロルを付き人としてご提供いたしますので好きなようにご利用ください。買い物、荷運び、護衛、ご希望でしたら下の世話までどうぞ遠慮なくご利用いただければ幸いです」
「精一杯頑張りますのでどうぞ自由にお使いください!」
いや、いったい何を言い出すんだこの人たちは。
一番綺麗な形で解決しようと言っていたのに、とんでもないことをぶっちこまれてしまった。




