110.留置所に入れられて
俺は何でこんなところにいるんだ?
その理由を色々と考えてみても、どれもここに来る答えにたどり着かない。
冷たい床、冷たい空気、そして向けられる侮蔑と憐みの目線。
唯一の救いは個室だってことだろうか、ここに他人がいたらこんな風に落ち着いて考えることはできなかっただろう。
ジャンク屋で買い物をした帰り道、迷子になった少女を助けようと手を取って歩いていた俺は警備員に誤解されるがまま捕縛されてしまった。
到着したアリスが無実の証拠を突き付けてくれたけれども映像改竄の可能性から認められず、更には少女も自分を助けてくれただけだと話してくれたのに脅迫された可能性があると言って信じてもらえなかった。
監視カメラの映像をどう改竄するんだっていう話にはなるんだけども、それを施設が出す前にネットワークから回収している時点で怪しいというのが向こうの言い分。
確かに言いたいことは分かるけれども、事実は事実として認めればいいのに・・・というわけでノヴァドッグ滞在二日目にしてまさかの留置所生活が始まったというわけだ。
幸い俺には諸々の後ろ盾がいるので早々に解放されるだろうとアリスは言っていたけれど、通信用の端末を全て持っていかれたため進捗は一切不明だ。
この先どうなるのかという不安はあるものの、今の所取り調べを受けるわけでもなく放置されている。
まぁ施設側から監視カメラのマスターデータが提出されれば俺の無実は確実なので特に心配ないと言えば心配ないのけど、この時間が続くのは流石にしんどい。
何度目かの盛大なため息をついてから壁に掛けられたデジタルクロックを確認、少女を助けたのが昼過ぎだったのでここにきておよそ二時間もしくは三時間ってところか。
「おい」
「ん?」
「追加だ、仲よくしろよ」
突然声がしたかと思ったら個室だと思っていた留置所に別の誰かがやってきた。
入ってきたのは俺よりも少し年下ぐらいの男性、特に抵抗する様子もなく静かになかに入るとそのまま正面の簡易ベッドに寝転んでしまった。
まるで実家のような流れるような動きに思わずあっけにとられてしまう。
もっとこうキョロキョロするとか不安になるとかそういうのあるもんじゃないのか?
「おっと失礼挨拶がまだだった。俺はルーク、ここにはしょっちゅう来てるから気になることがあったら遠慮なく聞いてくれ。時間的に・・・あと30分で飯それから21時消灯。その後は何があっても翌朝までは外に出れないから寒いなら早めに毛布を貰っておくといい。俺には誰も用意してくれないから頼むなら俺の分もよろしく」
「トウマだ。よく来るっていうが毎回何するんだ?」
「色々、窃盗・詐欺・今回は口論でちょっと相手を言い負かしちゃってね。でも直接暴力をふるったりはしないいから安心してくれていいよ、見た目通り非暴力主義なのさ」
「ここの常連って時点でどうかと思うが・・・とりあえず明日までよろしく頼む」
さっきの話じゃ21時がリミットらしいので今日中の開放はないと思っていいだろう。
寝心地の悪い簡易ベッドだが毛布があれば少しは横になれるはず、明日になればアリスがなんとしてでも解放してくれるだろうからとりあえず今日をしのげばいい。
とりあえず挨拶は終了、暴力沙汰で捕まってないという事は少なくともそういうのを気にしなくてもいいという事だ。
「ふーん、初めてっぽいのに随分と落ち着いてるね。君は何をしたんだい?」
「迷子を助けたら誘拐犯に間違えられた」
「あはは、それはそれはご愁傷様。確かにその程度なら落ち着いてもいられるか」
「長いこといると何かあるのか?」
「ここの食事はまずくて有名でね、二日も食べると外の飯が恋しくなるんだ。この後の夕食を見て絶望するといいよ」
「それは今日一番聞きたくなかった話題だ」
絶望まであと30分、できれば聞きたくなかったが心構えがあるのとないのとで絶望感が違うので素直に喜んでおこう。
それからというもの、波長が合うというかなんというかなんというか初めて会ったはずなのに長年の友人のように色々な話をして盛り上がった。
ノヴァドッグが初めてだというと行きつけの店や面白い店を教えてもらえたし、向こうがここから出たことがないと言っていたので代わりに別宙域の名産品や今までにあったことを若干脚色を入れながら話すと大喜びしてくれた。
今までの人生でこんなに話しやすい人がいただろうか、さっきまでの重たい雰囲気はどこへやら、すっかり楽しくて就寝時間が来るのが惜しくなってしまったくらいだ。
「就寝時間だ、静かにしろよ」
「「へ~い」」
こんなに寝るのがおっくうになったのは何年ぶりだろうか、まるで学生時代に戻ったようなテンションに簡易ベッドに横になりながらも二人で目を合わせて必死に笑いをこらえる。
警備の足音が聞こえなくなってからようやく息を吐き、二人同時に体を起こした。
「いや~、今までいろんな人と話してきたけど初めてあった人とこんなに楽しく話せたのは初めてだ」
「それは俺も同じだ。まさかこの年になって寝るのが惜しいと思う日が来るとはなぁ」
「それは相手が女でも寝たくなるのかい?」
「最近はそうだな、嫁と別れてから別に絶対にやりたいっていう気持ちもなくなってきてる」
「そりゃマズイ、ここを出たら是非第二ブロックの歓楽街に行ってくれ。あそこはどこもいい女ばかりだし余所者からぼったくるような店もない。特にスペースハニーは最高だからおすすめするよ」
「そりゃいいことを聞いた、行った時にはルークの紹介だって言っとくよ」
「それはいいけどツケるのだけは勘弁してくれよ」
元嫁とはなれてからというもの、そういう気分になることはあってもアリス達の目があるので中々発散することができないでいた。
折角教えてもらったんだしいかないのももったいないだろ?
気分はまるで学生、この年になって女のどこがいいだのなんだの話すことなんてなかったがいくつになってもこの手の話題で盛り上がれるもんなんだなぁ。
女の話の次は金の話か機械の話、もしくは本当かもわからない噂話と相場は決まっている。
住んでいた場所も年も違うのに似たような話があるのは男がみな同じようなことを考えているのかも、そんなことを考えてしまった。
気づけばもう日付が変わる前、年のせいか流石に眠気が出てきたのでおとなしく眠ることにした。
「そうだ、最後にもう一つ」
「ん?」
「排気エリアの闇商人は知ってるかい?」
てっきりまた女の話かと思いきや、最後の最後に飛び出してきた話題に心臓が飛び出しそうになる。
つい昨日そいつに逃げられたところなのだが、それを言うのはちょっとアレなのであえて知らないことにしておこう。
「そういえばそんな噂があるって聞いたことがあるな」
「実はあれ、噂じゃなかったりするんだよね」
「どういうことだ?」
「顔のないヒューマノイドを追いかけて排気エリアに行ったら無理に探さないように。奥に酒の置かれた机があるからそこにマシンオイルを置くと後ろから出てくるからそれまで後ろを振り向いちゃダメなんだってさ」
「噂じゃないってことは実際に会えるのか?」
「それは自分の目で確かめてみるといいよ。それじゃあ、お休み」
続きを聞こうと思ってもそれ以降は一切返事をしてくれない。
まぁいい加減俺も眠いし明日起きたら聞けばいいか、そう思っていたのだが目を覚ました時にはもうルークの姿はどこにもなかった。




