命を賭して
翌日、チョップとマルガリータ姫は島の漁師が発見し、無事保護された。
マルガリータ姫は奇跡的に無傷。チョップは無数の打撲、数ヵ所の骨折、さらには銃創を受けていたものの、姫の必死の看護のかいもあって一命を取りとめていた。
そして、同時に帝国人と思われる三人の惨殺体も、水兵団に発見される。
マルガリータ姫の証言によると帝国からの誘拐犯であり、襲われようとした所を『見知らぬ剣士』が救ってくれたとの事であった。
だが理由はどうあれ、平等を重んじるサン・カリブ王国の法律では、国内での殺人は『死刑』に問われる重大な罪となる。
水兵団は『王女誘拐未遂事件』として捜査に乗り出すも、その剣士の手がかりも足取りも何も掴めず、マルガリータ姫も何かを秘めるように口をつぐんだため、けっきょく事件は迷宮入りとなった。
そして、その一ヶ月後……。
「マルガリータ!」
曇り空のある日の事。
グアドループ王城の裏門、鉄柵で出来た扉の外から快活な少年の声が聞こえる。
たまたま庭を散策中だったマルガリータ姫が声の方を向くと、そこにいたのは幼なじみの黒髪の少年。
「えっ……? チョップくん!? ケガはもういいの?」
「うん、すっかり良くなったよ。待ってて、今そっちに行くから」
チョップは鉄柵をよじ登って、城内に入ろうとするが。
チュイン!
『わっ!?』
完全に的外れではあったが何者かの銃撃を受け、チョップは再び城の外へドサッと落ちる。
二人が思わず砲音の出どころを見ると、銃を構える黒服の執事、ケイマンの姿があった。
「今のは威嚇射撃です。次は当てますよ」
「ケイマン!? チョップくんになんて事するの!」
マルガリータは非難の声を上げるが、ケイマンは銃を再装填しながらツカツカと二人の元へ歩みより、庇い立てをするように彼女の前に立つ。
「姫は、お下がり下さい」
「ケイマン……?」
ケイマンは、氷の視線と銃口をチョップから外さず。
「あれだけの大ケガをしながら、もう動けるようになったのですか。身体だけは無駄に丈夫なのですね」
「はい……?」
チョップは、なぜケイマンから敵意を向けられるのか理由が分からない。
「あの日、一体何があったのですか?」
「……?」
「あの日……、姫は何事もなく無事だったとされておりますが、何事もなかった訳が無いのです」
ケイマンは怒りで銃を持つ手を震わせながら。
「あれだけ何でも思った事をしゃべってしまう姫様が、この件に関しては塞ぎ込んだように何も語っていただけないのです」
「それは……」
「想像する事さえ背筋が凍る思いですが、もしかしたら姫は……。姫は口にするのもおぞましいような行為をされたのではないかと」
『えっ!?』
確かに危ないところではあったが、それでもチョップが寸でのところでマルガリータを救い出す事が出来たはず。
ケイマンの誤解を解こうと、チョップは声を上げようとする。
「違う……、あのならず者たちは僕が」
「言っちゃダメーっ!!」
だが、涙を浮かべて唇の前に指を立てるマルガリータを見て、チョップは気付く。
そうだ……。
僕は、人を殺したんだ。
王国内での人殺しは最大の禁忌。
それを、僕は犯した。
僕はこの手で、人を……。
マルガリータが自分を必死にかばってくれている事に気付き、喉まで出かかった言葉を飲み込む。
だが、二人の一連の所作が、かえってケイマンの誤解を深めることとなってしまう。
「おおお、なんとおいたわしや。あの時、私がもっとしっかりしていれば……。いや、貴方さえ姫に近づかなければこんな事にはっ!」
ケイマンが引き金を引くと、チョップと二人を隔てる鉄柵から火花が上がる。
「命をもって口封じをしたいところですが、それでは姫のお心を痛めることになります。ですので、この事は私の胸に秘めておきます。『姫の身には何も無かった』。よろしいですね?」
「はい……」
「もし、事が漏れるような事があれば、貴方を殺して私も死にます。いいですね?」
「……」
まだ幼いチョップたちには真実を打ち明けるしかケイマンの誤解を解く術はなく、少年はただ素直に頷くしかなかった。
だが。
「では、もう二度と姫には近づかないでいただきたい。国王様からのお達しで、貴方は今後姫と会う事を禁じられています」
「え……?」
「そんな!? わたし聞いてない! チョップくんと会えないなんて、勝手な事言わないでよ!」
「貴女は王国を安んじるため、有力な諸国の王族にお輿入れ、つまり結婚をなさらなければならないご立場。これ以上彼と関わるようであれば、彼を『犯罪者』として捕らえねばなりません。それでもよろしいので?」
「そんな……」
「結婚……?」
ハッと少年の顔を見るマルガリータ姫。
チョップは改めて、彼女は一国の王女だという事実を突き付けられ、もう今までのような関係ではいられない事を思い知らされる。
少年の周りで色づいていた世界が、急速に色褪せていく。
ポタッ……。ポタッ……。
『雨……』
「降ってきましたね。姫のお身体に触りますので、私たちはこれにて失礼いたします」
これ幸いとばかりに、ケイマンは王女を屋内に入るよう促す。
「マルガリータ!」
柵の向こう側からのチョップの呼びかけに、マルガリータは悲しげな瞳を向けて一言。
「ごめんなさい……」
王国の法律では、前科者は水兵団への入団資格を失う。
もしチョップが『犯罪者』になってしまえば、彼は水兵になる事は出来なくなる。
これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと、マルガリータは少年に背を向け、肩を落としながら去っていく。
「マルガリータ……」
チョップは、その小さな背中を見送る事しかできなかった……。
ドドドドドォーッ!!
分厚い雲に覆われた空から滝のようなスコールが、家路につく少年に叩きつけられる。
「マルガリータ……」
父母を事故で喪い、祖父を亡くし、彼にとっては唯一の心の拠り所であった少女。
少年は、これからもずっとそばにいるはずだった少女に、もう二度と会うことが出来ない現実に打ちのめされる。
「マルガリータは、もういない……」
歩くどころか立つこともままならなくなったチョップはその場にひざまづき、穢れた自らの右手を地面に叩きつけようとするが、それは寸前で思いとどまる。
「ううう……、うあああああああーーーっ!!」
悲しげな鳥のように啼くチョップ。
だが非情にも、降り注ぐ雨は彼の涙も叫びすらも覆いつくす。
次第に堕ちていくチョップの心。
「そうだ……。どうせマルガリータのそばで、彼女を護る事ができないのなら……」
(わたし、チョップくんのこと、だーいすき!)
それでも、少年の心にあるのは愛する少女の笑顔。
「だったら僕は水兵になって、この国ごとマルガリータを護る!」
ピシャオオオオーンッ! と雷鳴が、空とチョップの内に轟く。
「本当なら罪を犯した僕は水兵団には入れないけど、僕は国のみんなを騙して水兵になる……」
寄り糸がほつれるように、離れてしまった少年と少女の運命。
だが、その絆までもが失われた訳では無い。
「そして僕は、国を守って戦って死ぬ。それがこれからの僕の『夢』……」
ポタッ……。ポタッ……。
雨が収まると少年の行く末を示すかのように、雲の隙間から明が射し込む。
黒髪の少年チョップは決意を新たに、真上の空を睨むように見上げた。
『それが今の、僕の希望だっ!!』
*
真上の空を眺めていた白髪の水兵チョップは、遠い昔の夢から覚める。
「チョップくん……」
少女の呟きに視線を向けると、そこには心配そうに彼を見つめるマルガリータ。
あの悲しい別れから、もう七年。
愛くるしい少女から花開くように、美しく成長した彼女。
ちっぽけな少年の事など忘れてしまうかと思いきや、ずっと変わらない想いを抱き続けてくれた彼女。
チョップはマルガリータに歩みよると、残った左腕でぎゅっと彼女を抱きしめる。
「え……?」
「僕のこと、ずっと好きでいてくれてありがとう」
今まで頑なに自分に触れることを避けていた彼の抱擁に、目を白黒させて固まるマルガリータ。
だが、チョップはすぐに彼女から身を離す。
「逃げて。皆を連れて出来るだけ遠くへ」
そう言って、チョップは東の港の埠頭に向かって嵐のように走り去る。
その様子を一部始終見ていたチャカは。
「あかんっ! あいつ、死ぬ気や!」
「え?」
「あいつ、撃ったら死ぬ技をもう一発使うとんねん! 次やったら、間違いなく死んでまうで!」
「ええっ!? そんな……、チョップくん!」
チャカの台詞に、マルガリータは血相を変えて後を追おうとするが、チャカが後ろから羽交い締めをする。
「いやいや、お姫さんまで行ったらあきませんて!」
「お願い、離して!」
「いやいやいやいや、お姫さんが行ってもどないもなりませんって! はよ逃げな!」
「離しなさい! セクハラで訴えますよ!」
「ういっ!?」
チャカは思わず手を離し、戒めを解かれたマルガリータはすぐにチョップの後を追う。
東の港の船着き場を爆走するチョップ。
目指すはサン・カリブ王国水兵団の旗艦、『エルアルコン』。
その船が停泊している場所まで来ると、チョップはロープをマストに放り、一気に甲板に飛び乗る。
さらにチョップはエルアルコンの船首に据わる、主砲『ミョルニル』に飛び移る。
赫然と燃える東の海を見据えると、黒い瘴気を吐きながら狂ったように迫り来るのは、混沌から生まれし八首の凶竜『ヤマタノオロチ』。
「頼んだよ、相棒」
西海洋の海上に、白髪隻眼隻腕の戦士が起つ。
チョップは最期の戦場に選んだ巨砲に一声かけて、自らの左腕を天に掲げた。
「天を舞う数多の精霊達よ! 地に根付く八百万の守護霊達よ! もう一度、僕に力を貸してくれーっ!!」




