海賊バルバドス=トゥルトゥーガ
海抜一千メートルの、深くて青い閉鎖された空間。
「マルガリータ……」
「チョッ……プくん?」
群青の海の底で再会した二人。だが、喜びもつかの間、右腕を押さえて苦しそうな表情、色を全く失った髪。チョップの変わり果てた姿を目の当たりにし、マルガリータ姫は言葉を詰まらせる。
バルバドスも一瞬戸惑いを見せるものの、嘲るように。
「オーッホッホッ、急に白髪になるなんて、厨二病にでもなったのかしら?」
「? 僕は中学校は卒業してますが」
「あらあら、ユーモアを介さない男ねえ。さすがの貴方も、脳ミソまで満身創痍って感じかしら」
魔導海賊バルバドスは値踏みをするように、水兵チョップと左右にそそりたつ海の双壁を見比べた。
「それにしても……、恐れいったわ。噂に聞いた『海割り』神話が本物だったとはねえ」
「船も兵も失ったあなたに、もう勝ち目はありません。大人しくマルガリータを離して、今度こそ降参して下さい」
肩で息をしながらも、投降を促すチョップ。だが。
「逆よ、今こそ貴方が我の仲間になるべきだわ」
「何を……」
「我がはるばる西海洋にやって来た理由は二つ。その一つは、貴方と出会うためだったのよ?」
バルバドスはケツアゴのくせに艶めいた仕草で、二本指を立てる。
チョップとマルガリータは気色悪さを感じて、鳥肌を立てる。
「……言ってる意味が良く分かりませんが」
「サン・カリブ王国を手に入れるためじゃなかったの?」
マルガリータの疑問に、ヒラヒラと手を振るバルバドス。
「もともと、我が南の海からここまで来たのは、サン・カリブ王国に伝わる『海割り』神話の真偽を確かめるため。王国自体にさしたる興味は無かったわ」
そして、大げさに空を仰ぎ、自然と口調と瞳に熱が帯びる。
「ですが、神話が真実と判かった今、我の目的は是が非でも貴方を仲間にし、共に大望を果たす同志とすること」
「大望……?」
「まさか、世界征服とか?」
「違うわ……」
左手でマルガリータの髪を掴んだまま、バルバドスは残った右手でパイナップルを握りつぶすようなジェスチャーを見せた。
『世界を滅ぼし、人類を根絶やしにする事よ』
バルバドスは今まで浮かべていたニヤニヤ笑いを、スッと表情から消し去る。
残虐な台詞の残響と、黒艦の砕けた残骸が、静まりかえった海の谷間に無情さを漂わせた。
「人類を根絶やし……?」
「どういうこと……?」
「我は、南の海では由緒ある光の一族。我が先祖は魔族を打ち倒し、世界に平和をもたらしたという古の『勇者』の血統」
『勇者……?』
バルバドスから予想だにしない言葉が口出され、チョップとマルガリータは思わず反芻する。
「我が一族は生まれながらに『光魔法』の使い手。神に選ばれし一族の末裔として、我も御先祖様のような誇り高き勇者になる事を夢見ていた……頃もあったわね」
「そんな人がなぜ、海賊に……?」
バルバドスは応えず、言葉を続ける。
「ですが、我が一族の力を恐れた祖国の国王と民衆が、怪物狩り、魔女狩りを称して我々を迫害し、ついに光の一族の血統は全て途絶えた。我だけを遺してね……。おかげで我の幼少時代は、血と焔の赫色で染め尽くされてしまったわ」
バルバドスは自ら纏った赤のコートを、自嘲げにつまんで見せる。
「復讐を胸に旅に出た我は、同じく人間に恨みを持つ竜族のシュガールと血の盟約を結ぶことで『竜魔法』を、さらには魔の海域で『海魔法』を手に入れ、祖国を滅ぼし、ついに宿願を果たしました。ですが……」
物憂げに、バルバドスは何かを諦めたように首を振る。
「心の渇き、血の疼き、我が身に巣食った『怪物』の怒りは到底そんなものでは収まらなかった。だから我は海賊提督となり、征く航路を真っ赤に染め上げて来た。というわけなのよ」
語られた海賊バルバドス=トゥルトゥーガの凄惨な過去。チョップもマルガリータも言葉を継ぐことが出来ない。
「我は人を凌駕する超越者として、愚劣な人類に余す事なく、断罪の鉄槌と無惨な死を。あの時に見た赤い空、赤い海、あの赫い光景を全ての人間どもに見せつけてやるのよ。もちろん西海洋の愚民どもにもねえ……」
「そんな事はさせない!!」
西海洋に血の雨を降らせる企みを聞き、チョップは敢然と声を上げる。
「確かにあなたの生い立ちには同情します。その辛い過去にも。でも、僕はあなたに同意する事はできない。僕は絶対にあなたの仲間なんかにならない!」
「いいえ、これは同じ力ををもつ同士として、貴方のために言っているのよ」
「……?」
バルバドスは、クックックッと肩を震わせて笑う。
「人間とは実に残酷な生き物よ。自らの理解を超えるものは拒絶し、排除し、抹殺する。貴方のような素手で人を殺し、あまつさえ海を叩き割るような『化物』を、人々が放っておくと思う?」
「それは……」
「国を救った英雄として一時的に神聖視されても、人間は疑心暗鬼な生き物。貴方はいつか恐れられ、疎まれ、捨てられ、殺される」
「……」
「予言するわ、貴方も必ず人間に絶望し、我と同じ末路を辿る。だから、貴方のような化物は殺戮者としてしか生きる方法は無いのよ、我と共にね……」
『そんなことないよっ!!!』
バルバドスの言葉の毒を打ち消すかのように、マルガリータは凛とした声を響かせた。
「サン・カリブ王国は『海割り』神話で成り立った国。ありがたやと思うことはあっても、チョップくんを嫌ったりする人なんかいないから!」
マルガリータは髪の毛を掴まれ、砂浜に座り込みながらも、青い瞳でチョップを見つめて語りかける。
「サン・カリブ王国民は皆のんびり屋だから、そんな事にはおそらくならない。もし、そうなったとしても、わたしがチョップくんを護ってあげる! こんな顔と尻が一体化してる人なんかより、サン・カリブの人達を、わたしを信じて!」
「余計なこと言うんじゃないわよ」
「痛い、痛い! もげる、もげる!」
「やめろ! マルガリータをプッ、離せ……」
「チョップくん! ここ笑うところじゃないよ!」
くるくるを引っ張られるマルガリータの、シリアスなのになぜかコミカルなやり取りに、彼女には悪いがクスッとしてしまうチョップ。
「ごめんごめん。……ありがとう、マルガリータ。君はいつも僕に元気をくれる。君がいるから、僕は僕でいられる」
チョップは動揺から立ち直り、マルガリータに笑顔を見せ、バルバドスには気炎を吐いた。
「僕の心は変わらないよ。僕は生まれ育った西海洋と、サン・カリブ王国を守る。西海洋の青い海と空は、僕が必ず守ってみせる!」
チョップは魔導海賊に左手の手刀の切っ先を向けて、改めて対決の姿勢を見せる。
それを受けてバルバドスは、なるほどなるほどと納得したかのようにうなずいた。
「まあ、そうでしょうねえ。もっとも、最初から貴方が素直に応じるとは思ってませんでしたが。では質問を変えましょうか……」
バルバドスは、美しい姫君に一目くれると、少年水兵にさらなる動揺を与える問いかけを放った。
「貴方は我を倒してハッピーエンドを迎えたら、この娘とセッ◯スするつもり?」
*
本来、深海魚のみが生息する海の底。さらに大陽は西に傾きかける時間帯。
海の谷には、熱帯とは思えない冷たい空気が漂い、チョップの背筋と足元を凍らせる。
「…………えっ?」
「事が済んだら、貴方はこの娘とセッ◯スをするのか、と聞いてるの」
「えっ、えっ……? そんな事……」
顔を赤らめながら狼狽する様子を見せるチョップに、バルバドスはさらに畳み掛ける。
「いや、別に構わないのよ。苦難を乗り越えたカップルが物語の結末で結ばれるのは当然。男女の究極の愛情表現だものねえ。だけど、こんなに可愛くて純粋でおっぱいが大きいお姫様を、貴方のような醜悪な男が抱いても良いのかしら?」
「僕が醜悪……? どういう……」
「貴方は人殺しだという事を忘れたの? 自分の身体をご覧なさい」
チョップの両腕には真っ赤な血がこびりつき、彼が纏う純白の水兵服は、今はもう敵の返り血で見る影も無く染まっている。
それは、奇しくも海賊提督バルバドスのコートと同じ、真紅。
「そんな血と業に塗れた身体で、貴方は無垢な彼女を穢して傷を付けようっていうの? 散々、他人の命を奪っておきながら、英雄面して女をモノにしようなんて、とんだ悪党ね」
「僕は、そんなつもりじゃ……」
「いいえ、貴方のように正義漢ぶった輩が一番性質が悪いのよ。貴方に比べれば帝国の豚皇帝なんかは、気に入らない男は思いのままに殺し、気に入った女は心ゆくまま犯す。堂々と悪をやってる分だけ、まだ可愛げがあるわ」
バルバドスは小動物をいたぶるかのように、チョップの心に刃を突き付ける。
「この娘は『真珠姫』とまで呼ばれているのでしょう? 残念ながら汚れきった貴方に、身も心も清らかなこの娘はふさわしくないわ」
「そんなこと……モゴモゴッ!」
「貴女は余計な事を言わないの。これは、彼自身が答えないと意味が無いのよ」
マルガリータの口を封じ、バルバドスはチョップの繊細な心を切り崩していく。
「一度、人を殺した者の瞳に、二度と輝きは戻らない」
「一度、血にまみれた手や心は、再び美しさを取り戻す事は無い」
「貴方のような偽善者は、自身が幸せになる事も、人に幸せをもたらす事も出来ない」
「ここは、貴方のような『化物』が生きる世界では無いのよ……」
魔導海賊の人の心を蝕み、玩び、握り潰すような囁きに、チョップは何も言葉を返すことが出来ない。
僕は、マルガリータの側にいる資格は無い……?
彼の脳裏に浮かぶのは、血溜まりに沈む死体を見下ろす幼い頃の自分と、悲しげな顔で去って行くマルガリータの姿。
「貴方は美人で巨乳の綺麗なお姫様と、幸せになる結末は迎えられない、永遠にね……」
「う、ううう……っ!」
「モゴモゴモゴ……ッ! チョップくん、聞いちゃダメーっ!」
「もう一度言うわ、貴方が彼女と共に歩む未来など、どこにも存在しない」
そうだった、僕は……。
もう僕は、マルガリータと一緒にいる事は出来ない。
だって、僕は人殺しの『化物』なのだから。
「う……、うああああああああああーーーっ!!」
ドウンッ……!!




