英雄じいちゃん
甦る、記憶が、断片的な、走馬灯のように。
チョップの最も古い記憶……。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………。
ガラガラッ、ビシャーーンッッ!!
それは吹き荒ぶ暴風雨の中、稲妻がつんざく夜の海。
闇に沈み行く船と、瞬く雷光に浮かんでは消える両親の姿だった。
「おとうさーん! おかあさーん! なんでいっしょに来てくれないのーっ!?」
客船での旅行中、突如発生した大嵐に巻き込まれ、為す術もなく難破した船舶。
救命用のボートは子供たちだけしか救う事ができず、大人の乗客は沈没する船と運命を共にする事となった。
「チョップっ! お前のお祖父さんはサン・カリブ王国の有名な水兵さんだ! きっとお前を大事にしてくれるはず。お祖父さんを頼るんだぞ!」
「いやだー! ぼくもおとうさんたちといっしょがいいー!」
「だめよ、チョップ! あなたは生きて! 生きて、一族の血を繋いでちょうだい!」
「おとうさーん! おかあさーん! 行っちゃやだーっ!」
『チョップーっ! 愛してるよーっ!!』
ゴオオオオオオオオオオオーーーーーッ!
それを最後に、船は波しぶきと轟音と共に、暗い海の中へと没して行った。
「おとうさーん! おかあさーん! うわああああああああああーーーーーん!!」
*
十三年前のサン・カリブ王国。その王宮の石造りの一室。
「だーっはっはっ! ワシがお前の祖父ちゃんの、ナックルであるっッ!!」
どどーんっ!
丸太のような腕、アロハシャツのボタンが弾け飛びそうな胸筋。日に焼けた浅黒い肌にギラギラした眼。
髪の色は今では灰色になっているものの、老いて益々壮んという言葉が似合う豪傑が、三歳児の前に闘気を撒いて立ちはだかる。
当然。
「うわーん、こわいー! こわいー!」
「だっはっはっ。じいちゃんに逢えたのが、そんなに泣くほど嬉しいか」
「いやいや、どう見たって怯えてるだけじゃろう」
と、ナックルの隣に並び冷静にツッコむのは、世に『賢王』と謳われるサン・カリブ王国国王ウインドワード=グアドループ。
かつての金髪は銀色に変わっているが、若い頃はさぞや美男子だったであろうと思われる、紺碧色の短めの青いローブを羽織った優しげな老人である。
「何だと!? ワシの孫の心が分かるのか? お前エスパーか?」
「そんな男塾塾長みたいな自己紹介されたら、誰だってビビるに決まっておるわい」
ナックルの戯れ言に取り合わず、ウインドワード王は石畳の床に膝をついて、半袖短パンの少年に目線を合わせると。
「チョップくんじゃったな。ナックルは見た目は頑固そうなカミナリくそジジイじゃが、根っから鷹揚なひょうきん者じゃ。怖がらなくても大丈夫じゃよ」
「だっはっは! えらい言われようだな」
親友の悪口を笑い飛ばすナックルだったが、チョップは国王様にしがみつくと。
「ぼく、こっちのおじいちゃんがいい」
「ぬあっ!?」
「そうか……。だが、私には超絶可愛い孫娘がいるのでなあ。悪いがチェンジはできないのじゃよ」
「ええー? いやだ、いやだあああっ!」
うえーんうえーんと、火が付いたように泣き出すチョップ。
「だはは、ずいぶん嫌われたもんだなあ」
「ホレ、お主何かしてこの子を笑わせてみたらどうじゃ?」
「あぁん? ワシが本気を出したらヤバい事になるぞ?」
ウインドワードの無茶振りに、ナックルはノリノリでチョップに近づき、「みにょにょにょにょーん!」と言いながら、顔をビロビローンと上下左右に引き伸ばして変顔をして見せる。
すると、嬉しそうに両手を叩いて大笑いする、国王様。
「こらーっ! 言い出しっぺのお前がなぜ笑う!」
「はっはっは! 面白いものを笑って、何が悪い!」
このやろっ、このやろっ! と、熟年二人は年甲斐もなく、お互いのほっぺたをビロビロビローンと伸ばし合ってケンカする。
すると。
「あはははは! おじいちゃんたち、おもしろーい」
二人の漫才でチョップは楽しそうな笑顔を見せ、ナックルとウインドワードはホッと胸を撫で下ろした。
「ぼく、こっちのおじいちゃんも好きー」
「おお、そうかそうか。よーし、じゃあ今日からお前はウチの子だ。これから毎日、美味い肉をたっぷり食わしてやるからな」
「ぼく、お肉はかたいから好きくない。しろみ魚のむにえるがいい」
「何を言うか!? 『たらふく肉を食って体力をつけるべし』が一族の家訓! そんな軟弱な事でどうする!」
思わずナックルが大声を上げると、チョップがまたグズろうとしたので。
「あーあー、泣くな泣くな。漁師のサバさんから漁れたての魚を買ってやるし、骨も取ってやるから。でも、肉もちゃーんと食べるんだぞ?」
「うん! ぼく、お肉もりもり食べて、おじいちゃんみたいにきんにくむきむきになるー」
「よしよし。お前は素直でいい子だな」
ナックルは節くれ立った大きな手で、ガッツポーズを見せるチョップ少年の小さな頭をクシャクシャ撫でた。
「おじいちゃまー、もう出てきていいー?」
「おお、マルガリータや、こっちにおいで」
ウインドワードがとろけそうな笑顔で呼び掛けると、部屋の石柱の後ろから、とててててっと薄桃色のドレスを着た小さな女の子が走り寄り、国王に向かってぴょーんと飛びついてくる。
「さあさ、二人にごあいさつをしなさい」
「ごきげんうるわしく、わたしはマルガリータです。三さいです。このくにのおひめさまです」
くるくるサイドテールの金髪に、海と空の色を映したようなコバルトブルーの瞳。フランス人形のような愛くるしい少女が、スカートの裾を少し広げておしゃまな自己紹介をして見せる。
「おお、マルちゃんか? しばらく見ない間にデカくなったなあ。ほれほれ、お前もあいさつをせんか」
自分の陰にかくれていた孫を、ナックルは無理やり引きずり出すと、チョップはおずおずと指を三本立てて。
「ぼ、ぼく、チョップ……、三さい」
「まあ、わたしとおないどしなのね。チョップくんていうの? すてきなおなまえね。きっと、おとうさまとおかあさまから、あいじょういっぱいにつけてもらったおなまえなのね」
「うわ、めちゃくちゃ喋るな」
「まあ、女の子じゃからなあ」
子どもの成長力に驚くナックルと、自慢の孫娘に鼻高々のウインドワード。だが。
「おとうさん……、おかあさん……。うえええーーーん!」
チョップは両親の事を思いだし、再びわんわん泣き出した。
またかー、と頭を抱える英雄と賢王。
「あれれ。どうしたのー?」
すると、マルガリータはとことこっと歩み寄り。
「ぎゅーっ」
と言いながら、泣いている少年をぎゅーっと抱きしめた。
『!!』
幼い少女がする事とはいえマルガリータの大胆な行動に、チョップを始めとする男性たちはぎょっとしたが。
「チョップくんは、なきむしさんなんだね。よしよーし。わたしがいるからだいじょうぶだよー」
「……うん」
頭をなでなでされて落ち着いた様子の少年を見て、マルガリータは嬉しそうにチョップの手を取る。
「泣きやんでよかったわ。さあ、いっしょにあそびましょう!」
「うん!」
「おじいちゃま、チョップくんとあそんで来ていーい?」
「……いいけど、あまり遠くに行かないようにな」
「はーい! いこっ、チョップくん!」
てってってってってーと二人は手を取り合い、陽射しがまぶしく輝く庭の方へと駆けて行った。
「やっぱり、子どもの事は子どもに任せるのが一番だな!」
「そうだのう……」
その姿を微笑みながら見守るナックルと、複雑な顔で見送るウインドワード王。
「それにしても、あの二人はお似合いじゃないか? どうだ、今のうちから許嫁にしとくってのは?」
「何を言う! ワシの目の黒いうちは、マルガリータは嫁にはやらん!」
「だーっはっはっ、お前は祖父バカだなあ!」
*
時は流れて、十年前のサン・カリブ王国。
とある眺めの良い崖の上での事。
「ねえ、マルガリータ。そこから離れた方が良くない? 危ないよ」
「チョップくん、見て見てー。今日は良い天気よ。海がずいぶん遠くまで見えるわ!」
空気が澄みきり、沖合いの船が航行する姿も見えて、崖の端でぴょんぴょんするマルガリータ。
すると。
ガラガラッ!
「きゃっ……!」
「危ないっ!」
崖の縁が崩れ、海へと落ちかけるマルガリータ。
チョップはとっさに少女の手を掴み、グイッと陸側に引き戻す。が。
「うわあああああっ!?」
「チョップくーんっ!」
代わりにチョップの身体が海に向かって放り出された。
ドッボーンッ!
……………。
パチッ。
「ん? ここは……?」
チョップが目を覚ますと、見慣れた自宅の寝室の天井。
「チョップくん……」
寝かされたベッドのそばには泣きそうな顔のマルガリータの姿が。
「うわーん! チョップくん、チョップくーん!!」
「わっ!」
突然抱きついてくるマルガリータ。チョップは訳が分からずおろおろする。
すると、彼女の声を聞き付けた祖父のナックルと、息子に王の座を譲り、今は悠々自適の身のウインドワードが現れる。
「見て! おじい様、ナックルおじいちゃん! チョップくんが起きたよ!」
「おお、ようやく目を覚ましてくれたのか……。君はマルガリータの命の恩人じゃ」
「えー? そんな大げさな」
「チョップくんは十日間も眠ってたんだよ……」
「えっ……?」
チョップはなんでみんなそんなに大騒ぎしているのかな? と疑問に思っていたが、実は相当シャレになってない事態だったことを知る。
「だーっはっはっ! ワシの孫がこの程度の事で死ぬわけがないだろう!」
ナックルは、豪快に笑い飛ばして見せるが。
「良く言うわい、『世界中の名医を集めるか、ブラックジャ○クを呼んでくれー!』と、泣きついて来たのはどこのどいつじゃ」
「泣いてなどおらんわ、あれは目から出た鼻水だ!」
「お主は誤魔化すのがヘタじゃのう」
「じいちゃん……」
何事にも動じず、口を開けば冗談ばっかりの祖父が、自分の危機に必死になってくれた事を聞き、温かい気持ちになるチョップ。
「マルガリータも毎日お見舞いに来てくれてたんだね。心配かけてごめんね」
「本当よ……。どうしてこんなムチャするの? わたしがお姫様だから?」
チョップはその質問に不思議そうな顔をしながら答える。
「ちがうよ? マルガリータはぼくにとって『大切な女の子』だから、絶対に助けなくっちゃって思ったから……」
「チョップくん……」
安堵の涙を喜びの涙に変えて、マルガリータはガバッとチョップに抱きついた。
「うわっ!?」
「うわーん! チョップくん、チョップくん、チョップくーん!」
ナックルとウインドワードは、仲睦まじい二人の様子を眺めて語る。
「うん? マルちゃんは一体どうしたんだ?」
「マルガリータは常に王族として扱われておるからな。一人の女の子として大事に思われていた事がよほど嬉しかったんじゃろう」
「なるほどな。どうだ? ワシの孫は良い男だろ? ここは一発ガツンと許嫁にしとくってのはどうだ?」
「もうしばらく成長を見てからなら、考えんでもない」
いつの間にか親友の態度が軟化していることが分かり、だっはっはとナックルは高笑いした。
*
そして七年前。チョップとナックルの住居の一室。
「ゴホッ、ゴホッ、ガハゲホゴホッ、ドボクシャーッ!!」
「うわーっ!」
ベッドの上のナックルは、咳き込みながら豪快にバケツの中に吐血する。
「すまん、チョップ。おかわりを頼む」
チョップはやつれた顔の祖父から満タンのバケツを受け取り、空の容器を手渡すと、ナックルは再びドボクシャーと容量いっぱいに血を満たした。
「べふぅ……。さすがのワシも、もうダメだなあ……」
「それでまだ生きてるのが不思議だけど、じいちゃん死んじゃ嫌だー!」
「だははは……。ワシもウインドワードがいなくなってから、少々気がゆるんだのかも知れんな……」
力無い笑顔を浮かべながら、ナックルは可愛い孫の顔を見る。
「お前の嫁さんの顔を拝むまでは、死なないつもりだったが……」
「ナックルおじいちゃん!」
ナックルの危篤を聞き付けたマルガリータ姫が、ドバンッと扉を開けてチョップの家に飛び込んで来た。
「じいちゃん死なないでよ……。じいちゃんがいなくなったら、僕はまた一人ぼっちになっちゃうよ……」
涙を浮かべ、肩を震わせるチョップに微笑みかけながら、ナックルは静かに諭す。
「心配するな。後の事はジョンの奴に頼んであるから」
「ジョンおじさん?」
「それに、お前は一人ぼっちじゃない。きっと国中の皆がお前を育ててくれるはずだ」
「でも……」
とまどうチョップに、突如ナックルは瞳と声に力強さを宿し。
「『この国を守れ』」
「!?」
「この国は、実に良い国だ……。王は民を大事にし、民は王を慕い、民と民は互いに助け合って生きている。サン・カリブ王国を守るのが先祖代々、ワシらの一族に課せられた家訓にして宿命なのだ」
自らの後継者に、英雄『白鷹』はそう告げると、ふっと表情を和らげる。
「ワシも若い頃は家訓なんぞ下らねえとバカにしてたもんだが、今になってみると大事なことだったと良く分かる」
「……」
「チョップ……。この国を……頼んだぞ……」
そう言ってナックルは、カクッと頭を垂れて事切れた……。
長い水兵人生で、拳一つで沈めた敵船は実に四千三百六十と七隻。その数イチローの安打数と同じ!
白いマントを纏いしその勇姿は人々の記憶に深く刻まれ、サン・カリブ王国がある限り永遠に語り継がれる事であろう。
英雄『白鷹』ことゲンコツ水兵ナックル、ここに死す。
「そんな……。起きてよ、じいちゃん! じいちゃーん!!」
「チョップくん、どいて!」
「え?」
ズドーン!
タンスの上によじ登ったマルガリータ姫は、ナックルに向かって最上段からのフライングヒップドロップを食らわせる。
「げふーんっ!?」
「見て! 『げふーん』って言ったよ! ナックルおじいちゃんが生き返った!」
「ううう…………、んっ? えーっと、ワシはどこまで話したんだったっけか?」
「『この国を守れ』って所だったよ」
そして、何事もなかったかのように涙を浮かべ、悲しみにくれた顔で続きを促すマルガリータ。
「おお、そうか。すまないなマルちゃん」
「……でも、国を守るっていっても、僕は一体どうすればいいの?」
「そうだな……」
ナックルは少しだけ虚空を見つめて、考える表情を見せたあと。
「お前が一番愛する人を護れ。きっとそれが、この国を守るための大きな力となるだろう」
「僕が、一番愛する人……?」
少年はそう呟くと、傍らで顔を押さえてシクシク泣いている少女を見て、コクンと大きくうなずいた。
「……うん、分かった! 僕は、僕が一番愛する人を護るよ!」
力強く答えたとたん、チョップは上から射し込む光に身体が包まれ、ふわーっと海面へ向かって浮かんで行く。
「えっ、えっ?」
「だっはっは。そろそろ、お迎えが来たようだな。……ああ、マルちゃんタンスには登らんでくれ。もう一発あれを食らうのは正直しんどい」
現実へと戻って行くチョップの意識を見送るかのように、ナックルはニヤッと笑った。
『いいか、チョップ……。愛する人を護るんだぞ……!』
「じいちゃーーーーーんっ!!」




