37話 やっぱりヒロインには敵わない
「……ふぅ」
完全に気絶した剣鬼を見て、俺は、いくらか緊張と警戒を解いた。
俺の考えた策は、相手の意表を突いて驚かせる、というものだ。
実に単純な策である。
ただ、成功する自信はあった。
3DRPGというジャンルがある。
3Dで作られた迷路のようなダンジョンを進み、魔物と戦い、攻略するというものだ。
迷路のようなダンジョンには色々な仕掛けがあり、それを一つ一つ解いて、攻略していくのが醍醐味なのだけど……
中には、こんな迷路なんてめんどくさい、と思う人もいる。
そして、そういう人は、『ダンジョンの壁をすり抜けることができる』というチートを使う。
今回、俺もそれを使用して、屋敷の壁をすり抜けてみせた。
普通の人間なら絶対にできないこと。
剣鬼も平静ではいられず、驚いて、いい感じに隙を見せてくれた。
「やっぱり、頼れるのは改造コード、ってところかな?」
悪いな。
成長して、もっと強くなったら、その時はまともに勝負をしてやるさ。
「さて……と」
「「ひぃ……!?」」
振り返ると、バカ貴族親子が抱き合うようにして震えていた。
とっておきの切り札である剣鬼までやられるとは思っていなかったのだろう。
しかし、悲しいかな。
剣鬼は中ボス。
中ボスというのは、すべからく倒される存在なのだ。
脅威になることはあっても、絶望に変わることはない。
「これで、婦女子の誘拐と暴行未遂だけでなく、王族に対する反逆罪も追加されたな。なにか弁明するか?」
「わ、わ……私はなにも関係ありません! 全て、この愚息がしでかしたことで、私は、仕方なく協力しただけで……」
「父上!?」
「本当に、私はなにも関係ないのです! 本当です! 神に誓ってもいい! だからどうか、私だけは……!!!」
「そ、そんな……父上が、このようなことは許しておけないと、思い知らせてやる必要があると、そう言ったから、僕だって……!」
「そ、そのようなことは知らぬ! ええい、知らぬぞ! 妄言もそこまでにしろ!」
「妄言なものか! なんなら、この準備に必要な資金の流れを説明しても……というか、その書類がある! 証拠を渡すから、どうか僕だけは……!」
「……はぁ」
父も子も、本当にアホで愚かだ。
どうしようもなくなったら、相手をかばうのではなくて、売り飛ばして自分だけ助かろうとするとは。
この二人を見ていると、本当にイライラする。
「もういい」
俺は、腰に下げていた剣を抜いた。
「王族の権限で、今ここで、お前達に裁きをくだす……仲良く一緒に死ね」
「「ひぃいいいいい……!?」」
二人は涙を流して。
失禁さえして、死の恐怖に恐れおののいた。
しかし、そんな姿を見せたからといって、許されると思うなよ?
情けをかけてもらえるなんて、甘い考えは抱くなよ?
お前達は、セフィーリアを泣かせた。
リアラを傷つけようとした。
そのことだけは、本当に許せなくて。
自分でも意外なほどに、どうしようもない怒りを覚えていて。
「さよならだ」
剣を振り下ろして……
「ノクト様!!!」
「……セフィーリア?」
セフィーリアが背中に抱きついてきて、動きが止まる。
「もういいから」
「なにを……」
「そこまででいいわ。それ以上は、いくら王子といえど、やりすぎよ。そんなことをしたら、ノクト様は、昔のように周囲の人の見る目が変わってしまう。それに……それ以上をしたら、うまくいえないのだけど、もう、引き返せなくなるような気がするの」
セフィーリアの言葉が迷いとなる。
「あの……ノクト様。私なら大丈夫です」
リアラも、そう声をかけてきた。
怖い目に遭ったはずなのに。
簡単には消えない心の傷をつけられたはずなのに。
それでも、にっこりと笑って見せる。
「ほら、大丈夫です。だから……どうか、いつもの優しいノクト様に戻っていただけませんか? 私は、今のノクト様より、いつもの……セフィーリア様と私と、三人で一緒に過ごしている時のノクト様の方が好きです」
「……リアラ……」
「お願いします、ノクト様」
「あたしも、いつものノクト様がいいわ……だから、もう止めましょう?」
「……」
二人は甘い。
こいつらは、今、ここで殺すべきだ。
後を国に任せれば、こいつらは、金と権力を使い罰を軽くしようとするだろう。
さすがに無罪というわけにはいかないだろうが、極刑は免れるはず。
そして、再び力を蓄えて、よからぬことを企むに違いない。
後腐れなく、殺しておく。
それが最適解だ。
……なのだけど。
「わかった」
セフィーリアとリアラの優しさを信じてみたい、という気持ちがあった。
俺は、悪役王子ではあるものの。
でも、陽の当たる、まっすぐな道を歩きたくて……
それならばセフィーリアとリアラのようになるべきだろう。
「後のことは国に任せる……それでいいか?」
「ええ。わがままを聞いてくれて、ありがとう、ノクト様」
「ありがとうございます、ノクト様」
「礼を言われることじゃないさ。二人がこれ以上は、と言うのなら、俺にどうこうする権利はない」
……こうして、一つの事件が終わった。
無事といえるか、なかなか微妙なところではあるが……
ただ、セフィーリアとリアラの笑顔を守ることはできた。
そこは、誇らしく思うことにしよう。




