32話 絶体絶命
「う……くぅ……い、いったい、なにが……?」
「セフィーリア、様……だ、大丈夫ですか……?」
「なんとか……でも、これは……」
セフィーリアは立ち上がろうとした。
しかし、体のあちらこちらが痺れて、まともに動くことができない。
立ち上がろうとして、ばたり、と転がってしまう。
リアラも同じような状態らしく、立ち上がることができないでいた。
「くっ……ふははは。いい、これは実にいい光景だな」
派手な服をまとい、横に体の広い男が現れた。
彼に従い、複数の兵士も姿を見せる。
「あのアリアンロッド家の令嬢が、無様に床を這い回る……くっ、ふははは! いや、実に素晴らしい。この光景を、魔法などで収めて、何度も見たいところだよ」
「あなたは、ナインベル家の当主の……!」
「僕もいるよ」
「レイジ……!!」
さらに、一人の少年が姿を見せた。
以前、パーティーで揉めた相手であり……
家を含めて因縁の相手だ。
「まさか、これは……」
「そうだね。もう気づいているみたいだし、隠しても仕方ないか。僕が手を回して、キミをさらってきたのさ。まあ……なんかの手違いで、おまけもついてきてしまったけどね」
当主とレイジは、ニヤニヤと笑いつつ、倒れる二人のところに近づいていく。
「大勢の前で、あれだけの恥をかかせてくれたんだ。まさか、タダで済むとは思っていないだろうね?」
「あれは……あなたの、自業自得でしょうに……!」
「うるさい、うるさいな! お前のせいで、我がナインベル家は大きな損害を受けたんだ! あれから、王家がどのような無茶振りをしてきたか!」
「と……そういうわけでしてね。ここまで、我々をコケにしていただいたアリアンロッド家。そのセフィーリア嬢には、ぜひ、お礼をしたいと思いまして。本来あるべき、女としての正しい姿、心構えを徹底的に教えてさしあげましょうか」
「くっ……!」
正気か? と叫びたいセフィーリアではあったが、しかし、すぐにそれが意味のない行為と知る。
彼らは本気だ。
このような誘拐をしておいて、やっぱり冗談でした、なんて話が通るわけがない。
今の言葉は全て本気であり……
そして、言葉以上のこともするつもりなのだろう。
気持ち悪い。
おぞましい。
絶対に許さない。
セフィーリアは、倒れたままだとしても、魔法で抵抗しようとするが……
しかし、うまく魔力を集めることができない。
「ああ、抵抗は無意味ですよ、セフィーリア嬢。あなた方を麻痺させたのは、特製の魔法でしてね。トラップなどで用いられるもので、麻痺させるだけではなくて、魔力の流れを乱す効果もあるのですよ。動くこともできないし、魔法を使うこともできない。チェックメイト、というやつですな」
「……」
セフィーリアは、せめてもの抵抗とばかりに二人を睨みつけて……
次いで、ちらりとリアラを見た。
リアラは顔を青くして震えている。
無理もない。
貴族のごたごた関係なく、誘拐されて、酷い目に合わされると知れば、落ち着いていられることなんて不可能だ。
まだ子供。
涙して、怯えることしかできないだろう。
(あたしのせいだ……あたしのせいで、リアラを巻き込んで……)
だからこそ、リアラだけは絶対に助けないといけない。
「……お願い、します……」
セフィーリアは、痺れる体を無理矢理動かして、二人に頭を下げた。
当主とレイジは、驚いた様子で目を丸くして。
次いで、爆笑する。
「あはっ、ははははは! なんだい、キミは。あれだけ強気な態度をとっておきながら、いざとなれば、こうして簡単に頭を下げるなんて。はははっ、なんて情けないんだ」
「やれやれ、これは傑作ですな。公爵令嬢の威厳もなにもあったものではない。今すぐに一流の画家を呼んで、あなたの素晴らしい姿を繊細に描写していただこうか?」
セフィーリアは恥辱に耐えて。
それでも、必死に言葉を紡いでいく。
「あたしは、どうなってもいいから……なにをしてもいいから……だから、この子にはなにもしないで」
「ふむ?
「この子は、なにも関係ないの。本当に関係ないの……だから、お願い……します。どうか、リアラには手を出さないでください……」
「セフィーリア様!?」
自分を犠牲にするような発言に、たまらずにリアラが大きな声をあげた。
「私だけ助かるなんて、そんなこと……!」
「いいの。これは、あたしのせいだから……」
「そんなことありません! 私は、セフィーリア様の友達です! だから、あなた一人だけの責任なんてことはない! 絶対にない!!!」
「……リアラ……」
リアラの温かく、熱い言葉にセフィーリアは胸が震えるのを感じた。
彼女と友達になることができてよかった。
心の底からそう思う。
……しかし。
そんな二人の友情を嘲笑うものがいる。
「なるほど、なるほど。これは、実に美しい友情だ」
「父様。これほどのものを見せられては、考えを変えなくてはいけませんね」
「それじゃあ……!」
セフィーリアの表情に希望が浮かぶ。
「ああ、その通りだ。セフィーリア嬢ではなくて……まずは、そちらの小娘で遊ぶことにしようか」
「えっ……!?」
希望はすぐに消えて、絶望に染まる。
「おい、お前達。この小娘で遊びたい者はいるか? そういう趣味の者も、少しくらいいるだろう? なに、気にすることはない。私が許可するから、思う存分、好きなだけ遊んでやるといい」
「へへ、こいつは気前のいい話だ」
「体は寂しいけど、顔はいいから、俺もいけるかも」
複数の兵士達がニヤニヤと笑い、リアラに近づいていく。
そして、怯えるリアラの手足を掴み、抑え込んだ。
「や、やぁ……」
「やめなさい! リアラは関係ないと言っているでしょう!!!?」
「関係あるさ」
レイジが嗤う。
「キミの友達なんだろう? なら、あいつも同罪さ」
「そんな……」
「これは、キミのせいだ。キミが招いた事態なのさ。そう……全部、キミが悪い」
「あたしの……せいで……」
セフィーリアは愕然となる。
その間に、リアラは兵士達に押し倒されて……
「いや、いや……やだやだやだ、やだぁあああああ!? やめて、助けてぇ!!!」
「やめなさい! やめてやめて、やめてぇ!!! お願い、お願いしますから、どうか止めてください……! リアラを、あたしの友達をいじめないで……!!!」
セフィーリアの涙混じりの訴えを聞いて、しかし、当主とレイジは冷徹に告げる。
「やれ」
兵士達が一斉に動いて……
ドガァッ!!!
突然、屋敷の壁が吹き飛んだ。




