30話 誘拐事件
「くそっ、どういうことだ!?」
とある報告を受けて……
城にある私室にいる俺は、思わず荒々しい声をこぼしてしまう。
人払いをしておいてよかった。
このような姿、誰にも見せられない。
今まで積み上げてきた、悪役王子の評判を覆すための良いイメージが、一気に崩壊してしまう。
だがしかし。
今は、そうしていられるだけの心の余裕がない。
なにせ……
「セフィーリアとリアラが誘拐されただと!?」
セフィーリアとリアラを引き合わせてみたら、最初は険悪な雰囲気だったものの、ちょっと席を外している間に、なぜか仲良くなっていた。
女の子は不思議だ。
まあ、仲良くなったのならなにより。
少々早いけど、原作の展開をなぞることができた。
これで物語が破綻することなく、しっかりと進行していくだろう。
そう思っていたのだけど……
あれから数日後。
今日もセフィーリアとリアラを招いてのお茶会を開こうと思っていたのだけど、その途中、二人が誘拐されたという報告を受けた。
さすがに動揺を隠すことができない。
「殿下、どうか落ち着いてください」
「くっ……!」
騎士団長に言われ、無理矢理焦りと動揺を押し込んだ。
これ以上、情けないところを見せるわけにはいかない。
それに、焦っていては二人を助けることもできない。
彼の言うように落ち着くことが大事だ。
「……すまない、取り乱した」
「いえ、仕方のないことかと。私も、妻がさらわれたと聞いたら、とても落ち着いてはいられないでしょう」
「気を使わせてすまないな。それよりも、詳細を聞かせてもらおうか?」
「はっ。実は……」
騎士団長曰く。
セフィーリアがリアラを誘い、二人は同じ馬車へ。
しかし、移動中に、人気のないところで何者かの襲撃を受けて誘拐されてしまう。
一人の護衛を除いて、馬も含めて全滅。
唯一、生き残った護衛は、このことを報告するためにあえて背中を見せて、傷を受けつつも、逃げてきたという。
「その騎士は大丈夫か?」
「はい。重傷ではありますが、命に別状はないとのことです」
「そうか……後で褒めてやらないといけないな」
守るのではなくて、情報を持ち帰るために逃げる。
騎士にとって、この選択はかなり辛いものだろう。
それでも成し遂げることができた。
とても立派な騎士だ。
「犯人についての情報は?」
「確たることは言えませんが……おそらく、貴族が関与しているでしょう」
「……我ら王族を目の敵にする者か?」
「そこまでは」
「そうか……まあいい。どちらにしても……」
許さない。
セフィーリアとリアラに害を成した者が誰であれ、どんな事情があれ。
絶対に許すことはできないと、怒りで心を燃やす。
悪役王子である俺にとって、公爵令嬢と聖女は天敵のようなものだけど……
でも。
そんなことは関係なく、俺は、二人のことを大事に思っていたみたいだ。
友達だと思っていたんだ。
だから……
「絶対に助けてみせる」
――――――――――
「……ぅ……」
セフィーリアは軽くみじろぎをして、目を覚ました。
体を起こして目を開ける……
しかし、なにも見えない。
部屋は暗闇に包まれていた。
一切の灯りのない暗闇。
目を閉じていたことで暗闇に慣れているものの、しかし、灯りがまったくないとどうしようもない。
「……うぅ」
「誰かいるの?」
聞こえてきた小さな声に警戒するものの、それはすぐに解けることになる。
「あっ……そ、その声は、セフィーリア様ですか!?」
「リアラ? リアラなの?」
「は、はい、私です! リアラです! えっと、今そちらへ……ふぎゃん!?」
ばたんどたん、という音が聞こえてきた。
この暗闇の中を歩こうとして転んだらしい。
それでも、なんとか近くまでやってきたらしく、暗闇の中でリアラがセフィーリアに触れる。
「よかった、セフィーリア様……無事だったんですね」
「ええ、あたしは大丈夫よ。でも……ここはいったい?」
「わかりません……気がついたら、周りは真っ暗で。えっと……馬車に乗っていて、大きな衝撃があって。それから、急に眠くなったところまでは覚えているんですけど」
「……リアラ、落ち着いて聞いてちょうだい」
「は、はいっ」
「あたし達は、おそらく、誘拐されたわ」
「ゆ、誘拐……!?」
「落ち着いて。大丈夫、あたしがいるわ……落ち着いて」
「……は、はい。その、えっと……なんとか」
リアラはいくらか呼吸が荒いものの、普通に受け答えできる程度には落ち着きを取り戻した。
それはセフィーリアの強い呼びかけのおかげであり、友達が一緒という安心感なのだろう。
本来なら、誘拐されたということは、できる限り隠すべきだろう。
パニックを誘発しかねない。
しかし、セフィーリアはそのリスクを承知で、リアラに真実を話した。
そうして現実をしっかりと見てもらうことで、一緒に協力をして脱出できるかもしれない、と考えたからだ。
他の人なら、こういう考えには至らない。
相手がリアラなら期待に応えてくれるかもしれないと、そう信頼したからだ。
「まずは、落ち着いて。それから、しっかりと状況の把握に務めましょう」
「わ、わかりました!」
暗闇に囚われて。
光を得るための道具も策もなにもない。
それでも、セフィーリアとリアラは諦めない。
ノクトの友としてふさわしくあるために。
彼の隣に並び立つのにふさわしくあるために、どのような状況であろうと希望を捨てず、前を向かなければいけないのだ。




