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29話 雨降って地固まる

「……」

「……」


 ノクトが退出した後、やはりというか客間は沈黙に包まれていた。


 時折、セフィーリアが紅茶を飲み、カップの音が響くだけ。

 それ以外は一切の会話がない。


 リアラは、そわそわと落ち着かない様子で、あちらこちらに視線を飛ばしている。

 セフィーリアは紅茶を飲んで悠然と……したフリをしつつ、ちらちらと、リアラのことを気にした様子で何度か視線を送っていた。


「……」

「……」

「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」


 ひたすらに気まずい。


 空気が鈍化して、まとわりついてくるかのよう。

 体が重く感じて、まともに言葉を紡ぐことができない。


 場の雰囲気に耐えられず、リアラは泣きそうだった。

 いや。

 ちょっと泣いていた。


(うぅ……ど、どうして、いきなりこんなことに……? 殿下、早く帰ってきてください……!)


 切に願うリアラだった。


「……ねぇ」

「は、はい!?」


 突然、声をかけられて、リアラはびくんと震えた。

 その失礼な反応に構うことなく、セフィーリアは言葉を紡ぐ。


「あなたはノクト様の……殿下の友達と聞いたのだけど、それは本当かしら?」

「は、はいっ! お、恐れ多いことですけど、なんていうか、気がついたらそのようなことに……」

「ふーん……冴えない感じなのに、どうして、殿下はこんな子を。殿下が戻ってきたら、考え直すように進言した方がいいかしら? ねえ、あなたはどう思う? 自分が殿下の友達にふさわしいと思う? それとも、ふさわしくないと思う? もしも後者ならば……いいえ、もしも、なんて考える必要はないわね。だって、一目瞭然だもの。だから、友達を止めてくれないかしら。いいでしょう? それが殿下のためであるし、そして、あなたのためでもあるもの」

「うぅ……」


 辛辣な言葉にリアラは、俯いて涙しそうになってしまう。

 突然の展開と緊張で、だいぶ心が追い詰められていた。


 ……ただ。


「……や、やめません」


 ノクトの「甘えるな」という言葉を思い出して、自然と言葉を紡いでいた。


 自分なんて。

 そんな思いで心を閉ざして目を閉じて、なにも見ないことは簡単だ。


 しかし、それではなにも意味はない。

 一切の成長がないし、むしろ退化してしまう。


 リアラは、そのことをノクトから教えられていた。

 甘えるなと、前を向いて歩き続けろと、そう教えられていた。


 だから……


「わ、私は……! 殿下の友達……ですっ! それを、他の人にどうこう言われることも、決められる筋合いもありません!」

「……」


 きっぱりと言い切るリアラ。

 対するセフィーリアは目を細くして、猛獣のような激しい圧を放つ。


 リアラは小さな悲鳴をこぼして、体を震わせた。

 再び涙目に。


 ただ、退くことはない。

 まっすぐに前を見て。

 私は逃げないぞ、とセフィーリアと目を合わせ続けた。


「……ふふ」


 ふと、セフィーリアが笑みをこぼす。

 それまでの獰猛な圧も消えて、今までのことが嘘のように穏やかなオーラを放つ。


「なんだ、きちんと自分を主張できるじゃない」

「え、えっと……?」

「殿下の言いなり。殿下がいなければなにもできない。そんなイメージだったのだけど……でも、そんなことはない。そうして、きちんと自分を主張する方が、あなたは輝いて見えるわよ」


 もしかして、試されていたのだろうか?

 リアラは疑問に思う。


 ただ、その疑問をすぐに打ち消した。


 最初のセフィーリアの言葉……あれは、おそらく本気だろう。

 もしもリアラが萎縮したままであったのなら、彼女は見限り、以降、二度とまともに話しかけてくれることはなかっただろう。


 リアラがきちんと反論して自分を捨てなかったからこそ、こうして笑顔を見せてくれているわけで……


(なんか、ライオンと接しているみたいですよ……!?)


 セフィーリアの苛烈な性格の一旦に触れたリアラは、別の意味で震えた。


「改めて、名前を教えてくれる?」

「えっと……リアラです。リアラ・フェイクス」

「そう……あたしは、セフィーリア・アリアンロッド。セフィーリアでいいわ」

「あ、はい。じゃあ、セフィーリア様で」

「……ふふ」


 セフィーリアは目を丸くして驚いて、次いで笑う。


「やっぱり、あなた、面白いわね。いいわ。ここまで興味を惹かれる人なんて、殿下以外にはいなかったわ」

「あ、そこは殿下の次なんですね」

「当たり前でしょう? あたしは、殿下の婚約者なのだから」

「……そうですか」

「うらやましい?」

「そ、そんなことは……!?」

「あなたが望むのなら、側室に加えてあげてもいいわ」


 その誘いに、正直なところ、リアラは心が揺れた。


 まだ子供ではあるものの、リアラは、ノクトのことを慕っていた。

 優しく強く。

 そして、危ないところを助けてもらった。


 ここまでされて惚れない女はいない。


 もしもノクトと結ばれたら、なんていう妄想をしたこともある。

 ただ……


「いえ、大丈夫です」

「へぇ……?」

「私も、その……殿下のことが好きです。でも、本当に好きだから、誰かに与えられるような愛はダメだと思うんです。も、もちろん、私が殿下の一番になるなんて無茶で大胆なことは考えていませんけど……殿下から声をかけられるように、そう努力していきたいと思います」

「あははっ!」


 とても楽しそうにセフィーリアが笑う。


 しばらく笑い声を響かせて……

 そして、不敵な表情を見せた。


「いいわ……いい。あなた、本当にいいわね」

「えっと……?」

「殿下の件については、あたし達はライバルになるのだけど……でも、それ以外なら仲良くできそうだわ。そう思わない?」

「……そうですね、はい。セフィーリア様となら、友達になれるような気がします」

「ふふ、あっさりとそんな言葉が出てくるなんて、本当に面白いわ。なら……そのまま、友達になりましょうか」


 セフィーリアは手を差し出した。

 それを見て、リアラもようやく笑みを浮かべて、手を取る。


「はい! よろしくお願いします、セフィーリア様」

「こちらこそよろしくね、リアラ」




――――――――――




 ……後日。


「ねえ、リアラ。このドレス、どう思う?」

「うーん……ちょっと派手だと思います。セフィーリア様には、もう少し落ち着いたものの方が似合うかな、と」

「メイド達は褒めてくれたのに?」

「でも……うーん。やっぱり似合わないと思います。鮮烈な赤よりも、空のような澄んだ青なんてどうですか?」

「ふふ。やっぱり、いいわね。ちゃんと自分の意見を言うところ、好きよ」

「私も、セフィーリア様の強気で自分をしっかりと持っているところ、尊敬します!」


 気がつけば、セフィーリアとリアラは仲良くなっていた。


 ……仲良くなりすぎじゃないか?

 実の姉妹のようなのだけど。


 喜ぶべきことだけど、しかし、どうやって仲良くなったのか……

 女の子っていうのは謎だな。

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娘に『パパうざい!』と追放された父親ですが、辺境でも全力で親ばかをします!

こちらも読んでもらえたら嬉しいです。

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