26話 危ないよ!?
「は、はじめまして、殿下! り、リアラ・フェイクスと申します!」
お礼をしたいとやってきたのは、聖女……もう一人のメインヒロインだった。
あぶな!?
村人だからと追い払ったりしていたら、悪印象を残すところだった。
当たり前のようにやばいフラグがあちらこちらに落ちているから、この世界はまったく油断できないな……怖い! マジで怖いからな!?
……と。
そんな動揺は表に出さず、俺は、王子らしく振る舞う。
「ノクト・フェイルノート・グランハイドだ。あぁ……いい。別にそう、頭を下げてかしこまる必要はない」
「えっと、し、しかし……」
「公式の場ではないし、我らが突然、村に邪魔をしている。それなのに礼を強要することなんて、愚かなことだろう?」
「あ、ありがとうございます……」
聖女……リアラはまだ恐縮した様子ではあるものの、跪くのを止めて、頭を上げた。
天幕の端に控えている騎士団長が渋い顔をする。
気持ちはわかるが許してほしい。
ノクトである俺にとって、リアラは、なによりも媚を売らないといけない相手だ。
ここで気さくな王子を演じて、しっかりとポイントを稼いでおかないとな!
「こ、この度は村を救っていただき、誠にありがとうございました……! 話を聞けば、殿下が村を助けるために動いてくださり……本当にありがとうございます!」
「気にするな。国を収める者の一員として、当然のことをしたまでだ」
これは、媚を売るとか関係なく、本音だ。
ノブレス・オブリージュ、とまでは言わないものの……
国が成り立つのは民がいるからだ。
民のいない国が発展することはなく、すぐに崩れてしまう。
暴君と呼ばれる者は、己が一番優れていて、そのおかげで国が発展していると考えることが多いのだけど……
とんだ思い上がりだ。
一人で踊る滑稽なピエロでしかない。
悪役王子ではあるものの、一応、王族の一員だ。
なればこそ、国のために、民のために尽くすのは当然のこと。
「……」
なぜか、リアラはぽけーっとしていた。
「どうしたんだ?」
「いえ、その……殿下はすごいですね。そんな大きなことを考えていたなんて」
いや、当たり前のことなのだけど……
こんなこと、歴史の教科書を見れば簡単にわかることだ。
小中学生で習うこと。
……とはいえ、ここは異世界だから、そういう常識はないのかもしれないな。
俺は、そういう知識がある。
原作知識だけではなくて、学校で学んだものを持つ。
それを活かして、アドバンテージとして、悪役王子として生き抜いてやろうではないか。
「えっと……殿下にとっては当然のことだとしても、私達は、すごくすごく助けられて……本当にありがとうございました!」
何度も頭を下げる。
自然とそうしてしまうのだろう。
彼女の性格が現れているような気がした。
「あっ」
ふと、リアラがこちらを見て驚き顔に。
「殿下、その腕……」
「ん? ……あぁ、これか」
先の戦闘でできたものだろう。
腕に軽い傷ができていた。
「かすり傷だ、気にすることはない」
「殿下、そのようなこと……」
「ダメです!」
騎士団長が慌てて。
しかし、それよりも先にリアラが動いた。
「かすり傷だとしても、魔物につけられたものは軽く見たらダメです! 腫れたり膿んだり、酷いことになる可能性があるんですよ!」
「お、おぅ……」
ものすごい勢いで、ついつい気圧されてしまう。
「あのっ、私に治療をさせていただけませんか!?」
「え?」
「少しだけど治癒魔法を使うことができるので……あのあの、これでも近所のおじいちゃんおばあちゃんに、腰の痛みが取れたとか好評なんですよ!」
「あー……わかった、なら頼む」
まだ子供だけど、リアラは聖女だ。
なら、治癒魔法は得意なのだろう。
後で、そのような軽率なことを、と騎士団長に小言を言われるかもしれないが、その時はその時で。
「で、では、失礼しまして……」
リアラは、そっと俺の腕に両手をかざした。
目を閉じて集中する。
「治癒<ヒール>」
温かい光を受けて、時間を巻き戻すかのように傷が消えた。
「良い腕だ……礼を言う」
「い、いえ! 滅相もありません!」
「謙遜するな。その歳でここまでの治癒魔法を使える者は、なかなかいないだろう」
「それは……ですが、私はこの程度のことしかできず。私にも、殿下のような力があれば……もっと力があれば」
本気で落ち込んでいるようだ。
こういう時、物語の主人公なら素敵な言葉をかけられるのだろうが……
あいにく、俺は『悪役王子』だ。
うまく励ますことなんてできやしない。
言葉にできるものといえば……
「甘えるな」
「え?」
「甘えるな、と言った」
「それは……」
「力があれば問題を解決できた? それは傲慢な考えだ。独りよがり、とも言えるな」
「そ、そのようなことは……」
「違うと?」
「……」
リアラは口をつぐむ。
ただ、表情は不満そうで……
納得していないのは一目でわかる。
「何度でも言うぞ、甘えるな」
「し、しかし……」
「確かに、キミに力があれば魔物を退けることができただろう。もしかしたら、ドラゴンも単独で討伐できたかもしれない。しかし、それで全ての問題が解決すると思っているのか?」
「え? だ、だって……」
「キミが力を持っていたのなら、今回の事態は解決できたかもしれないが……誰一人怪我をすることなく、というのは不可能だな。思い上がりも甚だしい」
リアラがビクリと震えた。
傷ついたような顔をしているのだけど……
しかし、これは言わないといけないと思い、さらに言葉を続ける。
「どれだけの力があろうと、所詮、人間が一人でできることは限られている。例えば、そうだな……この村と王都が同時に魔物に襲われたとしたらどうする?」
「え? そ、それは……」
「キミがいかに優れた力を持っていたとしても、村と王都を同時に助けることはできないだろう? つまり、そういうことだ。力でなんでも解決できると考えているのならば、それは、とんでもなく浅はかなものであり、思い上がっていると言われても仕方ない」
これは俺にも言えることだ。
俺は、ノクトがバッドエンドを迎えることを知っている。
それに抗うために選んだ道は、バッドエンドの引き金となる悪役令嬢と聖女に媚を売ること。
最強の力を手に入れて、なんでも跳ね返せるようになる……という選択肢もあったかもしれない。
しかし、それは夢物語のようなものだ。
なんでも跳ね返せる力なんてないし、人間である以上、限界がある。無理がある。
所詮、人一人にできることは限られている。
力だけを追い求めても意味はない。得られるものはない。
他のものを……
もっと別の、真に大事なものを追い求めて、手に入れなければいけないのだ。
「もう一度言うぞ、甘えるな」
「……」
「力で解決できる、という考えは極めて安易なものであり、くだらない結果しか産まないだろう。それよりも悩め。悩んで悩んで悩み抜け。その上で得た答えこそが、真に輝くものとなるだろう。それすらしようとせず、力があれば、とつまらない答えを追い求める者は、どうしようもない愚者だ。救いようのない阿呆だな」
「……」
リアラの反論はない。
俯いたまま、小さく震えてる。
しまった。
ついつい言いすぎてしまった。
媚を売らないといけないのだけど、しかし、力が欲しいなんていうダークサイドに堕ちるフラグのようなことを言うものだから、つい本気で説教を……
「あ、あのっ……ありがとうございました!」
「うん?」
「目からウロコが落ちたというか、私はなんでもできるんだ思い上がっていたんだな、とか……殿下のおかげで、やるべきことがわかったような気がします!」
「そ、そうか……?」
「はい! 殿下は、とても素晴らしい方なのですね。あれだけの力を持っていながら、しかし、それに溺れることなく傲ることなく……私、今の言葉をしっかりと心に刻んで、色々なことを学んでいきたいと思います!」
「あ、ああ……そうか。期待しているぞ」
「はい!!!」
なんだ、これ?
普通に機嫌を損ねてしまうと思っていたのだけど、なぜか感謝されているのだけど……いや、本当になぜだ?
訳がわからないのだけど……まあ、結果良ければ全てよし。
ということで、あまり気にしないでおこう。




