23話 最悪の強制力
「グガァアアアッ!!!」
己の存在を誇示するかのように、ドラゴンが激しく吠えた。
それだけで周囲の魔物達は怯え、慌てて逃げていく。
追撃をする余裕なんて欠片もない。
ドラゴンから少しでも視線を離せば、その瞬間、噛み殺されそうな気がした。
「お前は逃げろ」
ぽん、と馬を軽く叩いた。
その合図に反応して、馬が駆けていく。
途中で襲われるようなことがなければ、自力で王都まで戻れるはずだ。
魔物と遭遇してしまう可能性はあるのだけど……
しかし、ここに残るよりは、はるかに生存確率が高いだろう。
「殿下!」
騎士団長を始め、複数の騎士が駆けつけてきた。
「これは……なぜ、このようなところに……」
「原因を考えるのは後だ。今は、こいつの対処をするぞ」
「し、しかし、ドラゴンと戦うなど……殿下、我らが時間を稼ぎます。どうにかして逃げてください」
「バカを言うな。私だけが逃げるなど、そのような恥知らずな真似、できるわけがない。そのようなことをすれば、我が国は、一生の笑いものだ」
「そもそも」と間を挟んで、さらに続ける。
「ここは、王都からそこまで離れた場所にない。ここで放置すれば、周辺の街や村だけではなくて、王都も焼かれるだろう。今、ここで倒す以外の選択肢はない」
「それこそ無茶ですぞ! ドラゴンの討伐となれば、長期間の計画と準備に、軍の半分は動かさなければ……」
「ないものねだりをしても仕方ない。今、できること、やるべきことを考えろ。私達の力はなんのためにある? それを思い出せ」
「殿下、あなたは……」
「俺は、王族の務めを果たす。その務めとは、怯えながら逃げることではなくて、国と民の脅威となるものを排除することだ」
さきほど、吹き飛ばされた時に落とした剣を拾う。
そして、その切っ先をドラゴンに向けた。
「たかがトカゲの一匹、狩ってやろうではないか」
「……殿下、お供します」
騎士団長も、俺と同じように馬を逃がして、ドラゴンと対峙した。
彼に付き従う騎士達も、同じように剣を構える。
「頼もしいな。そなた達のような猛者がいれば、私は、もう勝利を手にしたも同然だろう」
「我々こそ、殿下と共に戦うことができて光栄です」
「……くるぞ!」
ドラゴンが再び吠えて……
そして、災厄との戦いが始まる。
――――――――――
「あ……あぁ……」
少し離れたところに降り立つドラゴンを見て、リアラは震えた。
単体で街を壊滅させることができる。
故に、天災と同列に扱われている、誰もが恐れる魔物……ドラゴン。
抗うことは不可能。
待ち受けるのは死のみ。
恐怖に心を縛られてしまい、逃げることができない。
いや。
逃げたとしても、逃げ切れることはないだろう。
あれほどの化け物が自分を見逃してくれるとは思えない。
欲望のまま衝動のまま、全てを灰に帰すだろう。
……ただ。
「私……は……」
怖い。
怖い。
怖い。
ドラゴンの放つ圧に震えて、失神してしまいそうだ。
現実逃避して、なにも見なかったことにしてしまいたい。
けれど、リアラは立ち続けていた。
ドラゴンから視線を逸らすことなく、逃げることなく。
むしろ前に出て、ゆっくりと近づいていく。
私はなにをしているのだろう?
ドラゴンに近づくことができたとして、それがなにになるのだろう?
常識的に考えておかしいことをしている。
理解不能だ。
それでも、リアラは前に進み続けた。
自分にも、なにかできることがあると感じて。
そう信じて。
あの小さな王子が守ってくれたように。
「今度は……私が!」
――――――――――
物語の強制力としてドラゴンが現れた。
ノクトのその推測は正しい。
ただ、彼もまた、一つのことを見落としていた。
物語の強制力で事態が悪化するのならば……
同じく物語の強制力で事態が収束することもあるのだろう。
聖女であるリアラは、大事な人の危機で力に目覚めた。
ならば、自分を守ってくれた恩人である、ノクトの危機が訪れたのならば?
それは、彼女の覚醒の機会に他ならないのではないか?
リアラが……
聖女が歩き出す。




