18話 まあいいか
「これは……」
「なんという……」
「前代未聞だ……」
「まさか、ここまでとは……」
気絶するバカ貴族を見て、周囲の者達がざわついた。
はぁ……
やってしまった。
バカ貴族を止めるためとはいえ派手にやりすぎた。
ここまでしてしまうと、同じように見られてしまうだろう。
今まで、善行を積んできたつもりだけど、これで台無しだ。
悪い噂が再び広がるだろう。
父上からも叱られて……最悪、見捨てられてしまうかもしれないな。
「まあいいか」
原作通りの展開になるのならば、セフィーリアは力に目覚めるものの、心を傷つけられてしまう。
それは、治療不可能という深刻なものではない。
時間と共に癒えて、逆に、彼女の糧となるだろう。
ただ……
そうだとしても、彼女が傷つくところを見たくなかった。
悔しそうにして。
ぐっと涙を耐えて。
……そんな姿、絶対に嫌だ。
だから、これでいい。
パーティー会場で暴れることになってしまったけれど……まあ、今更だ。
上昇していた俺の評判が、やっぱりか、という感じで下方修正されるだけ。
元の悪役王子に戻ったと思えばいい。
……と、思っていたのだけど。
「これは……素晴らしいですな!」
「ええ、本当に素晴らしいわ!」
「……なんだって?」
なぜか、周囲の貴族達は笑顔で俺に賛辞の拍手を送る。
「まさか、上級魔法を初級魔法で打ち破るとは。殿下の噂は聞いていたが、ここまで高いレベルの魔法を扱うなんて、思ってもいなかった。想像以上だ。本当に素晴らしい!」
「いいえ。なによりも素晴らしいのは、騎士道精神と似た、その心ですわ。パーティーで魔法を使うなんて言語道断ではありますが、しかし、それは全て婚約者のため。アリアンロッド嬢を侮辱されたことに対する怒り。それが殿下を突き動かすことになった……そう、それはまさに愛ですわ!」
「婚約者を侮辱されて動かぬようであれば、その程度と思っていたところですが……いやはや。まさか、ここまでするとは。それだけ、殿下の愛情は深いのですな。そのような方が王となれば、我が国は安泰でしょう。殿下が持つ深い愛で、我々を包みこんでくれるかと」
……俺は、なぜ称賛されているのだろう?
確かに、セフィーリアが侮辱されたことがきっかけではあるが……
しかし、だからといってパーティーの場で暴れていいことにはならない。
普通は、魔物にも劣る蛮行と非難されてしかるべきなのだが。
「……殿下の行動は、英雄的なものでしたから」
俺の困惑を悟ったらしく、セフィーリアが、説明するようにそう隣でささやいた。
「弱気を助け悪をくじく……最近、貴族の間で流行っている物語よ。そういう下地もあったから、殿下の行動が受け入れられたのかと」
「なるほど……ああ、そうか。そういえばそうだな」
原作を思い出した。
とあるルートでは、セフィーリアが王家を打倒して新しい女王になるのだけど……
その際、多くの貴族が『正義のため』と彼女の味方をした。
なんだかんだ、大半の貴族は善良であり、正義というものを信じている。
そういう優しい世界観なので、俺の行動もまた、『正義』として映ったのだろう。
「とはいえ……あのような無茶、やめてほしいわ。とてもハラハラしたもの」
「すまない。キミのことを考えていたら、勝手に体が動いていた」
「もう……そんなことを言われたら、あたしは、これ以上なにも言えないじゃない」
「すまない」
「謝らないで。驚き、ハラハラしたものの……でも、とても嬉しかったわ。ありがとう、ノクト様」
セフィーリアは優しく微笑み、
「……んっ……」
そっと俺の頬にキスをした。
「せ、セフィーリア……?」
「ふふ、これもお礼よ♪」
小悪魔的に笑うセフィーリア。
その頬は朱色に染まっていて。
でも、嬉しそうな笑顔で。
ど、どういうことを考えているんだ……?
……ん?
『これも』というのは、どういう意味だ?
「あら、微笑ましいですわね。これならば、あの二人はなにも問題ないでしょう」
「うーむ、惜しいな。ここに画家がいれば、お二人の肖像画を描いてもらうのに。きっと、とても良い絵になるぞ」
ものすごい注目されていた。
……当たり前か。
「えっと……あたし、やらかしちゃったかしら?」
「おもいきりな」
「ふふ、ごめんなさい」
「まったく反省していないな」
「あら。将来の旦那様にキスをすることは、反省するようなことかしら?」
「……口ではキミに勝てそうにないな。俺の負けだ」
降参というように両手を上げてみせた。
それから、セフィーリアの手を掴む。
「殿下?」
「さすがに目立ちすぎだな。一度、テラスに出よう」
「そうね」
セフィーリアの手を引いて、テラスに出た。
今のやりとりを見ていたからか、幸い、追いかけてくる者はいない。
二人きりだ。
「それにしても、ノクト様、あなたは……」
「なんだ?」
「……いいえ、なんでもないわ」
少し予想外だった。
あんな横暴を見せれば、なんだかんだまっすぐで正義感の強いセフィーリアは、強い反発を抱くと思っていた。
でも、実際はそんなことはない。
なにか理解した様子で、仕方ないな、と苦笑している。
「ノクト様は、損な性格をしているのね」
「損な性格……というのは?」
「あら、ごまかすつもり?」
「そう言われてもな……」
「……もしかして素で言っているのかしら」
「だから、なんのことだ」
「ふふ」
セフィーリアが楽しそうに笑う。
それから、そっと手を差し出してきた。
「本来ならば、殿方からなのだけど……あたしと踊ってくれる?」
「……ここで?」
「あら、いいじゃない。夜の街並みを背景にダンスというのも、素敵なものよ。それとも、ノクト様はあたしと踊りたくない?」
「まさか」
セフィーリアの前に膝をついて、逆に手を差し出した。
「一曲、俺と踊っていただけませんか?」
「やり直さなくてもいいのに」
「つまらない男のプライドだ」
「ふふ♪ そういうところは、ノクト様は、まだまだ子供ね」
「実際、まだ子供だ」
同じく子供のセフィーリアに言われると、なかなかに複雑な気持ちだ。
セフィーリアは微笑みつつ、俺の手を取る。
それを了承の合図として受け止めた俺は、ゆっくりとステップを刻む。
「……」
「……」
言葉はいらない。
ゆっくりと静かにダンスを踊る。
夜風が冷える。
華やかな音楽はない。
二人だけの世界。
ただ、それは意外と悪いものではなくて……
「こういうのも、たまにはいいわね」
「同感だ」
俺とセフィーリアは軽快にステップを踏んで、月下のダンスを繰り広げるのだった。




