17話 本当の悪役
きらびやかな衣服に身を包んだ男の子がいた。
二つ上くらいだろうか?
ただ、その顔に貼りつけられている笑みは、子供らしからぬもの。
歪んだ感情と悪意に満ちている。
「ごきげんよう。僕は、ナインベル家の長男、レイジです」
「……ごきげんよう、レイジ様。セフィーリアと申します」
セフィーリアの表情がわずかにこわばるのが見えた。
それもそのはず。
ナインベル家は、アリアンロッド家と敵対していると言っても過言ではない、バチバチと火花を散らしている関係だ。
不倶戴天の仲。
さすがにパーティーからハブることはしないものの、だからといって、積極的に声をかけようなんて思わないはず。
……なにか企んでいるか?
「誕生日、おめでとうございます」
「……ありがとうございます」
「今日は、とても素敵な日。素敵な日なのですが……」
「なんでしょう?」
「このようなことを指摘するのはなんですが、そのドレス……どうにかならなかったのかな?」
「……このドレスがなにか?」
「いえ。とても素敵なドレスだと思いますが、しかし、その胸元につけている花の飾りはいかがかと。ドレスに合わず、みすぼらしくて……ふふ、そのようなものしか用意できなかったのだろうか?」
「……っ……」
遠目でもハッキリとわかるほど、セフィーリアの表情が歪んだ。
怒りに奥歯を噛んでいる。
まずい。
本能で理解した。
本来起きるはずだった、セフィーリアの暴走事件は、おそらく回避できた。
しかし、その代わりに別のイベントが発生したのだろう。
セフィーリアに困難を与える、とても嫌なイベントが。
「……この飾りは、大事な人にいただいたもの。それをバカにするということは……」
「おや。バカになんてしていないさ。ただ、みすぼらしく、貴女に似合わない……と」
「それをバカにしていると言うのよ! これは、お祖母様との思い出の花だというのに……!!!」
「思い出? なるほど、思い出の品だったか。これは失礼。まさか、アリアンロッド家の令嬢ともあろうものが、そのような貧相な花に思い出を抱いているとは思えず。くくく……所詮、その程度、ということか。祖母との思い出とやらも、どうでもいい、くだらなくつまらないものなのだろうね」
「このっ……!!!」
セフィーリアの怒りが爆発……
「いい加減にしろ」
爆発する前に、俺の怒りが限界を超えた。
水の入ったグラスをバカ貴族の頭にぶちまけてやる。
このような行い、まともな者のすることではない。
記憶を思い出す前の愚か者である俺がすること。
今までの評価はなかったことになり、株価は暴落するだろう。
やってしまった。
やってしまったのだけど……
不思議と後悔はない。
こんなバカを放置するのが正しいというのなら、そんな正しさはいらない。
俺は『悪役王子』でいい。
「なっ!? あ、あなたは……」
「黙れ、クズが。お前のようなやつが我が国の貴族であることに、私は激しい落胆を覚えるぞ」
「く、クズだと……!? 貴様……いくらあなたが王族であろうと、その発言、僕は、決して許すことはできないぞ。ナインベル家を敵に回すつもりか!?」
「だとしたら、どうする?」
「くくく……あなたに対しては、必要があれば躾をしてもよいと聞いている。なればこそ、この僕がその務めを果たそうではないか!」
ナインベル家の長男、レイジが……いや。
こんなヤツ、バカ貴族で十分だな。
バカ貴族が臨戦態勢を取り、右手に魔力を収束させた。
さすがに、この場で武器を抜くほどバカではないようだ。
とはいえ、魔法を放つのは武器を抜くのと同意義で……あれ?
やはりバカではないか?
「王族は関係なく、人に魔法を向ける意味。それを理解しているか?」
「な、なんだと……?」
「覚悟ができているのならば、来い」
こちらも、いつでも動けるように身構えた。
すぐに魔法を使えるように準備をするのを忘れない。
「……」
「……
睨み合う俺とバカ貴族。
周囲の者達は、突然のことに対応できず慌てるばかり。
ただ、セフィーリアは……
「ノクト様! あたしのために、そのようなことをするなんて……!」
「キミが気にする必要はない。単に、私がこうしたいだけ……ただのわがままだ」
しなくてもいいのに、俺の心配をしてくれている。
さすが主人公。
俺のような悪役に対しても優しく……いや。
主人公とか悪役とか、関係ないな。
セフィーリアはツンツンとしているけれど、でも、誰に対しても優しくできる人だ。
設定とかは関係なくて、彼女の人柄……心が成しているものなのだろう。
ここは物語の舞台がベースとなっているが。
しかし、確かに存在する世界でもあるのだから。
彼女の『芯』は、確かに今、ここにある。
「これでも食らうがいいっ、『紅之炎<ギガファイア>!』」
「ちっ、ここまでとは」
こんなところで火系統の上級魔法を使うバカがどこにいる。
舌打ちしつつ、すぐに魔法の構造式を別のものに切り替えた。
今はバカ貴族を倒すのではなくて、被害を出さず、防ぐことを意識しなければいけない。
「水<ウォーター>!」
対属性となる水魔法で、バカ貴族の放った魔法を消滅させた。
「ば、バカな!? たかが初級魔法で、僕の上級魔法を相殺したというのか!?」
「相殺? バカを言うな」
「なっ……!?」
俺の放った水魔法は、バカ貴族の魔法を消滅させるだけではなくて……
打ち貫いて、バカ貴族に襲いかかる。
「くっ、この程度の魔法でこの僕を……! 『紅之炎<ギガファイア>!』」
バカ貴族は慌てて迎撃のための魔法を放つ。
しかし、それは意味がない。
ヤツの放つ炎は俺の水に再び喰われ、なにもできず消滅した。
その上で、俺の魔法は、多少、威力が衰えただけ。
そのまま暴れる獣のように飛んで、
「がっ!?」
水がバカ貴族を痛烈に打つ。
馬車と激突したかのように吹き飛ばされて、床の上を転がり、壁に激突して……
「あっ……くぅ、うぁ……」
バカ貴族は白目を剥きつつ、ピクピクと痙攣するのだった。




