10話 婚約
あれから一ヶ月。
剣と魔法の稽古を続けながら、いつものように、新しい改造コードの研究。
及び、既存の改造コードの改良研究を重ねていた。
おかげで、既存の改造コードの数値をさらに上げられるようになった。
一年前は、身体能力は三倍が限界だったが……
今は十倍までが可能だ。
この調子なら、もっと上を狙うことができるだろう。
とはいえ油断はいけない。
ノクトは、そこら中に死亡フラグが転がっているのだから、下手をしたら一気にどん底に……なんてこともある。
慢心することなく、常に精進していこう。
改めて稽古に励んで……
そんなある日のこと。
父上に呼ばれた。
「お呼びでしょうか?」
いつかの時とは違い、今日は父上の私室に呼び出された。
執務室ですらないということは、公務ではない……のか?
「うむ。話は聞いているぞ、ノクト。あれから、日々、邁進しているようだな。あの時の言葉が嘘ではなくて、本心であったこと、父として王として、誇らしく思うぞ」
「ありがとうございます。ですが、まだまだ未熟者です。時に、道を踏み外しそうになることもあるでしょう。その時は、どうか、父上のお叱りをいただきたく」
「むぅ……そなたの評判はとても良いものであるが、それでもなお、驕ることなく謙虚でいられるとは。さすがだな」
よし。
父上からの印象は良い感じだ。
この調子でいられれば、いざという時、父上が敵になることはないだろう。
「これならば、あの話を進めてもいいだろう」
「あの話?」
「うむ。今日は、ノクトの将来に関する話をしようと思ってな」
ピーンという直感。
きた!
特大の死亡フラグが迫ってきたぞ!
「少し早いかもしれぬが、ノクトの婚約者を決めた」
やっぱりだ。
原作の通り、ノクトは子供の頃に婚約をする。
その相手は……
「アリアンロッド公爵家は知っているな? 当主は宰相を務め、儂の右腕と言ってもいい。そのアリアンロッド家の次女……セフィーリア嬢がノクトの婚約者となる」
ビンゴ。
やはり、幼少期の俺が婚約する相手は公爵令嬢だ。
セフィーリア・アリアンロッド。
公爵家の次女であり、才色兼備の美少女。
そして、原作である『花星』の主人公である、悪役令嬢でもある。
ノクトとセフィーリアは幼い頃に婚約。
最初は仲が良いものの、ノクトがふらふらと他所の女に目をやり……
挙げ句、身勝手な行動を繰り返して、最悪の婚約破棄。
ブチ切れたセフィーリアは、聖女と手を組んで逆襲。
ノクトに特大のざまぁを食らわせる。
とはいえ……
(一ヶ月ほど前のあの事件は……今にどんな影響を与えている?)
偶然、アリアンロッド嬢が襲撃される場面に遭遇して、彼女を助けた。
その際、好意を抱かれたのかただの挨拶なのか……
どちらかわからないのだけど、キスをされた。
フードを被っていたため、俺ということはバレていないと思うが……
そのキスにどんな意味があったのか、今でもわからない。
「ん? どうかしたか?」
「……いえ、なんでもありません」
人生を左右する問題だ。
醜態など見せられないので、努めて冷静になる。
「不満か?」
「いえ、そのようなことはありません。ただ、突然だったので驚いてしまいました」
「ふむ、そうか。最近のノクトは大人びているように見えたが、まだ子供であるな。サプライズと思っていたのだが、すまなかったな。許せ」
「いえ、お気になさらず」
「反対はしないということでよいか? よいのならば、顔を合わせる場を設けたいと思うのだが」
「はい、問題ありません」
バッドエンドを避けたいのなら、公爵令嬢を徹底的に避ける、という方法もあるかもしれないが……
その場合、バッドエンドの鍵である公爵令嬢がどのように動いてどのような考えを持っているのか、まったくわからないことになる。
破滅に繋がる爆弾が独り歩きして、いつ爆発するかわからない。
そんな恐ろしい真似はできるわけがない。
破滅が近づくかもしれないが、それでも今は、原作通りに公爵令嬢の婚約者になった方がいいだろう。
「では、セッティングしよう。おそらく、数日以内になると思うが……」
「思っていたより早いですね」
「向こうが乗り気でな。なるべく早く、との要望を受けている」
公爵家は強い野心を持つ。
王家に絶対の忠誠を誓っているため、公爵家が裏切ることはない。
ただ、常に王家の一番であることを志している。
そのために多少強引な手を使うこともしばしば。
そんな家だから、娘を嫁がせることで、王家との繋がりを強くしておきたいのだろう。
セフィーリアも、公爵令嬢としてその辺りの事情は理解する。
できる限りノクトの婚約者であろうとしたが……
しかし、原作では我慢の限界に。
大爆発を起こして、ノクトを断罪。
そのままの勢いで王国にも大打撃を与えることになる。
これにより王家は衰退。
特定のルートに限るのだけど、セフィーリアが女王となり、新しい国が誕生する……なんていうエンディングもあった。
俺のミスで、俺だけじゃなくて、父上達を含む国の全てが崩壊するかもしれない。
……責任、重すぎない?
とはいえ、逃げるわけにはいかない。
逃げてどうにかなるものでもない。
せいぜい立ち向かってやろうじゃないか!
原作のシナリオ?
運命?
世界の強制力?
そんなもの全てぶち壊してやるさ。
なにせ俺は……
「わがままな悪役王子だからな」




