35話 災厄は止まらない
ダンジョンの入り口。
床に輝く魔法陣が描かれて……
その後、マリアとヘイズが現れた。
転移魔法を使ったのだ。
「……あたしはギルドに行き、冒険者達に避難のための協力を要請するわ」
「戦うのではなくて、逃げるのか……?」
「あなたも、あの異常な力を持つリヴァイアサンを見たでしょう……? 数々の災厄級の魔物を倒してきた私達の合体攻撃でも、かすり傷しか与えられなかったのよ? おまけに賢い……私達が逃げられたのも、クロード君の方を脅威と判断していたからでしょうね」
「どうでもいい存在だから見逃された、というわけか……くっ」
「しっかりと準備をする時間があるのなら、私も、戦う道を選ぶわ。でも、今は無理よ……クロード君とシオンちゃんががんばってくれているけど、長くは保たない。せいぜい、一時間。その短い時間で戦いの準備をするなんて……」
「しかし、それは避難も……」
わかっているという感じで、マリアは頷いた。
その表情はとても悔しそうで、強く握る拳からは血が垂れていた。
「……全員を助けることはできないわ。きっと、たくさんの人が犠牲になる。だから、できる限りを救わないと……そうでしょう?」
「……ああ、そうだな」
ヘイズも納得した。
本当は納得なんてしたくなかったのだけど、それは、プライドの問題。
本当は、もう、自分の手に負える問題ではないと気づいていた。
マリアの言う通り、今は、一刻も早く避難を進めなければいけない。
そうしないと、クロードとシオンの犠牲を無駄にしてしまう。
「あっ、ギルドマスター!!」
ふと、大きな声が響いた。
ダンジョンの管理を行う兵士が駆けてきた。
顔なじみで、何度か酒を飲み交わしている。
「ちょうどいいところに来てくれたわね。実は……」
「大変です!!」
兵士は顔を青くして、慌てた様子で言う。
「街の近くで……り、リヴァイアサンが確認されました!」
「なんですって!?」
マリアは自分の耳を疑う。
ただ、幻聴という感じはしない。
兵士も質の悪い冗談を言っている様子はない。
つまり、これは本当のこと。
「おいっ、どういうことなんだ!?」
「あ、ヘイズさんも一緒だったんですね。どうもこうも、そのままの意味ですよ。街の周囲の巡回を行う仲間から報告を受けたんです」
「バカな……あいつは、まだダンジョンの中に……」
「……ちょっとまって。その報告は確かなものなの? なにの間違いということは?」
「ないです。実際に……自分も、街に迫るリヴァイアサンの姿を確認しました」
「そんな……」
ダンジョンに一匹のリヴァイアサン。
それだけではなくて、外にももう一匹、存在していたなんて。
そいつの力はどれほどだろうか?
普通の災厄級なら、街中の戦力を集めれば、なんとか撃退できるかもしれない。
しかし、その間に、ダンジョンの中にいるリヴァイアサンが出てきたら?
……全滅だ。
一刻も早く避難しないといけないのに、もう一匹のリヴァイアサンに阻まれてしまう。
なんていうタイミングの悪さ。
なんていう運のなさ。
神様のいたずらだろうか?
マリアは、思わず天を仰いで……
「……まさか」
ふと、答えを得た。
「そのリヴァイアサンの特徴を教えてくれない?」
「特徴ですか? はい。えっと……」
「……やっぱり」
「おい、どういうことだ……? その特徴だと、大きさの違いこそあるものの、ダンジョンにいたやつと似て……いや、そっくりそままだろう」
「……たぶん、兄弟なのよ」
リヴァイアサンは、一匹ではなくて、二匹の兄弟として生まれ落ちた。
一匹は外の世界で。
もう一匹は、ダンジョンの中で。
ダンジョンに生まれ落ちたリヴァイアサンは、眠りについて……
周囲に影響を与えて、ダンジョンの環境を変えていた。
同時に、ダンジョンに満ちる魔力を蓄えて、大きな力を手にした。
一方、外に生まれ落ちたリヴァイアサンは、自由に、好きに生きた。
力を蓄えているわけではないので、ダンジョンの中にいる存在ほど強くないだろう。
ただ、兄弟であるため、互いに繋がりを持っていて……
外のリヴァイアサンが活動することで、ダンジョンで眠るリヴァイアサンに影響を与えた。
覚醒が加速して、全てを討ち滅ぼす災厄と化した。
「最悪……二匹が互いに影響を与えて、こんな最悪の結末を招くなんて……」
「いったい、どうしてこのようなことが? 魔物が兄弟として生まれてくることはあるが、災厄級が……しかも、離れた場所でそれぞれに活動するなんて、聞いたことがない」
「私だって聞いたことがないわよ!」
マリアは叫ぶように言う。
ヒステリックなところを見せてしまうが、それも仕方ないだろう。
初心者用のダンジョンになぜか現れた、災厄級の魔物。
どうあがいても勝てないと絶望するほどの力を持っていて……
若い有望な冒険者を犠牲に脱出したら、さらにもう一匹、リヴァイアサンが現れた。
あまりに絶望的な現実に、心がギリギリのところまで追い詰められていた。
「……」
マリアは深呼吸をして、努めて冷静になる。
ここでヤケになっても仕方ない。
冷静に状況を分析して、どうにか未来に続く道を探さなくては。
「……外のリヴァイアサンが街に到達するのは、いつ頃?」
「えっと……およそ、二十分後かと。今、街は大混乱で……」
「あなたは領主様に報告をして、ありったけの兵士と騎士を動かしてもらって。私達は、街中の冒険者を呼び出すわ。それらを十分で、いいわね?」
「は、はい……!」
兵士は慌てた様子で駆けていった。
「おい、なにをするつもりなんだ……?」
「……外のリヴァイアサンは、ダンジョンにいたヤツほど強くないはず。ファーグランデの全戦力をもって、短期決戦を挑むわ。討伐した後、街の人達を避難させる」
「おいおいおい……無茶がすぎるというか、穴だらけの作戦じゃないか。ダンジョンにいたヤツのように強力な個体じゃなくても、リヴァイアサンはすぐに倒せるような相手じゃないぞ? それに、避難もすぐに終わるわけじゃ……」
「……わかっているわ」
静かな返事。
それがマリアの覚悟を示しているかのようで、ヘイズは逆に落ち着いた。
「もう……これしか方法がないのよ。他にどうすることもできない。最善はこれ……ヘイズは、他に案はあるかしら?」
「……ないな」
「なら、これでいきましょう。たくさんの犠牲が出るわ。街も、たぶん、壊滅してしまう……でも、全滅じゃない」
最低の結末ではあるが、最悪ではない。
その道を進むしかないことを悟り、理解して……
マリアは、このような運命を与えた神様を恨むのだった。




