34話 ここは任せて
マリアさんとヘイズさんの合体攻撃で、リヴァイアサンにダメージを与えることができた。
……しかし、それは致命傷には程遠い。
鱗をいくらか切り裂いて、軽く肉を傷つけただけ。
怪我で動きが鈍くなるということはない。
むしろ、怒りで加速して、さらに攻撃が苛烈になる。
「くっ、これは……!?」
必死な様子で攻撃を避けるマリアさんは、絶望的な表情を浮かべた。
その隣のヘイズさんも、似たような顔だ。
「まるで手がつけられない……! なんていうことだ、あまりにも強すぎる……ここまでの魔物、見たことがない。まるで、神話に出てくるような化け物だ」
「痛い一撃を与えて怯ませるどころか、その前に、私達が押し潰されてしまいそうに……」
二人の表情に浮かぶ諦めの色。
リヴァイアサンの力を目の当たりにして、心が折れかけているみたいだ。
まずいな。
冒険者になったばかりの新人だけど、戦闘中、心が折れてしまうことが致命的なことは、さすがにわかる。
ここは、俺がなんとかしないと。
「マリアさん! ヘイズさん!」
たくさん空気を吸い込んで、ありったけの大声で叫んだ。
隣でシオンが耳に手を当てて、ふらついているけど……ごめん。
今は、止めるわけにはいかない。
「ここは俺達に任せてください!」
「え? そ、そんなことは……」
「バカな、できるわけがないだろう!」
「さっきも見た通り、俺は頑丈なので、時間稼ぎくらいならなんとかなります! だから……行ってください!」
隣のシオンも、俺と同じ意見らしく、しっかりと頷いていた。
そんな俺達を見て、マリアさんは迷い……
でも、それは一瞬だった。
「ヘイズ、行くわよ!」
「なんだと!? マリア、お前は、二人を見捨てるというのか!? そのようなことは……」
「なら、ここで全員死ぬ!? 死にたいの!?」
「……」
「これがベストなのよ……一番の選択なの。あなたも、わかっているでしょう?」
「……すまない。本当に……本当にすまない!!」
マリアさんとヘイズさんは、一度、こちらを見て……
以降は振り返ることなく、広間を後にした。
ここにいたら戦闘に巻き込まれてしまうため、その先で転移魔法を使うのだろう。
「よし。あとは、俺達ががんばるだけだな」
「ご主人様、ありがとうございます」
「え、なにが?」
「今度は、私を傍に置いてくださり、感謝しています」
刈り取るものの時のことを言っているのだろう。
「約束したからね」
「はい、ありがとうございます」
シオンは、にっこりと笑う。
「最後の時をご主人様と一緒に迎えられる……これほど嬉しいことはありません」
「え、違うけど?」
「え?」
「最後の時を迎えるとか、そんなことはまったく考えていないから」
「で、ですが、相手はリヴァイアサンで……あの二人も恐れるほどの相手なのですよ?」
「がんばって、なんとかしよう」
「……」
「大丈夫。俺とシオンなら、うまくやれるよ。そんな気がするんだ」
「……ふふ」
我慢できないといった様子で、シオンが小さく笑う。
「ついつい、忘れてしまいますね。ご主人様は、どのような状況であれ決して諦めない方であり……そして、不可能を可能にしてしまう、ということを」
「俺、そんなことしたっけ?」
「空から落ちてくる私を無事に受け止めるのは、不可能に等しいと思いますが?」
「そう言われてみると……?」
「ご主人様と出会った時から、私は、すでにその奇跡を目の当たりにしていました。最初は驚いて、なかなか信じることができませんでしたが……今は違います。誰よりも、ご主人様よりも信じています。ご主人様に成し遂げられないことはありません……絶対に」
正直なところ、買いかぶりだと思う。
俺は、そこまで大層な人間じゃない。
色々と失敗を繰り返しているし、後悔もたくさんしてきた。
ただ、立ち止まらないで、日々をがむしゃらに走り続けてきただけ。
学はない。
世渡りも苦手な方だと思う。
でも。
シオンの主として、ふさわしい男になりたいと思う。
そのために、今、できることを全力でがんばろう。
「まずは……あの蛇を退治しないと、だな」
「えっと……時間稼ぎだけだったのでは?」
「時間を稼ぎはそうだけど、でも、倒せたら倒すのが一番だと思わない?」
「それは、そうですが……」
「大丈夫。俺とシオンならいけるよ」
「ご主人様……はい!」
刈り取るものの時のように、シオンだけを逃がす、なんてことはしない。
彼女が俺を必要としてくれているのなら、それに応えたいと思う。
それだけじゃなくて……
俺にもシオンが必要だ。
彼女が一緒じゃないと落ち着かないというか、隣にいないのは考えられないというか……
どんな時でも一緒にいたい、って思う。
危ない戦場だとしたら、守ればいい。
あるいは、逆に助けてもらってもいい。
そうして互いに支え合い、助けていくことが理想的だろう。
一般的な主と奴隷の姿からは、けっこう遠くなっているだろうけど……
それでいい。
俺達は、俺達だけの関係を気づいていく。
「いこう、シオン」
「はい!」
俺は、ナックルを装備して。
シオンは、弓を装備して。
それぞれ戦闘態勢に移行して、リヴァイアサンに向けて駆けた。




