32話 災厄の元凶
刈り取るものが現れた三層を徹底的に探索したけれど、特に異変は見つからなかった。
そのまま四層、五層と探索を進めるけど、やはり異変は見つからない。
もしかしたら、スタンピードは杞憂だったのかもしれない。
刈り取るものは、たまたま運悪く出現しただけ。
そんな展開を期待していたのだけど……
「これは……」
最下層の六層を探索中、マリアさんが足を止めた。
ヘイズさんも足を止めて、いつでも攻撃ができるようになのか、腰の剣に手を伸ばしている。
俺とシオンも、すぐにその二人の反応の意味を理解した。
「この酷い匂い……それに、このまとわりついてくるような嫌な空気は……」
「これは魔力ですね。あまりにも濃密なので、耐性のない人は倒れてしまうかもしれません。しかし、これほど濃密な魔力は……あの刈り取るものでさえも、発していませんでした」
「……つまり、この先の部屋がものすごく怪しい、っていうことね」
マリアさんはそう言いつつ、杖を取り出した。
ヘイズさんは剣を抜いて、両手で握り、構えつつゆっくりと移動する。
「クロード君、ここからは俺が前衛を担当する。いいな?」
「はい、わかりました」
「すまないな。キミの実力を信じていないわけではないが、さすがに、冒険者の先輩として、新人を前衛にさせるわけにはいかない。つまらないプライドと笑ってくれていい」
「まさか。そんなことはしません。それに、ヘイズさんは優しいですから。前衛に立つのは、そういうプライドもあると思いますけど、俺のことを気遣ってくれているからですよね?」
「それは……むぅ」
「俺、少しはやれるのかな? って、最近、自信がついてきたような気がしますけど……やっぱり、技術も経験も足りず、まだまだだと思います。だから、ここはヘイズさんに前衛をお願いするのが一番だと思います」
「……謙虚さを忘れず、それでいて、しっかりと相手を立てる。ご主人様は、天然の人たらしなのかもしれませね」
シオンがよくわからないことを口にしていた。
俺、誰もたらしていないからね?
「みんな、準備はいいかしら?」
マリアさんの問いかけに、俺達はしっかりと頷いた。
それから、マリアさんがカウントをとる。
そして、0になったところで部屋に途中。
そこで待ち受けていたものは……
「……なによ、これ……?」
縦横、奥に広く、広大な空間に繋がっていた。
その中央に、一軒家ほどの大きさがある水晶があった。
綺麗な形を保っているところを見ると、天然に生成されたものではなさそうだ。
そしてなによりも……
「この化け物は……」
細長い胴体は、刃を思わせるような鋭い鱗で覆われていた。
今は体を丸くしているため小さく見えるが、広げたら、数十メートルに達するかもしれない。
そして、頭部に生えた角。
それは槍のように鋭く、闇を凝縮したかのように黒い。
見ているだけで寒気を覚えるような、とても不吉な感じがした。
巨大な異型の蛇。
どのような影響を及ぼして、どのような問題を起こしているのか。
詳細はわかららないけど……
でも、こいつがスタンピードを引き起こす元凶と見て間違いない。
この膨大で、異質で……あまりにおぞましい魔力が周囲の魔物達を刺激して、時に、刈り取るものという強力な個体を生み出して。
そして、スタンピードを引き起こしてしまうのだろう。
「マリア、こいつは……」
「ええ、間違いないわ……リヴァイアサンよ」
「リヴァイアサン?」
「魔物の中でも特に強力な個体で、『災厄』に指定されているわ。特殊な条件下でのみ発生すると言われているけど、詳細は不明。普段は、こうしてダンジョンの最深部や隠し部屋で眠りについていて、滅多なことでは覚醒しない。ただ、その身に宿す膨大な魔力が漏れ出て、周囲の魔物やダンジョンに影響を与えてしまう……いつの間に誕生したのかわからないけど、こいつがいるせいで、スタンピードが発生しそうになっているみたい」
「そんな……いったい、どうすればいいんですか?」
「大丈夫」
マリアさんは、安心させるように笑みを浮かべた。
強がりというわけではなくて、なにか考えがあるみたいだ。
「見た感じ、誕生してからそこそこの時間は経っているけど、でも、まだ覚醒には早いわ。たぶん……あと、半年くらいはかかるんじゃないかしら?」
「それだけあれば、十分だ。新しい結界を構築して、こいつを、半永久的に眠らせる。そうして封印しておけば、そのうち、こいつは魔力を補給することができず、飢えて死ぬ……っていうわけだ」
ヘイズさんが続きを説明してくれた。
なるほど。
動けなくして餓死を狙う、っていうわけか。
「すぐにギルドへ戻り、準備をしましょう。まだ余裕はあるけど、誤差が生じるかもしれないし、行動は一分一秒でも早い方がいいわ」
「まあ、さすがに、今日明日目が覚める、ということはないだろう。急ぐ必要はあるが、焦らず、確実に事を進めよう」
「はい、その通りですね。私になにができるか、それはわかりませんが、ご主人様と一緒に、できる限りの協力をさせていただきたいと思います」
みんな、今後についての話を進めていく。
ただ、俺は……
「……これは」
気のせいだろうか?
水晶の中のリヴァイアサンは、今にも動き出しそうに感じた。
魔力は、さほど感じない。
ただ、代わりに、力強い生命力を感じるというか……
噴火する直前の火山を見ているかのようだ。
「マリアさん! ヘイズさん!」
気がついたら、俺は焦りを含んだ声で叫んでいた。
「こいつ、今すぐにでも目が覚めてもおかしくありません! ギルドに戻っている余裕があるかどうか……」
「え? いきなり、どうしたの、クロード君? いつかは覚醒するけど、でも、今じゃないわ。いくらなんでも、魔力量が少ないもの」
「ああ、そうだな。俺でも感じ取れないくらいだからな。安心しろ。最低でも、数カ月は寝たままだ」
「それとも……クロード君には、リヴァイアサンが覚醒するという根拠があるのかしら?」
「それは……」
そんなものはない。
ほとんど勘のようなものだ。
「でも……信じてください! 俺、こういう時の悪い勘は、よく当たるんです! 鉱山で働いていた時も、崩落とか毒ガスの発生とか、そういう事故を勘で回避することができて……今回は、その時と同じような、すごく嫌な感じがするんです!」
「勘、って言われてもねえ……」
「俺は、特になにも感じていないがな」
「転移魔法を使えば、すぐに戻れるけど、あれはほとんどの魔力を使っちゃうから、最後の切り札なのよね。勘っていう曖昧な根拠で使うわけにはいかないし……そもそも、すぐに目覚めるとしたら、この街は終わりよ」
「リヴァイアさんに勝てる者なんていない。魔力が尽きるまで暴れ回るのを待つしかないな」
「そんなことになる前に、すぐに戻って、どうにかして対策を練るとか! 本当にどうしようもないのなら、すぐに避難をさせないと!」
「そう言われても……」
「なぁ……?」
マリアさんとヘイズさんは、困った顔で、どう対応するか迷っている様子だ。
それも仕方ない。
仕方ないのだけど……
うまく伝えることができないのが、とてももどかしい。
「……どうか、ご主人様の言う通りにしていただけませんか?」
ふと、シオンがそんなことを言う。
「確かに、ご主人様は根拠を示せていません。お二人からしたら、信じることは難しいでしょう。しかし、ご主人様は、決して適当なことを言う方ではありません! 嘘を吐くこともありません! 私は……ご主人様を信じています」
「……シオン……」
「根拠がないというのなら、ご主人様のでたらめな力は根拠にならないでしょうか? ご主人様ほどの方が危機を訴えているのならば、それを無視することは、あまりよくないことかと」
「「……」」
マリアさんとヘイズさんは、互いに顔を見合わせて。
それから、苦笑した。
「そうね……その通りだわ。私達は、クロード君が刈り取るものを倒したすごい冒険者、っていうことをすっかり忘れていたみたい」
「そのクロードが言うのなら、本当に危ないのだろう。まあ、全てをすぐに信じることは難しいが……まあ、外れたら、その時はその時だ。笑い話で済ませればいい」
「マリアさん、ヘイズさん……ありがとうございます!」
「お礼なんていいわ。それは、シオンちゃんに言うべきでしょう?」
「はい、そうですね。シオン、俺のことを信じてくれて、ありがとう」
「いえ。私はご主人様のものですから、当然のことです」
「それでも、すごく嬉しかったよ。本当にありがとう」
「あ、いえ、その……」
想いが高ぶり、シオンの手を握り、強く強く言う。
すると、なぜか彼女は赤くなる。
……って、近づきすぎた。
「ご、ごめん」
「い、いえ……」
「と、とりあえず……早く脱出しましょう」
「そうね。それじゃあ、転移魔法の準備を……」
……しかし。
俺達は、すでに手遅れに陥っていたのだった。




