30話 できることがあるのならば
冒険者ギルドを後にした俺とシオンは、街のアイテムショップに向かって歩いていた。
「……私が言うのもなんですが、本当によろしかったのですか?」
途中、シオンが心配そうに尋ねてきた。
「ああ、あれでいいよ。俺は……スタンピードの調査をする」
逃げることは簡単だ。
でも、街を見捨てて逃げたとなれば後悔するかもしれない。
それに……
あの三人組を助けられたように、俺の力で、街を助けることができるかもしれない。
なら、迷うことはない。
かつて、俺が親方に助けられたように。
俺も、誰かを……この街を助けたいと思う。
そう決めて、ギルドからの依頼を請けることにした。
とはいえ、すぐにダンジョンに赴いて調査を始めるわけにはいかない。
準備が大事なので、まずは街の店に赴くことにした、というわけだ。
「ごめん、シオンをこんなことに巻き込んで……」
「気になさらないでください。私は、ご主人様のもの。ならば、どのようなところであれ、一緒をさせていただくまでです。むしろ、先のように、一人にされる方が辛いです」
「わかっているよ。もう、あんなことはしないから」
「はい。がんばって原因を突き止めて、絶対にスタンピードを食い止めましょう!」
笑顔で言うシオン。
そんな彼女の笑顔には、とても元気づけられた。
シオンと一緒なら、なんでもできる……そんな気がした。
まずはポーションなどの補助アイテムを購入した。
なにが起きるかわからないため、あらゆる事態に対処できるよう、色々なものを買う。
ちなみに、資金の問題はない。
先の報奨金だけではなくて、依頼を請けるにあたり、準備金をたくさんもらったからだ。
その後、武具点を訪ねた。
刈り取るものとの戦いでは、まともな武具を揃えていなかったこともあり、ものすごく苦戦した。
そんなことにならないように、しっかりと準備をしないと。
「いらっしゃい、どんなものを探しているんだい?」
髭の生えている、気さくな店主に迎えられた。
「えっと……彼女が使う弓を見繕ってもらえますか? それと、矢と投擲用のナイフも」
「弓とナイフだね。矢はどれくらい必要だい?」
「二十本、お願いします」
俺の代わりにシオンが答えた。
「あいよ。とっておきのやつを用意しておくよ。兄ちゃんはどうする?」
「うーん……それが、色々と悩ましくて」
今まで、武器を使った経験がない。
剣を使えばいいのか? 斧を使えばいいのか?
それとも、槍なのか?
俺は、どのような武器を使えばいいのだろう?
ぶっちゃけてしまうと、素手で戦うのが一番やりやすいのだけど……
「ご主人様は、格闘武具がよろしいのではないでしょうか?」
「それって、拳を覆うようなナックルとか、足につけるレッグアーマーとか?」
「はい。ご主人様は接近戦……特に格闘戦が得意のように見えましたので、それらの武具ならば、とても効率よく戦えるのではないかと」
「よく見ているんだね」
「ご主人様のことなので、もちろん♪」
とても嬉しそうに言われてしまう。
と、いうことは……
シオンは、いつも俺のことを見ている?
……ちょっと照れた。
「えっと、それじゃあ……ナックルを見せてもらえますか?」
「威力は置いておいて、できるだけ頑丈で、絶対に壊れない、と思えるようなものでお願いします」
「シオン? その追加オーダーは……?」
「ご主人様のでたらめなパワーに、普通のナックルは到底、耐えられないと思いますので」
そうなのか?
「へぇ、兄ちゃんは、実はすごい冒険者なのかい? なら、そうだな……よし! うちの自慢の一品を用意してやるよ。ちょっと待ってな」
店主が店の奥に消えて……
少しして、手押しのカートと共に戻ってきた。
カートの上に乗せられているのは、手の甲と指の半ばまでを覆い、肘までをガードすることができナックルだ。
シャープなデザインをしていて、綺麗で、芸術品のよう。
「こいつは、ドラゴンの素材で作られたナックルだ。とことん頑丈で、並大抵の武器じゃ傷つけることはできない……というか、武器の方が砕けるだろうな。こいつで殴られた日には、一撃でダウンさ」
「ドラゴンの……すごい武器ですね」
「ただ、ちと難点があってな。とんでもなく重いせいで、まともに扱うことができるヤツがいねえんだよ」
「重いって、どれくらいなんですか?」
「片方で百キロはあるな」
「ひゃ……!?」
シオンが変な声をあげて驚いていた。
一方、俺は……
「なんだ、それだけなんですね」
「「え?」」
シオンと店主の驚きの声が重なる。
そんな中は、俺は銀のナックルに手を伸ばした。
持ち上げて、両手に装着してみる。
「おぉ……このフィット感は、なんかいいかも。それに、とても頑丈そうで……あと、思っていたよりも軽いかな? これなら……うん、とても戦いやすそうだ」
「……あの、店主さん。あれは、本当に百キロあるのですか?」
「あるはずなんだが……おい、兄ちゃん。ちと、それを返してくれ」
「あ、はい。すみません、勝手に触って」
「それはいいんだけど……うぉ!?」
銀のナックルを返すと、店主は、受け取った瞬間、体勢を崩して転んでしまう。
ガンッ! と強烈な音を立てて、銀のナックルが店の床を貫いて、その下の地面にめり込んだ。
「「「……」」」
本当に重かったんだ、あれ。
「す、すみません……」
「いや……驚いたが、別に気にしてないさ。それよりも、こいつは、兄ちゃんのために生まれてきた武具なのかもしれないな。安くしとくから、買っていかないかい?」
「いいんですか?」
「俺が作った武具は、全部、子供のようなものだからな。倉庫で眠らせておくよりは、外に出て、思う存分に活躍してくれた方が嬉しい。その点、兄ちゃんなら文句なしだ」
「ありがとうございます!」
こうして俺は、新しい武器を手に入れることができた。
重さが難点だけど……
なるべく身につけておくようにして、丁寧に扱えば事故などは起きないだろう。
「……ところで」
「はい?」
「……さらに安くしとくから、落ちて地面にめり込んだナックル、取り出すのを手伝ってくれないか……? 俺じゃあ、ちょっと無理そうでな……」
店主の乾いた笑い声が響くのだった。




