29話 災厄の予兆
「おまたせしました」
受付嬢が戻ってきた。
「報酬ですが、ギルドの口座に振り込んでおきました。これで、いつでも、ギルドに行けばお金を引き出すことができますよ」
「ありがとう」
「いえいえ、ギルドは冒険者の味方なので……ところで」
笑顔が消えて、真面目な顔になる。
「これから少し、お二人の時間をいただいてもよろしいですか?」
「え? えっと……」
「私は問題ありませんが……ただ内容によるかと。ご主人さまに、どのような要件でしょうか?」
「大事な話があるらしく……ただ、ここではちょっと」
「不利益となるような話ではありませんね?」
「はい、それは大丈夫です。相談……のようなものでしょうか?」
「……ご主人様、どうされますか? 私としては、話を聞くだけならば、とは思うのですが」
厄介ごとの予感はする。
ただ、ギルドの話は、なるべき断らない方がいいだろうし……
ここで断ることで後悔するかもしれない。
「わかりました。それじゃあ、ひとまず話だけなら」
「ありがとうございます。では、こちらへどうぞ」
周囲の冒険者達の訝しげな視線を受けつつ、俺とシオンは、受付嬢に奥の客間に案内された。
そこで待っていたのは、俺達の試験官を務めてくれたヘイズさん。
それと、とても綺麗な女性だった。
歳は……二十代後半くらい?
燃えるような赤い髪が特徴的だ。
それと、とてもスタイルがいい。
露出の高い服を着ているせいで、ちょっと目のやり場に困る。
「むぅ……ご主人様」
シオンに睨まれてしまう。
違う、誤解……誤解でもないのか。
く……男の悲しい性だ。
「よく来てくれたわね。私は、マリア・ホーシェンド。ここのギルドマスターをやらせてもらっているわ」
「えっ、ギルドマスターだったんですか!?」
ついつい驚きの声をあげてしまう。
「あはは、素直な反応ね」
「いえ、その……すみません。つい……」
「私も、申しわけありません……とても若く美しい方なので、まさか、ギルドマスターとは……」
「ふふ、嬉しいことを言ってくれるわね。ありがと。とりあえず、二人も座ってちょうだい」
促されて、二人と向き合うようにソファーに座る。
「ごめんなさい、いきなり呼び出したりして。でも、どうしても二人に協力してほしいから、ちょっと強引になっちゃったの」
「協力……ですか?」
「説明は俺がしよう」
ヘイズさんが口を開いた。
とても真面目な顔をして、静かに言葉を紡いでいく。
「これからする話は、ここだけの秘密にしてほしい。絶対に口外しないように」
「……はい、わかりました」
「ありがとう。では、本題に入るが……まだ断言はできないのだが、もしかしたら、スタンピードが起きるかもしれない」
「「えっ!?」」
俺とシオンの驚きの声が重なった。
スタンピード。
なにかしらの原因により魔物が大量発生して、津波のように一気に押し寄せてくる現象だ。
その規模は、最低でも万を超える魔物が発生するというもの。
対処は極めて困難。
一度、スタンピードが発生したら、村や街が滅びてしまい……
最悪、国が滅びることもあるという。
「スタンピードなんて……それは、本当なんですか?」
「まだ調査中なので、断言することはできない。ただ、それらしい兆候があったことは確かだ」
「兆候……?」
「刈り取るものよ」
マリアさんが、ヘイズさんの言葉を引き継いで言う。
「刈り取るものなんていう、とんでもない魔物、あんなダンジョンに現れることはないわ。あそこは、あくまでも初心者用のダンジョンだもの。それなのに現れたということは、なにかしらの異変が起きているということ」
「ダンジョンを巡る魔力に異常が起きているか。あるいは、知らぬ間に、他所から強力な個体が流れ込み、ダンジョンを根城にしたか……色々な可能性が考えられる」
「どちらにしても、あのダンジョンで異変が起きていることは確定よ。刈り取るもの、なんてものが現れたことこそが証拠となる」
「なる……ほど」
どんどん話の規模が大きくなってきた。
緊張してきたのだけど……
「……」
シオンが、そっと俺の手を握ってくれた。
すっと不安が和らいで、落ち着く。
ありがとう、シオン。
心の中でお礼を言いつつ、引き続き、話に耳を傾ける。
「可能性がある、というだけではあるが、しかし、スタンピードが発生したらどうすることもできない。ファーグランデは終わりだ」
「だから、スタンピードを発生させてはいけないわ。そうなる前に原因を突き止めて、それを排除しないといけないの……絶対に」
「……俺達が呼ばれたのは、もしかして」
「ええ、考えている通りで間違いないわ」
「あのダンジョンを調査してもらい、スタンピードの原因を見つけ出して、排除してほしい」
「「……」」
思っていた以上に規模のでかい話に、すぐに返事をすることができない。
スタンピードはとても危険なことだけど……
ただ、その原因も、とても危険なものであることに間違いはないだろう。
そのようなものに関わるべきなのか?
また、シオンを危険に晒してもいいのだろうか?
シオンを一人にするつもりはない。
彼女と一緒にファーグランデから逃げる……という選択肢もある。
「私がこの話をしたのは、キミ達なら、きっと成し遂げてくれると思ったからよ。でも、もちろん、無理強いはしないわ。とても危険な依頼で、命の危険があるかもしれない。だから、判断は二人に任せるわ」
「それは……」
シオンを見た。
シオンは、俺に全て任せるという感じで、コクリと頷く。
どうする?
どうすればいい?
スタンピードという最悪の災厄を前にして、俺は……




