26話 ふざけないでください
「……ん……?」
ふと、意識が覚醒した。
ゆっくり目を開けると、すぐ近くにシオンの顔が。
それと、頭の裏に柔らかくて温かい感触。
これは……膝枕?
「あっ……ご主人様!? よかった、目が覚めたのですね……あぁ、本当によかった」
「シオン……? えっと、俺は……」
軽く頭を振りつつ、体を起こす。
「そう、確か……刈り取るもの!」
慌てて周囲を見ると、刈り取るものがすぐ近くに……って、あれ?
ピクリとも動かない。
それと、胸から中心にかけて走る大きな傷。
どう見ても死んでいる。
「……あ、そっか」
シオンの援護のおかげで、どうにかこうにか倒すことができたのか。
最後に、全力の一撃を繰り出したものの……
ちゃんと死んだことを確認していないから、ついつい慌ててしまった。
って、そうだ。
シオンだ。
地上に帰るように、って命令したのに、どうしてここに?
「シオン、キミは……」
「……ご主人様」
「え? あ……はい」
地の底から響くような声。
シオンに妙な迫力を感じてしまい、ついつい丁寧語になってしまう。
「私は今から、奴隷として許さないことをします。そのまま処分されてもおかしくないことをします」
「え? それって……」
「聞いてください! 私は、許されないことをしますが……しかし、そうするに至った経緯を、少しでも感じて、理解していただけると幸いです」
シオンはそう言い切ると、軽く深呼吸。
そして……
パァンッ!
平手打ちの音が響く。
平手打ちされたのは……俺だ。
驚いてシオンを見ると、彼女は、大粒の涙を瞳に溜めていた。
「ふざけないでくださいっ!!!」
「シオン、なにを……」
「一人で逃げろと、ご主人様を見捨てろと……私にあのような命令を出して、ご主人様は悪魔なのですか!?」
「あ、いや……あれは……」
「ご主人様はとても優しい方です。せめて私だけでも、と思ったのでしょう。それは理解できます。できますが……納得はしていません! そのようなふざけた命令、心が受け入れることはありません!」
我慢できず、涙がこぼれた。
シオンは俺の胸元を掴み、詰め寄る。
「あのような優しさなんていりません! あんな、あんな残酷な優しさなんて……時に刃となり、心を傷つけてしまうと、ご主人様はわからないのですか!? 私一人だけ逃げろと命令されて、そのようなことはしたくないのに、でも、体が勝手に動いて、お主人様を置いていってしまって……どれほどの絶望を抱いたか、ご主人様にはわからないのですか!?」
「……シオン……」
「お願いですから……どうか、お願いしますから、あのような悲しい命令はやめてください。私だけを、なんていう酷い優しさはやめてください。私は、ご主人様の奴隷なんです。それなのに、私の存在を否定するようなことを、ご主人様から聞かされるなんて、そのようなこと……」
いつの間にか怒りは消えて。
代わりに悲しみが広がり。
シオンは泣きながら、置いていかないでと言う。
それはまるで、迷子になった子供のようで……
親がおらず、ひねくれていた俺の小さい頃と似ているような気がした。
「私は、ご主人様のものです。だから、死ぬとしても、それはご主人様と一緒なんです。それなのに、私だけなんて……私だけ生きたとしても、意味なんてありません。ゼロです。また、生きているようで死んだ日々に戻って……もう、嫌です……大事な人とお別れをしてしまうのは、本当に嫌なんです……」
「……ごめん」
そうか。
シオンのことを考えているつもりで、でも、彼女の心を無視してて……
それと、俺のためでもあったんだろうな。
大事な人に死んでほしくなくて。
そんな辛い目に遭いたくないから、あえて遠ざけて……はぁ。
俺、情けないな。
シオンを大事にしたいのに、でも、傷つけている。
……ただ。
これで、主失格だ、とか、そういうことは思わない。考えない。
それは自分に酔っているだけ。
そんなことをしたら、それこそシオンを本当に傷つけてしまう。
「約束するよ」
しっかりとシオンを抱きしめた。
強く、強く。
もう離さないと心に伝えるために、抱きしめた。
「俺は、ずっとシオンと一緒にいるよ。さっきのようなバカはしない」
「本当ですか……?」
「本当だ、約束するよ」
「……もしも破ったら?」
「えっと……俺のこと、シオンの好きにしていいよ」
「えっ!? そ、それは……」
なぜかシオンが慌てていた。
「……今は、その言葉だけで十分です」
シオンは、甘えるようにこちらに寄りかかってきた。
俺は、その心地いい重さをしっかりと受け止めるのだった。




