23話 刈り取るもの
「あの人達は……」
ダンジョンの入り口で会った三人組が、悲鳴を上げて逃げていた。
彼らを追いかけているのは……
「……っ……」
『ソレ』を見た瞬間、背中がゾクリと震えた。
あれは……やばい。
ぼろぼろのローブに、その隙間から見える骨の体。
巨大な漆黒の鎌を手にしている。
「死神……?」
「あれは……そんな、まさか……」
シオンは、あの不気味な魔物を知っているみたいだ。
「シオン、あいつは?」
「刈り取るもの……難易度に関係なく、ダンジョンにのみ現れる魔物です。恐ろしく強力な個体で、ヤツと遭遇した冒険者の九割は死んでいます。それ故に、『冒険者殺し』とも言われています」
「……冒険者殺し……」
「ご主人様、今のうちに逃げましょう。幸い、ヤツは、私達には気づいていません」
「それは……」
「彼らのことは諦めるしかありません。私達にはどうすることもできず……これは、事故のようなものです。防ごうとしても防げるものではありません。ご主人様が気にすることはありません……仕方ないんです」
シオンは色々なことに詳しい。
冒険者に関しても、俺よりも知識を持っている。
そんなシオンが言うのだから、今、逃げることは正しいことなのだろう。
三人組を見捨てることも、仕方ないことなのだろう。
……だとしても。
「シオン……ごめん」
「ご主人様?」
「シオンの言っていることは正しいと思う。でも、俺、見捨てることはできない」
「ご主人様! それは……!」
「わかっている。シオンの言っていることは、間違いないと思う。俺にできることは、なにもないのかもしれない……それでも」
俺は、親方に助けられた。
そうして命を救われた。
誰かに助けてもらったことで、今の自分がある。
だから、『助ける』ということを否定したくない。
仕方ないと、諦めたくない。
もちろん、これは俺の自己満足だ。
無茶にシオンを付き合わせるつもりはない。
「シオン、命令だ」
「えっ……」
まさか、という感じで、シオンは顔を青くした。
そのまさかだ。
「今すぐにダンジョンを脱出して、この事態をギルドに伝えろ」
「なっ……ご、ご主人様、そのような命令は……あぅ、か、体が……!?」
シオンはぎこちない動きで俺から離れていく。
必死に抵抗しているみたいだけど、しかし、奴隷は主の命令に逆らうことはできない。
ゆっくりと……しかし、確実に遠ざかっていく。
「ど、どうして……!? ご主人様、ご主人様……!!!」
「……ごめん」
ほどなくして、シオンは上の階に続く階段に消えた。
ひとまず、これで彼女は安心だ。
このまま、俺も避難できたらいいのだけど……
「やっぱり、それだけはできないな」
あの三人を助ける。
シオンが震えるほどの魔物を倒せるなんて、そんな自惚れてはいない。
ただ、時間を稼ぐことくらいはできるだろう。
というか、してみせる。
もちろん、死ぬつもりなんてない。
俺は、まだまだやりたいことがある。
北のノーザンライトに辿り着いて。
目的を終えたら、また鉱山に戻って、親方やみんなに会いたい。
冒険者も続けたい。
思っていた以上に冒険者は楽しくて、日々が充実していた。
誰かのためになる、というところもポイントが高い。
そして、なによりも……
シオンと一緒に旅をしたい。
彼女と同じ時間を過ごしたい。
シオンがいたからこそ、俺は、今までがんばることができた。
生きる目的と価値を見つけることができた。
本当の意味で、俺が俺でいられるようになった。
だから……
「ここで終わりになんて、絶対にできないよな」
物語で言うと、俺は、死亡フラグが満載だ。
俺はこのまま死んで……
そして、シオンだけが生き残る。
そんな未来が確定しているような状態。
でも、そんなものは覆してみせようじゃないか。
だって……
「約束したからな」




