21話 押し通るまで
「ふっ!」
迫りくる複数のゴブリン。
先制攻撃を繰り出して、五匹のうち、三匹を沈めた。
残り二匹を漏らしてしまうのだけど……
「そこです」
シオンが投げナイフを投擲して、残り二匹を仕留めた。
狙いは正確無比。
ゴブリンの頭部のど真ん中を貫いていた。
「すごい腕だね」
「故郷で鍛えられたので、そこそこの自信があります」
「武器の扱いが得意?」
「そうですね……はい。大きな武器は扱えませんが、一通りの武器の扱いは教わりました。中でも、弓などが得意でしょうか」
「なるほど……じゃあ、お金が溜まったら、シオンの装備を整えようか」
「え!? そんな! 私なんかの装備よりも、ご主人様の装備を整えるべきです」
そう言われても、俺、ちゃんと武器を扱える自信がないんだよね。
剣を使っても、自分で自分を切ってしまいそう。
「俺は、しばらく殴る専門でいくよ。鉱山で鍛えられたから、わりと拳もいけるし」
「……そういえば、ゴブリンが相手とはいえ、一撃で殴り倒してしまうのはおかしいんですよね。人を一撃で倒すようなもので……あまりにも自然と、さらっとやるものなので、ついついツッコミを忘れてしまいました」
別にツッコミは求めていないからね?
「シオンがいい装備を整えてくれれば、ダンジョン探索も捗ると思うんだよね。もちろん、普通の依頼も成功率が上がるはず。だから、シオンの装備から整えようか」
「……わかりました。ご主人様の厚意に感謝いたします」
話がまとまったところで、さらに奥へ。
一層、二層……順調に攻略を進めていく。
そして三層に降りたところで、シオンが警戒した様子で言う。
「ご主人様、気をつけてください。初心者向けのダンジョンではありますが、三層からはトラップが出現します」
「トラップか……どんなものがあるか、わかる?」
「まだ浅い階層ですし、命に関わる凶悪なトラップはないと思います。ただ、落とし穴やトラバサミなど、状況によっては厄介なものはあると考えた方がいいかと」
「なるほど……油断しないで、慎重に進んだ方がいい、っていうことだね」
「はい、その通りです」
「了解。じゃあ、気をつけていこうか! ……あっ」
言って、第一歩を踏み出した瞬間、ガチャン! とトラバサミが右足に食いついてきた。
「……」
「……」
笑い話のような即オチを披露してしまった。
「あ、あはは……なんか、さっそく引っかかっちゃったよ」
「だ、大丈夫ですか!?」
「うん、問題なし。こういうのは、こう……ぐいっと」
両手でトラバサミを広げて、そのまま脱出した。
「ご主人様! 怪我は……されていませんね」
「ただのトラバサミだからね。これくらいで鉱夫が怪我をするわけないさ」
「トラバサミを踏めば、けっこうな傷と痛みがあるはずなのですが……」
「これくらいなら、鉱山で崩落に巻き込まれた時の方が痛いかな」
「それはもう、死んでしまうレベルの話で、朗らかに笑いつつお話するような内容ではないのでは……」
シオンがちょっと引いていた。
なぜだ?
「次、行こうか」
「はい」
気を取り直して、三層の攻略を進めていく。
ただ、今日は運が悪いのか、トラップに次ぐトラップ。
毒矢が飛んできて、鉄球が飛んできて。
特殊な床で滑り、落とし穴に落ちたり。
「いたたた……なんか、散々だなあ」
「えっと……」
「シオン、どうかした?」
「いえ、あの……ご主人様のでた……すごさは理解しているつもりでしたから、今更、鉄球を弾き返したり、落とし穴にハマり十メートル近く落ちても無傷だったり、それはもう驚かないのですが……しかし、毒矢を受けても平然としているのは、なぜなのでしょうか……?」
「うーん……今更、そこらの毒矢でどうにかなっちゃうような、ヤワな鍛え方はしていないつもりだから」
「ご主人様は鉱夫でしたよね? どのようにして、毒に対する耐性を鍛えて……? ありえない話だと思うのですが……」
シオンの疑問はもっともかもしれないけど……
ただ、やっぱりというか、まだ鉱夫について詳しくないみたいだ。
「鉱夫をやっていると、たまに、有毒ガスが溜まっている場所を掘り当てちゃうことがあるからね。俺、そういう失敗を何度もしていたから、そのうちに慣れたよ」
「……毒に慣れた……」
シオンは、愕然とした表情でつぶやく。
そこまで驚くようなことだろうか?
人間は、環境に対する高い適応能力を持つ。
何度も毒を浴びていれば、耐性を獲得することは普通だろう。
「なるほど……なるほど?」
そう説明したのだけど、シオンは、すぐに納得できない様子だった。
何度も何度も小首を傾げている。
俺、そんなに難しいことを言ったかな?
当たり前の常識を語っただけなのだけど……
「そのようなことを常識と言い放つご主人様は、非常識で構成されているかと」
「あれ?」
もしかして、俺は非常識なのだろうか?
シオンがそう言うのなら、改めたいと思う。
ただ、どこがダメでどこがアリなのか、自分では判断できず……
「ふふ」
シオンが、ついついという感じでくすりと笑う。
その笑顔はとても綺麗で。
すごく優しい表情で。
ついつい見惚れてしまう。
「ご主人様は仕方ないですね。本当にもう……」
「よかった」
「え?」
「シオンが笑ってくれて、よかったな……って」
「……ぁ……」
「もちろん、今まで笑顔がなかったわけじゃないんだけど……なんかこう、ぎこちなさを感じることが多くてさ。でも今は、すごく透明な笑顔というか、本当に楽しいって思っているんだな、ってわかるから……うん、よかった」
「……ご主人様……」
今度は赤くなった。
照れている?
「私が笑うことができるのは、全部、ご主人様のおかげです」
「俺の?」
「はい。ご主人様がいなければ、私は、今頃どうなっていたか……改めて、ありがとうございます。私を助けていただき、そして、私のご主人様になっていただき、深く、深く感謝しています」
「俺もありがとう」
「え? どうして、ご主人様が……」
「シオンと出会ってから、毎日が輝いているように思えるんだ」




