18話 囮の意味が違う
「……あれだな」
気を取り直して、本来の依頼を果たすために森の奥へ進んで。
そして、ウルフの群れを発見した。
事前の情報の通り、十一匹。
「一匹多いですね」
「十匹前後っていう話だから、誤差の範囲だろう。それよりも、どう攻めるか……シオンは、どう考える?」
「私などの意見でよろしいのでしょうか?」
「頼むよ。俺、戦い方もそうだけど、戦術も知らないから」
「わかりました。そうですね……」
物陰に隠れてウルフの群れを観察しつつ、シオンは考える。
ややあって戦術がまとまったらしく、口を開いた。
「私が囮になり、ウルフの群れ、全体を牽制します。ご主人様は、その隙を突いて、一匹ずつ、確実に倒していただけないでしょうか?」
「片方が囮になって、もう片方が攻撃を……なるほど。作戦は納得だけど、シオンを囮にはできないかな」
「ど、どうしてですか……?」
「いや、単に俺のわがままなんだけど……女の子を盾にするのは、ちょっと」
「私は、ご主人様の奴隷です。なればこそ、ご主人様のために働いて、時に、その盾となることは当たり前です」
「そんな当たり前、ちょっと嫌かな」
確かに、シオンは奴隷だ。
立場を考えると、言っていることは正しいのかもしれない。
ただ、俺は違う考えを持っているわけで。
わがままだけど、女の子を盾になんてしたくないわけで。
「俺が囮をやるよ」
「ご主人様!?」
「大丈夫、うまくやるから。じゃあ、攻撃のタイミングはシオンに任せたから」
「えっ、あ……ご、ご主人様!?」
話をしても絶対納得してくれなさそうなので、強引に事を進めることにした。
物陰から出て、まっすぐウルフの群れに突っ込んでいく。
「グルッ!」
「ガァッ!」
俺に気づいた二頭が、いきなり飛びかかってきた。
それぞれ、足と腕に噛みついてくる。
「「「ガウッ!!!」」」
残りの九頭も一斉に動いた。
空いている部分を埋めるかのように噛みついてきて……
「ご、ご主人様!?」
「よし。これで、囮になれたかな?」
「え!? いえ、あの……だ、大丈夫なのですか? 全身を噛みつかれていて……その、頭も、半分くらい咥えられているのですが……」
「大丈夫、大丈夫。ちょっとくすぐったいかな、っていうくらいだから」
「そ、そうですか……」
ウルフ達は、俺の全身に噛みついて。
ガジガジと噛みちぎろうとするものの、そんなことはできない。
「これくらいで噛みちぎられるほど、やわな鍛え方はしていないからな。そんなだったら、鉱夫としては失格だ」
「なんでしょうか……ご主人様と一緒にいると、まるで、鉱夫が伝説の勇者のように思えてきました……」
「面白い冗談だね」
「本気なのですが……えっと、とにかく、そのままでお願いいたします」
「ふっ!」とか「はぁ!」とか、そんな気合の入ったシオンの声が聞こえてくる。
その度に、「キャイン!?」という悲鳴が響いて、ウルフが一匹、また一匹と吹き飛んでいく。
体が軽くなってきた。
痛くはないけど、抱きつかれているようなものだから、さすがに重さは感じる。
ほどなくして、全てのウルフが倒される。
「んー……! スッキリした。毛皮がまとわりついてくるようなものだから、うっとうしいだけじゃなくて、暑苦しいんだよな」
「ご主人様、大丈夫ですか!?」
「うん、問題なし。シオン、ありがとう」
「まったく……ご主人様、あなたという方は、どうしてこのような無茶を……」
「言ったじゃないか」
これは、俺のわがままだ。
「大事な女の子を盾にするなんて、男として、そんなことはしたくなかった。それだけだよ」
「……」
「シオン?」
「……あっ、いえ、その……なんでもありません」
顔が赤い。
なんでもあるように見えるのだけど……
ただ、深く追求しない方がいいのかもしれない。
ふと、そんなことを思い、問いかけはそこで止めておいた。
「なにはともあれ、初めての依頼は、これで完了かな?」
「ですね。おつかれさまです、ご主人様」
「シオンこそ、おつかれさま。けっこう、うまくやれたんじゃないかな? この調子で、バンバン依頼をこなしていこうか」
「あ、えっと……」
シオンは、とても言いづらそうにしつつ、
「……うまくやれたのか、私は、ものすごく疑問でして」
「あれ?」
「私は、ご主人様の足を引っ張ってしまいそうで……これでも、そこそこ、腕に覚えはあったのですが、ご主人様を見ていたら、それが慢心であることがわかりました」
「そうかな? シオンは、すごく強いと思うけど」
「いいえ、私なんてまだまだです。最初、囮を申し出ましたが、私には、ご主人様と同じことは、到底、できず……自分の力量不足を思い知りました」
「あまり気にしなくていいんじゃないか?」
「いえ、そういうわけにはまいりません。ご主人様の奴隷として恥ずかしくないように、せめて、似たようなことはできるようにならなければ! 私、がんばりますね!」
「そ、そっか……うん、がんばって。応援しているよ」
「はい、ありがとうございます!」
妙なところで、シオンのやる気に火をつけてしまったみたいだ。
もっとも、どうしてそこまでやる気になっているのか、俺はわからないのだけど……うーん?
「シオンの方が強いと思うんだけどなあ……」
「ご主人様、失礼ながら、治癒師に眼を診ていただいた方がよろしいかと」
「あれ?」
最近、シオンのツッコミが厳しくなってきたような気がする。
なぜだ……?




