15話 ご褒美
「ご主人様……一つ、お願いをしてもよろしいでしょうか?」
お願い?
なんだろう。
シオンが、そんなおねだりをするなんて初めてのことだ。
なにが欲しいのか見当もつかない。
「えっと……なにか欲しいものが?」
「はい。奴隷の身で、過ぎた話をしているという自覚はあるのですが……」
「そういうのは気にしなくていいから。確かに契約は結んだけど、俺は、シオンのこと、すごく大事にしたいと思っているからさ」
「ありがとうございます」
「えっと……それで、お願いだっけ? 俺にできることならいいんだけど……」
「はい、それは大丈夫です。むしろ、ご主人様にしかできません」
「俺にしか?」
いったい、どんなものが欲しいのだろう?
……シオン、あまりにも予想外の『お願い』を口にする。
「私に、冒険者の試験を合格した、ご褒美をいただけませんか?」
「もちろん、構わないけど……」
「……キス、してほしいです」
シオンは、どこか蠱惑的な表情で……
そう、甘くささやいた。
「えっ……!?」
聞き間違い……じゃないか。
それは、シオンの表情を見ればすぐにわかる。
頬を染めて。
瞳を潤ませて。
上目遣いで、期待するようにこちらを見る。
「それは……」
「嫌……でしょうか?」
「そんなことはない!」
思っていた以上に大きな声が出た。
「俺は、なんていうか……色々と鈍いからさ。自分でも自分のことをきちんと理解していないというか、こういう時、なにをするのが、どんなことを言うのが最善かわからなくて……ああ、もう。こういう言い訳っぽいことを言いたいわけじゃなくて」
突然のことに驚いて、気持ちがぐちゃぐちゃだ。
軽く深呼吸。
どうにかこうにか心を落ち着けて、想うことを伝えるべく、言葉をゆっくりと並べていく。
「俺は……シオンのこと、すごく大事にしたいんだ」
「はい」
「出会ったばかりだけど、なんか、他人には思えないというか、家族みたいに感じているというか……あ、今のはたとえね? それくらい、大事に想っている、っていうこと」
「はい」
「だから、危険があれば守りたいと思う。困ったことがあれば、助けたいと思う。それだけじゃなくて、難しいことに直面した時は、手を取り合い、一緒にがんばっていきたいと思う」
「はい」
「そんな感じだけど、ただ、よくわからないことも多くて……はぁあああ。俺、情けないなあ……」
「いいえ、そのようなことはありません」
シオンは、優しく微笑む。
「ご主人様のおかげで、私は死なずに済みました。それだけではなくて、生きる目的を得ることができました。本当に……本当に感謝しています」
「……シオン……」
「ですから私は、ご主人様の奴隷になれて、よかったと思っています。それを、誇りにすら感じています。私も、ご主人様のことがなによりも大事ですから……だから、この繋がりと絆を、なによりも大事に思っています」
「……うん」
「ただ……ふと、思うのです。今の関係はとても心地良いですが、そこで満足するのではなくて、もう少し……もう少し踏み込んでみたい、と。とても贅沢な願いですが、ご主人様をより近くに感じることができたのなら、と。それ故の……お願いです」
「そう……だな」
言葉を交わすことでシオンの心に触れているかのようだった。
彼女の優しさと想いと。
温かさが流れ込んできて、心がふわふわと浮かんでいるかのよう。
「もちろん、私はただの奴隷です。それ以上でも、それ以下でもありません。そこから先を望むつもりはありません。ただ、今は……」
「……いいよ、それ以上は言わないで」
「……ぁ……」
シオンの唇に、そっと人差し指で触れた。
「そうだな……うん」
まだ、自分の気持ちがよくわからない。
シオンのことをどう思うのか、それは形になっていない。
ただ、別の部分で形になっているものはある。
「俺は、シオンの主だ」
「はい」
「シオンは俺のもので、絶対に手放したくないって思うし、一緒にいたいって思う」
「はい」
「だから……」
そっと顔を近づけていく。
シオンは、こちら見て、静かに目を閉じる。
「これは、その宣言みたいなもの」
「……んぅ……」
そして……
俺とシオンの距離がゼロになった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます
楽しんでいただけたのなら嬉しいです。
感想や誤字報告、ありがとうございます。
もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。




