99:死せる乙女、その目には――
「ここは――ぐぅ……!?」
目を覚ました時。そこは、どこまでも深い闇の底だった。
音もない。光もない。そして空気すらもない。そんな地獄のような空間にて、わたしは口を押えて膝を突いた。
息が――漏れた瞬間に消えていくのが分かる。
きっとここはそのような世界なのだろう。生命の存在を、欠片すらも一切許していないのだ。
ここはまさに冥界だった。
『諦めろ。さっさと意識を手放すがいい』
その時だった。闇の中に、人の姿が浮かび上がった。
わたしを闇に沈めたと思しき仮面の男だ。
『俺の名はファビオライト。ザクスの阿呆はファビと呼んでくるが、正直センスがないと思っている』
脳に直に響くように、青年の声が入ってきた。
ッて知るかボケ! そんな文句はわたしに言わずっ、
「アイツに直接――ごぽっ!?」
『足掻くつもりなら黙っておけ。窒息が早まるだけだぞ?』
って、アンタが一言言いたくなること言ったからでしょうが!
天然でやってんなら腹立つわねっ!
『貴様に声を掛けたのは他でもない。あのザクスに啖呵を切ったことに、一つ言いに来たのだ』
……なんですって。
『あの男とはもう三十年近く友をやってるが――ああ、ヤツはああ見えて三十路後半だ。流石に顔に年齢が出てきたと、美容に詳しいエルザフランに愚痴ったり、着こなしに詳しいブルーノに相談を――いや、それはともかく』
余談が長いわッッッ! わたし窒息しそうなんだけどぉ!?
『ヤツは、恐ろしい男だろう? 俺は感情が薄いゆえ知らんが、これまで10万3728人を殺してきたヤツを、人は本能的に恐怖する』
「っ」
――10万……。世界最悪の傭兵団総帥とは知ってたけど、それほど殺してきたの……?
『ヴァイス王子を匿ったその日から、貴様はヤツにいずれ襲われるとわかっていたはずだ。そして実際に対峙した上で、貴様は呑まれず生意気に振る舞っていた』
ハッ……それがなによ。
アンタの最強な相棒に屈しないことが、気に入らなかったわけ?
『やるじゃないか』
――は?
『その胆力。堂々とした振る舞い。たとえ無力だとしても、貴族として立派だった。中々よくやったじゃないか』
――は?
『ザクスの記憶にも残ることだろう。今後王国がどうなるかは知らんが、もしかしたらおまえのことを多少は語り継ぎもするかもな。だから』
そうして、仮面の男は告げた。
『よかったな。おまえは、敗北者としては報われたほうだ』
――そう言って、ファビオライトは消えていったのだった。
「…………は?」
残ったわずかな酸素が漏れるのも構わず――わたしは思わず、口を開いてしまった。
苦しい。どうでもいい。
死ぬのが怖い。どうでもいい。
誰かに助けてほしい。どうでもいい。
「ふざけるなよ……!」
どうでもいいどうでもいい。
今、わたしはッ、怒り以外の感情なんてどうでもよかったッ!
「わたしを舐めたな! とっくに終わった女だとッ、敗北者だと舐めたな――ッ!」
闇の空間で涙が溢れる。
だけどこれは悲しみの雫じゃない。わたしを舐めたあの男を、そしてこのレイテ・ハンガリアにこんな仕打ちをした『地獄狼』共を、ブッ殺したくてブッ殺したくて堪らない殺意の涙だ!
「わたしの生涯を、侵略者風情が『よくやった』の一言でまとめるな……! あの日の頑張りを、あの日の努力を、知らないヤツが馬鹿にするなァッ!」
六年前。十歳で領主業を継いだときは地獄だった。
知識もない。ノウハウもない。支えてくれる人もろくにいない。
なにより根性と、『夢』がなかった。能力も目的もなく苦行を渡されたところで、そんなものは苦しいだけだ。
だけど、ふ、と。
わたしは物語の極悪な女に魅せられて――どこまでも堂々と、そして、領地のモノはすべて〝自分が気持ちよく生きるための道具にしてやろう〟と、そんな気概に感銘を受けて、日々勉強して勉強して強い立ち振る舞いを覚えて勉強して仕事して勉強して仕事して仕事してたくさん頑張って――そして。
「ようやく最近、楽しくなってきたのよ……! 少しくらいは、側においてやってもいい連中に出会えたのよ……!?」
執事アシュレイ――変態でヒステリックで怖かったけど、『彼』と真夜中に高め合っている姿は、まっすぐだった。
ドクター・ラインハート――残念で自分勝手なオッサンだけど、『彼』に諫められてからは、ちょっとだけ自制を覚えた。
亡国の王子シャキールくん――偉そうだけど『彼』の王族友達なだけはある。とても頼りになって、仕事のラクの仕方を教えてくれた。
雑用のせっちゃん&ケーネ――二人とも最初はナマイキだったけど、『彼』のおかげもあって使いっ走れるようになり、日々修行を受けてむくむく強くなっている。二人ともお母さん大好きで、そこはちょっと可愛い。
そして、彼……。
「ヴァイス、くん」
酸欠で脳が眩みだしても――その名前だけは、はっきりと言える。
不愛想な『氷の王子様』だけど、実は色々不器用なだけで、でも最強だったりする人。
きっと彼は今ごろ挫折しているでしょう。わたしと違って馬鹿みたいに誠実だから、わたしがこうなったのは自分のせい――なんてアホなことを嘆いて、殺されかけてるんじゃないかしら。
……本当に、馬鹿ね。
「敵にやられた不利益は、全部、その敵のせいに決まってるじゃないの……!」
強い怒りが、さらに奥底からこみ上げる。
魂が燃える。意識が吼える。
脳が機能を落とそうとしても――『極悪令嬢』という六年かけて作った器が、胸の奥で狂い叫ぶ!
「嘆きも挫折も必要ないッ! わたしたちの敵は、ブン殴るのみでしょうがァ――ッ!」
――その瞬間だった。わたしの瞳に、極大熱量の『アリスフィア放射光』が輝き宿り、
〝ああ、視えた……!〟
世界そのものの弱点が、魔眼の視界に蒼く映った。




