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――ハンガリアの街の大広場前。
すでにそこには、十万を超える民衆が集結していた。
奇しくも襲い来る軍勢とほぼ同数か。けれど、老人や女性を除けば男性は半分以下。さらにそのほとんどは戦闘訓練を受けていないわけだから、実戦に使えるのは、五千人もいれば十分か。
「……戦力集め、もう少し早くやっておけばよかったかしら……」
しかも敵軍は死んでも死なない死兵たちだ。
そう考えると……少し、厳しいわね。
「さて」
まぁ愚痴ってはいられない。
たとえ――ほとんどの人間が逃げ出すとしても、領主としてやるべきことがある。
「アンタたち、よく集まってくれたわね」
ヴァイスくん、アシュレイ、シャキールくん、せっちゃん、ケーネリッヒ、ついでにドクター。
代表的な異能持ちらを背後に立たせ、わたしは広場前の壇上に躍り出た。
ドクターの開発した音声増幅器を手に、十万の民衆と対峙する。
「もう知ってるでしょうけど、今この街は、『地獄狼』の軍勢に飲み込まれようとしているわ。連中の進撃速度は相当なもの。十数分後には、この街は敵軍十万に攻め立てられるでしょう」
だから。
「だから、怖いものはさっさと逃亡を――」
しなさいと、そう言おうとした時だ。
静寂の空気を斬り裂くように――あるいはこれまで、ずっと息を吸い続けてきたように。
民衆の声が、爆破した。
『レイテ様ァアアアアアアアアアーーーーーーーーッッッ!!! 戦いましょオォオオオオオオーーーーーーーーッッッ!!!』
「!?」
は、はぁ!?
『ブッ殺してやりましょう! クソみたいな傭兵団なんざ!』
『ハンガリア領を荒らされて堪るかァーーーーッ!』
『やってやりましょうぜぇ~~~~~~~~ッッッ!』
響き渡る声、声、声声、声声声声声声声声声声声声声声声声声声――!
少数だけが声を上げているんじゃない。
老人が。女性が。子供が。気弱そうに見える者が。
誰もが――そう、本当に十万を超える全員が、〝戦ってみせる〟とそう宣言していた……!
「アンタたち……」
『オレたちの大切なモノをッ、奪われて堪るかァーーーーーーッ!』
広場にぎっしりと集まった人々。
いつしかハンガリア領を示すための、ハートに近しい刻印旗が高々と掲げられ、風にはためく音が鼓動を加速させる。人々の目には燃え上がる決意が宿り、拳を振り上げるその手には、迷いの影すらなかった。
本当に老若男女一切問わず。口々に、『いざ戦争を』と覇気ある声を張り上げていた。
『勝利を掴みましょうぞッ!』
『最恐の傭兵団を打ち倒しッ、最強の栄光をハンガリアにもたらしましょう――!』
拳を突き上げて叫ぶ人々。
同時に誰かが地面を踏み鳴らし、やがてそれは十万人が重ねる大震動となる。周囲の建物が揺れ、街中の空気が激しく熱される。
声の合間には、どこからか鼓笛隊が現れて戦律を奏で、群衆の昂ぶりをさらに煽った。眩みそうになるほどの熱気が溢れる。もう止められない。
『ハンガリア領の力をッ、見せてやるゥーーーーーッッッ!』
さらに、さらに、さらにさらにさらにと。全員が声をとめどなく張り上げ、闘争の咆哮を叫び上げた。
喉を枯れてもまだまだと――ああっ。
「アンタたちってば……なんて、凶悪なのよ……っ!」
止まらない彼らの熱気は、まるで戦いが始まる前に、この地を戦場に作り替えていくようだった。
あぁもうまったく! 本当にもう!
「やっぱり、アンタたちは信用できない悪党どもよ! 十万の死兵を前にして、〝戦う〟!? 〝栄光〟!? 〝力を見せる〟!? 本当に欲深いろくでなしどもっ!」
だからこそ――!
「最高よッ! この極悪令嬢ッ、レイテ・ハンガリア様の兵士にふさわしいわ!」
見せてやりましょう視せてやりましょう魅せてやりましょう!
誰もが懸命に生きて作り上げたわたしたちの世界、魔の辺境領『ハンガリア』!
その底力を、愚か極まる傭兵結社にねぇ――!
「演説なんざしてやらないわ! アンタたちへの命令は一つッ! 敵を全員ッ、ブッ殺すわよォオオオオオーーーーッッッ!」
『ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーッッッ!』




