50:世界大戦
『シュバール王に、乾杯ーーーっ!』
――獣たちが偽りの夜会を行う中、独り王城の屋根に座し、瓢箪を呷る男がいた。
盲目の老人、『鬼人ランゴウ』だ。
「ふん、下らぬな……」
彼にとっては闘争こそが総てである。
強敵との邂逅。強き御業との激突。一期一会の死闘。鍔ぜり、刃鳴り、命を懸けた末の勝利。
そうして技量を磨き抜く以外、ランゴウにはまるで興味がなかった。
そうして血濡れ血塗られて、異常なほどの剣技を手にして見せたのだ。
ゆえに。
「誰だ」
一閃。老人は闇を切り裂いた。
目にも止まらぬ居合斬り。そして常人を超えた直観力。
数々の死闘の果てに手にした賜物である。
「誰だと聞いている。それとも、斃れたか?」
「――勝手に殺すな」
そこで闇が形となった。
黒きフード、黒き人型、最後に黒き仮面を象り、青年の姿が露わとなる。
「仲間を斬るなよ。職場の不和は業務効率が落ちるだろう」
ランゴウと同じ『五大狼』の一人、『虚無なるファビオライト』である。
「……ふん、貴様は臭気がせんのだ。斬られたくなくば声を掛けろ」
「ほう、仲間であることは否定しないのか。入社当初は『儂に仲間など要らぬ』と言っていたのだがな」
「黙れ」
再び斬閃。それによって仮面の男は真っ二つになるも、霧の中の幻のようにすぐに元に戻ってしまった。
そして「いちいち斬るな」とぼやきながら、懐よりファイルを取り出す。
「……入社一か月、ランゴウ。『アキツ和国』からやってきた異人。最も新しき構成員にして、最も年嵩の年長者。だが実力は折り紙付きで、最速で『五大狼』の一角となった男。うぅむ、これで性格さえよければ、〝おじいちゃんのワシでも安心! 入ろうよ『地獄狼』!〟と広告が打てるのだが……」
「黙れ」
「それよりも、シュバール王との宴会を下らぬと評していたな? よくないぞ、取引先との酒宴をないがしろにするのは。傭兵結社『地獄狼』の社訓・第五条にもあるだろう、〝イイ人付き合いはイイ結果を生む〟と。まぁ社訓作ったの俺だし、他に覚えてるヤツもいないだろうが」
「黙れ、黙れ」
全てが総じて下らない。老いた修羅にとってはお膳立てなど、もどかしいだけだ。
「儂は、既に歳だ。今朝は心臓が止まりかけておった」
拳を握る。肉が落ち、ほとんど骨と皮だけになった手を。
「ゆえにさっさと闘わせろ。餓鬼を嵌めるなど下らない。儂は、ひたすら戦うためだけにこの結社に入ったのだぞ……!」
それ以外はどうでもよかった。もう、失う物は何もないのだから。
『こっ、こら服を脱がすな女ぁっ!? おいきさまたちっ、このエルザフランとかいう少女を止めろぉー!』
階下からシュバールの酔いどれる声が響く。
騒がしくも楽しげなソレに、老人は「憐れなものよ」と鼻を鳴らした。
「わざわざ篭絡などせずともよかろう。恐怖で言うことを聞かせればいいのだ。そうすれば」
「却下だ。それでは、『世界大戦の未来』にいけない」
「ッ!?」
言いさしたランゴウの口が止まった。
――世界大戦? なんだ、それはと。
「……おい、ファビオライト。貴様は何を言っておる」
潰れた両目で、青年を睨む。
「貴様の有能さは聞いている……。総帥ザクス・ロアと共に、結社『地獄狼』を立ち上げた創設メンバー。結社の経理・宣伝・交渉まで担当していると」
実質、副総帥に当たる立場にある男だ。
「噂では、構成員一万人分の名前と履歴を全て覚えているそうだな」
「ああ。ザクスは日に二十時間は鍛錬するか悪巧みを練るカスだからな。俺が支えねばならんのだ」
「カス呼ばわりはどうかと思うが」
ランゴウにとっては闘争以外どうでもいい。が、寄木とする組織に属するにあたり、大幹部の情報程度は仕入れていた。
「妙な噂を耳にした。闇を操る異様な能力だけでなく、未来予知じみた直感力を持つとな。そして」
――それを用いることで、数々の戦争を生み出してきた、と。
「……ある時、貴様は道端の子供を殺せと言ったそうだな。構成員がその通りにすると、後日、戦争が起きた」
当時、その地帯では小国同士が睨み合っていた。
仲は険悪。されど流血沙汰はお互いに避けているという冷戦状態だ。
だが。
「ダカーボ王国で起こした子供の死。それを近隣の村人は、敵国クレシェンドの仕業と思い、報復として子供を殺した。……あとはもう転がり落ちるようだったと……」
「ああ。おかげで戦乱が勃発。傭兵結社に仕事が生まれ、誰も彼もが幸せになれた」
「ぬかせ」
これは分かりやすい事例である。
だが時折、ファビオライトは奇妙な具申を行うことがあったそうだ。
――〝貧民の子にパンを買いに行かせよ〟
結果、パン屋は子供が窃盗に来たのだと間違え、撲殺。
それによって貧民街の者たちが総出でパン屋を襲撃し、対応した騎士団が動くことで、やがて国が亡びる内乱に発展していった。
――〝未亡人たちに職を斡旋して救済せよ〟
結果、暴漢たちが金を持つようになった未亡人らを襲うようになり、街の治安は一気に悪化。
そして捕らえられた暴漢の一人が、敵国の出身者だとわかり……、
「戦争だ。貴様はふとした一言で、数々の戦場を生み出してきた」
まるで、蝶の羽ばたきが嵐に変わるように。
「今回も、そういうことだというのか? シュバールから信用を得て言うことを聞かせるのと、恐怖で言うことを聞かせること。どちらも結果は同じだというのに……これまでで最も無意味に思える行動が、『世界大戦』なるものに繋がるだと……!? あんな小物から、そんな」
「――信じろやラン爺。仲間は信じ合うもんだぜェ?」
と、そこで。闇よりもう一つの影が現れた。
血臭纏いし災厄の男、『総帥ザクス・ロア』である。
「これは、主殿」
ランゴウの態度が畏まる。
目上と認めた者には敬意を払うこと。
それは、元『侍』として最後に残った矜持であった。
「ファビの野郎には判るんだとよ。歴史の、弱い部分が。一歩間違えば悲劇につながるような、人類史の脆弱点が」
「は、ぁ……?」
まるで意味が分からなかった。
つまりは本当に、ほんのわずかな言動一つで大虐殺を起こしてしまえるわけで。そんなものはもう、
「異能の、領域ですらない」
その一言にザクスは笑った。ああ、まさにその通りだと。
「人が魔性に対抗するため、『創世の女神アリスフィア』が与えた力。それがギフトだ。じゃあその域にない力はもう、『闇の神アラム』の御業ってことかねェ?」
「ふ、む……」
――闇の神アラム。
人を愛する女神とは逆に、魔物を創造することで、人類に苦しみと悲劇を与える悪神とされている。
「与太話じゃねェぞ。実際、ドクター・ラインハートっつーブッ飛んだ学者も提唱してたそうだからな。〝魔物共がカロリーを超越した攻撃機能を維持できているのは、核たる『魔晶石』へと何者かが力を送り込んでいるのでは〟ってな」
そんなことが出来る何者か。
ソレはもう、人類の死を願う悪神に他ならないだろう。
「あーあ、拾いたかったなぁドクター・ラインハート。『地獄狼』に入ってくれたら、虐殺兵器とか作らせまくったのに」
「……主殿。ファビオライトの件だが」
声を固くし、問いただす。
「この男の力、相当危険では?」
「まぁな」
「まさに『闇の神アラム』の使徒。きっと数多くの人類に、極大の虐殺劇を起こすでしょうぞ」
「そりゃな」
「そして、このまま生かしておけば、いずれ」
いずれ。
「同じくヒトである、我らさえも滅ぼすのでは……?」
その問いに、
「だからイイんだよ――!」
と、ザクス・ロアは凄惨な笑みを浮かべた。
「面白ェだろ? 愉快だろ!? 他人の悲劇と戦争を観てるだけじゃあ退屈だろ!? 一歩間違えば関わってる俺たちまでイッちまうような異能……ッ、だからこそスリルがあるンじゃねえかよッ!」
ザクスは乱暴に仮面の男の肩を抱いた。
小さな接触で戦乱を起こせる存在の身体を、無遠慮に。
「貧民街の闇でこの根暗野郎と出会ったとき、俺はカミサマに感謝したよ。コイツなら、最高の殺し合いを提供してくれると」
仮面の男の腰に回されるザクスの手。
ランゴウにはそれが、絡みつく毒蛇のように見えた。
「俺は殺しが大好きだ。動かなくなるまでヒトを嬲るのは超気持ちいいからなァ。でも、殺し合いはもーーーっと好きだ! お互いの命がヒリつき、終わりたくないからこそ全力を越えてぶつかり合う快感。死闘。アレに勝るものはない」
ゆえに、第一王子の捜索をおざなりにしていた。
同時に、公国の王子の死体がもしかしたら影武者であるかもしれない件も、青年王シュバールには報告していなかった。
前者は決戦にて素晴らしい戦闘力を魅せ、後者もまた、王家に伝わる秘奥の異能を有しているというのだから。
「だからよ、このままいけば」
悪神の使徒が能力を振るい続ければ。
その上で、王子らが生きていてくれたら、きっと両者を愛する国民たちも立ち上がって――、
「大、戦、争、だッ! 俺にとってッ、最高に愉しい未来が幕開けるッ! 悲鳴と絶叫と恐怖と汚辱と怒りと勇気と愛の力に満ち溢れた、『世界大戦』って輝く明日がやってくるーーッ! そしたら死ぬまで暇しねェよ!? 殺し合いで鍛え放題でッ、悲劇の中で生き残ったさらに素晴らしい敵がどんどん来るぞぉおーーーっ!」
「ッ」
ゆえに総帥は『虚無なるファビオライト』を手放す気など毛頭なかった。
このまま総てが燃えた灰色の地獄を目指し、餓狼の如く突き進むのみ。
それがあまりにも浅く悍ましい、ザクス・ロアの目的だった。
「で、どーだよラン爺?」
狂気の理想を語り尽くし、その上で逆に問いかける。
「ワクワク、するだろ?」
「――是非もなしッ!」
老いた修羅は片膝を突いた。
やはり、この組織に入ってよかったと。
目の前の狂った男を主君に据えてよかったと、心の底から歓喜しながら。
「この老骨と我が剣技。世界を薪に荼毘となるなら、まさに本望……ッ! このランゴウ、一生お供いたします」
「ハハっ、短い付き合いに終わりそうだな爺さん」
「その時は主殿も道連れにしましょうぞ」
「うおっ、下剋上宣言か!?」
地獄の未来を夢見て友誼を深める二人。
この場にまともな人間はいなかった。無論、ファビオライトもだ。
「俺はひたすら闘争を起こし続けるだけだ。カスの総帥が望むままにな」
彼に悪意など一切なかった。
総帥ザクスの命ずるままに。つまりは仕事の一環だからと、大戦争を起こしているに過ぎなかったのだ。
「ありがとよ。世界が荒れれば『地獄狼』も大儲けだ。血濡れ仕事も、戦乱に魅了された構成員希望者も、大量に入ってくる。これからもヒマしねェなぁ、ファビ?」
「ほどほどにしてほしいところだがな。……ところで、国王シュバールへの接待はどうした? きちんと篭絡してもらわねば困るぞ」
「あー」
ザクスは珍しく気のない返事をした。
ぼりぼりと頭を掻き、そして。
「死体野郎のヤツに、寝室に連れ込まれたよ。たぶん今頃は童貞喰われてるわ。あいつの性別知らずにな」
「「……そうか」」
静かに頷くファビオライトとランゴウ。
慈悲の心などない二人だが、それきり口を開くことはなかった。
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