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第二部:太陽の王子と魔獣の乱舞

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45:魔獣狂乱



「『五人の(ケダモノ)』?」



 問い返すわたしにシャキールくんが頷く。



「うむ。我がラグタイム公国を攻め落とした一万の兵――『地獄狼』の連中の中でも、特に凶悪な五人組がいた」


 ああ。



「前にアシュレイが言ってたわ。大幹部衆『五大狼』ってやつらがいるってね」



 悪名高き傭兵結社『地獄狼』。その中でもトップクラスの実力を持つ化け物たちらしい。



「全員が強力なギフト持ちだってね。そんな連中に攻め込まれるとか、なんというかご愁傷様ね……」


「ああ……奴らのせいで、都市は瞬く間に血の海となった。本当に忘れられぬわ……あの(おぞ)ましき外道共めが……!」



 そうしてシャキール王子は語り始めた。


 自国を壊滅に追い込んだ、最悪の狼のことを。




 ◆ ◇ ◆




「――何がどうなっているというのだッ!?」



 丘の上の宮殿にて。


 燃える街を見下ろし、シャキールは叫んだ。



「なぜ、なぜ王国の兵団が暴れているのだッ!?」



 それはまさに最悪の奇襲だった。


 この日、『同盟国・ストレイン王国』とは合同軍事演習を行う予定となっており、一万の兵が首都へと足を踏み入れた。


 そして、惨劇が幕開けた。



「王子ッ、お逃げくださいッ! 我らは完全に嵌められたのです! 敵兵団は民衆すらも容赦なく虐殺しながら、王宮へと向かってきていますっ!」


「くそッ!」



 兵士の言葉に憤るシャキール。



「ああ、よもやこのような外道な裏切りを受けるとは……!」


 まったくもって信じられない。

 かの王国には、仏頂面ながら優しき心と情熱を秘めた友・ヴァイス王子がいるというのに。

 一体あの国はどうしてしまったというのか。ほんの一月ほど前には交流パーティーもあったというのに。



「ヴァイス、そなたの国に何が起きている……!?」



 ラグタイム公国は砂漠に囲まれた陸の孤島である。

 そのため他国より侵略を受けづらい代わりに、新鮮な情報も手に入れづらい。


 ゆえにシャキールは知らなかった。


 革命により政権は歪み、最悪の結社『地獄狼』が国家の中枢に居座ってしまったという悲劇を。



「……シャキール王子、影武者の用意が出来ました。アナタ様は念のため下級兵士の装備を纏い、どうかお逃げを」


「ッ、ならん! この程度の窮地で王族が逃げてどうする!」



 首都に攻め込まれたのは致命的だ。

 されど敵は一万である。砂漠の国ゆえ小国に等しいラグタイムだが、それでも首都には十万ほどの兵が控えていた。



「全兵力を以てすれば撃退は可能である! 我は王族として彼らを信じて後方でだなッ」



 勇むシャキール。だが彼の口は、飛び込んできた兵士によって閉ざされることになる。



「――報告ッ! 敵の精鋭たちによって、すでに半数以上の兵士が戦闘不能! もはや全滅寸前ですっ!」


「ッ、なん、だと……!?」



 ……兵力の半壊。それすなわち、首都陥落も秒読みということに他ならない。

 まるで悪夢でも見ているようだった。



「そんな、馬鹿な……」



 呆然とシャキールは燃え上がる街を瞳に収める。


 ああ、既に視界に入る範囲では、絶叫を上げながら玩具のように殺し壊される民衆たちと、万の軍勢を率いて(たけ)る、悍ましき黒衣の餓狼共がいた。



「――ザクスの旦那に感謝だぜェッ! こいつら全員オレが喰ってもいいなんてよォオオーーーッ!」



 一匹目は、野獣の如き顔付きをした青年だ。


 鋭い犬歯を剥き出しとするや、その両手首から血潮が噴き出した。



異能(ギフト)解放、『その花びらに唇づけをグラトニック・ザオガー』――ッ!」



 流れ出た血が『双竜』となって咆哮を上げる。

 勢いよく放たれる鮮血竜。その牙が逃げまどう民衆を襲った瞬間、更なる怪異は巻き起こる。



「血を寄越せェェェエエエッ!」


「ぎゃぁあああああーーーーーッ!?」



 瞬く間に干乾びる民衆の肉体。代わりに鮮血竜がより強大な姿となったのだ。


 これぞ鮮血操作・および鮮血吸収能力。


 総帥ザクスお気に入りの戦闘狂、『吸血公ヴァンピード』の持つ殺人能力だった。


 そして、



「――ヴァンピードくん、独り占めはよくありませんなァ。どうか、わたくしめにもお任せを」



 二匹目は、柔和な笑みを湛えた紳士だった。


 完全に場違いな男である。ステッキを突き、整った髭を撫でながら歩く姿は、まるで社交場でも渡り歩くかのようだった。


 そんな隙だらけな紳士の様子に、公国兵たちは「お前だけでもッ!」と襲い掛かるが、しかし。



異能(ギフト)解放、『抑えきれない漆黒衝動アヴァリーチア・アメンテース』――!」



 瞬間、兵士たちは一瞬にして切り刻まれる。


 剣で裂かれたわけではない。彼らを死に追いやったのは、紳士の足元から刃となって飛び出した『影』だった。



「破壊不能の影はすなわち、不壊にして絶対の刃となる。諸君らの鎧も必死に鍛えた筋肉も、まるで無駄なのだなぁこれが」



 肉片となって散る兵士たち。


 護国のために死んだ彼らに、しかし紳士は「趣味ではないナぁ」と吐き捨てた。



「はぁ、やはり殺すなら女性に限るよ。小柄で、柔らかく、美しい……最初に殺した妻のような、ね」



 乾いた瞳で獲物を探す。


 彼こそは『切り裂きブルーノ』。何千という女性を嬉々として殺めてきた、結社屈指の殺人狂だった。


 そして、そして。



「――アタシ様、なんだか疲れてきちゃったぁ~☆ ねぇおじいちゃん、代わりに仕事して~~んっ♡」


「――(わし)に指図をするな、ゴミが」


「ゴミ!?」



 三匹、四匹と続いたのは、不自然なほど美しい少女と、両目の潰れた白髪の老人だった。


 少女と老人。紳士よりも輪をかけて戦場には場違いな二人組である。よって行動を起こす前に、多くの兵士が彼らを囲み、確実に殺さんとしたのだが――、



「おじいちゃんっ♡」


「ふん」



 瞬間、公国兵らの命は潰える。



異能(ギフト)解放、『絶し破戒せし堕天斬禍(マガツ・アラガミ)』」



 そして降り注ぐ『超重力』。

 老人を中心とした空間が歪み、先に斬り込んでいた兵士から順に、「ぐぴゅッ!?」と声にもならぬ悲鳴を上げて、地面の染みと化したのだ。



「嗚呼……所詮は乾いた土地。儂に刃を抜かせるほどの手合いもおらぬか」



 腰に差したる刀を撫で、極東の古強者『鬼人ランゴウ』は溜息を吐くのだった。


 なお、



「ってちょっとぉおおーーーっ!? アタシ様まで潰れちゃったんだけどぉ~~っ!?」



 ランゴウに縋りついていた女も、情け容赦なく圧死していた。


 豊かな肢体は完全に(ひしゃ)げ、頭部も爆ぜて脳を撒き散らした状態だった。


 だが、



「はっ、儂の異能は相手を選べぬ。それを忘れた貴様が悪いわ」


「あっ、おじいちゃん珍しく笑った!? かわい~~!♡」


「死ね」


「やっぱり酷い!?」



 女は、生きていた。死にながらも平然と老人を見上げ、会話していた。



「ま、別にいいけどねぇ~~☆ どうせ周囲に死体もいっぱいだしぃ」



 そして、少女はあまりに理想的すぎる美貌に笑みを浮かべると、



「異能解放、『ねむれずのよるルクスリアン・ハートレス』――❤」



 刹那、無数の女の肉片が少女目掛けて集まってきた。


 民族衣装を纏った彼女らは他でもない。この侵略戦争で散っていった、罪なき女子供たちだった。


 そんな憐れな亡骸たちを前に、少女は――否。



「あァ~~ンッ可愛い子たちぃ~~! 貴女たちの魅力的な『部位』を、どうかアタシ様に分けてねぇ~!♡」



 ――死体愛好家(ネクロフィリア)の元男、『おぞましきエルザフラン』は嬉々として笑い、皮膚や肉をえり好みして自身に組み込んでいくのだった。



「んー、日焼けした褐色肌はあんまり好みじゃないのよねぇ。あっそうだ、まだ白くてヤワヤワな赤ちゃんの皮膚集めて貼り付けちゃいましょ! ――はい、というわけで新生エルザフランちゃん完成DEATH(デス)ッ☆ ねぇヴァンピーちゃんにブルーノちゃん褒めてぇ~♡」


「きめぇんだよカマ野郎」「死んだほうがよろしいのでは?」


「二人とも酷いッッッ! えぇ~~ん何よこの職場ぁ~~っ!」



 どこか和気藹々とした雰囲気を出す彼ら。その足取りは恐ろしく軽かった。



「おいブルーノさんよォ、この変態ゾンビを切り裂きまくったら殺人衝動収まるんじゃねえの? 見てくれだけは無駄にイイしよぉ」


「はぁヴァンピードくん、確かにわたくしめは少女が好きだが、そもそも少女とは心が美しいから少女なのだよ? エルザフランくんはその点、(どぶ)の擬人化のようなものだから……」


「溝の擬人化ッッッ!? ぶっ殺すわよこの変態髭野郎ッ!」


「フッ……クク……ッ!」


「「「あ、ランゴウが笑い堪えてる!」」」


「黙れ」



 青年が、紳士が、少女が、老人が。


 あまりにも自然な調子で日常を楽しんでいた。


 この、血塗れの戦場という日常を。



「――なんなんだ、アイツらは……!?」



 その在り方が、彼らを見ていたシャキールには恐ろしくて堪らなかった。

 

 歩きながら民衆を殺す。

 話しながら兵士を殺す。

 笑いながら、道で泣いていた赤子を踏み殺す。

 

 まるで呼吸と同じように殺戮を行う(ケダモノ)たち。


 そんな彼らを前にして既に、シャキールの心からは抵抗しようという気力が失せていた。


 ――そして。



『連中には困ったものだな。仕事は無駄なくこなすべきだ』



 背筋が震えた。


 宮殿の丸屋根上より、くぐもった男の声が響いたからだ。


 次の瞬間、



『――異能(ギフト)解放、『闇、艶やかに終極へ至る《バニシング・エターエンド》』――』



 極大の黒が、爆光となって宮殿に大穴を開けた。



「うわぁあぁああぁっ!?」

「なっ、なにがッ!?」

「シャキール様ぁああああーーーッ!?」



 黒に飲まれる使用人たち。彼らの放った断末魔は、闇の光に喰われた途端にブツリ(・・・)と唐突に途切れていく。

 まるで存在しなくなったかのように……。シャキールは舞い上がった粉塵に咽せながら、得体の知れない恐怖を覚えた。


 かくしてやがて闇は収まり、天井の大穴より『仮面の男』が舞い降りる。



「無駄なく、卒なく、給料分だけ働くとしよう。さて、シャキールは……」



 仮面より覗く、血色の瞳が周囲を見渡す。

 そして。



「ああ、見つけたぞシャキール」



 目と目が合った。



「――しっ、痴れ者が! このシャキールに近づくでないぞっ!」



 シャキール……ではなく、彼を守るために用意された影武者とだ。


 何の罪もない、公国民の一人とだ。



「なっ、待てっ、その者は私では――!」


「おい()()()()ッ、さっさと逃げるぞ!」



 シャキールの言葉は遮られる。壮年の兵士によって強引に手を引かれ、やがて曲がり角に差したところで兵士用の装備とヘルムを渡された。



「この先の隠し通路にて、三十名ほどの兵を待機させております。彼らに紛れてお逃げください」


「おい待てッ、その気になれば私も戦うことが出来るぞ!? 知っているだろう、私の異能(ギフト)はっ」


「一人二人倒したところで状況はもう覆りませぬッ! ……ゆえに陛下、どうかお逃げを」


「ッ……!」



 もはや、討論している時間もなかった。


 混乱の中でもよく聞こえてくる。仮面の男の手により、次々と殺されていく臣下たちの絶叫が。

 その中に混じった野太い叫びと幼い悲鳴は、シャキールの父と弟たちのものだった。


 さらに、さらに。



「もぉーファビちゃんズルーい!☆ アタシ様たちにも、王族共をぶっ殺させなさぁ~い!♡」


「ファビちゃんではなくファビオライトと呼べ、(どぶ)が」


「だから何なのよアタシ様への評価は!?」



 ……宮殿門が破砕される音と、狂気の獣たちが踏み込んでくる(あしおと)


 

 ――『吸血公ヴァンピード』

 

 ――『切り裂きブルーノ』

 

 ――『鬼人ランゴウ』

 

 ――『おぞましきエルザフラン』

 

 ――そして、『虚無なるファビオライト』

 

 

 ラグタイム公国が心臓部に、『五大狼』が集結してしまったのだった。

 

 

「……シャキール様、私は戻ります。せめて数秒間だけでも、ヤツらの足を食い止めねば」


「な、おい待てそなた! そんな真似をすれば、確実にそなたは!」


「貴方様に付けたお供の中には、我が不肖の息子・アクナディンがおります。どうか、愛してやってくださいませ」


「っ……そなた……!」



 かくして駆けていく兵士を、もはやシャキールは止めなかった。

 ただ心中で『わかった』と告げ、逃走経路へ向かっていった。


 それからのことはもう覚えていない。



「うおおおおおおおおおーーーッ!」



 途中、吹き飛んできた瓦礫の飛礫に打たれようが、出くわした『地獄狼』の強壮な兵らによって滅多切りにされようが、駆けて、駆けて、駆け続けた。


 そして首都を脱出する間際、いよいよ意識が眩んできたところで、



「――乗りぃや、兄さんたち。アンタらを極楽に連れてったるわ」



 シャキールたちは、奴隷商のキノコ頭に捕まったのだった。



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― 新着の感想 ―
五大狼の2人がすでに主人公に執着しそうなフラグビンビン
>「一人二人倒したところで状況はもう覆りませぬッ! ……ゆえに陛下、どうかお逃げを」 王子だから陛下じゃなく殿下ですかネェ
[一言] まんじ先生、五大狼だけど誰が一番強いの? よく物語だと、一番最初の刺客を倒しても『自分以外の五大狼は更に強い』とか言ったりするけど強さのランキングはどう考えてますか。」
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