131:ねむれずのよる
「死んだと思われた『セルケト・ディムナ』――彼こそが、真犯人だ!」
辿り着いた真実。刻限に向かう中での、救国の一手。
だけど告げた直後に、舞台の主役はその場に崩れ落ちた。「ちくしょうっ……!」と呻きながら、血濡れた床に両手をついた。
「そ――そんな馬鹿な話があるかよッ! セルケト先輩がハイネくんを嵌めて、ストレイン王国を壊そうとしてる犯人だなんてふざけんなッ! ……なのに何度考え直してもっ、彼が犯人としか考えられないんだよぉ……!」
彼は、謎を解いた自分自身に怒っているようだった。
喚きながら床を叩く。何度も、何度も。広がった偽物の血に、己の血が流れだすまで。
「セルケト先輩は法務科のトップだぞ……!? ほ、法は、国を護る正義の概念で……!」
「そうね」
でも、
「法を扱う人間が、全て善人とは限らないわよ」
「ッ……!」
ジャックくんは歯を食いしばり、そして。
「ちく、しょぉぉぉ……!」
やがて血の海に、沈むように突っ伏したのだった。
「――何事でござるか!」
と、そこで。廊下から複数人の駆けてくる音が響いた。
ああ、ちょうどタイムリミットだったみたいね。
「っ、風紀警備隊員が倒れていると聞いて駆けつければ……貴様らでござるか!」
現れたのは『アリスフィア統合生徒会』が副会長、カザネ・ライキリ。そして、
「ちょっとちょっとレイテちゃんたちぃ~? 殺人現場で何かしてるのは、色々アウトなんじゃない?」
「皆様方、いったいなにを……?」
広報のコルベール・カモミールに、庶務のハロルド・シンプソンがやってきた。
となれば。
「――ほう」
最後に、金髪の美丈夫が現れる。彼は彫像のごとき長身より、静かにわたしたちを見下ろした。
「――ざわめく夜だと思っていたが、よもや血の湖畔で、啼哭鳥が鳴いているとはな」
「意味わかんないこと言ってんじゃないわよ」
この学園の実質的な帝王、統合生徒会長セラフィム・フォン・ルクレール。
彼までもが姿を出したことで、『アリスフィア統合生徒会』メンバーが勢ぞろいしたのだった。
さらには「なんだどうした!?」「警備隊が倒れてたんだってよ!」「噂では『ジャックさん』が堕とした変態メス化奴隷メイド(※元王族)の一人にやらせたとか……!」と、騒がしい声と複数の足音までもが響いてくる。
一般生徒たちが集まり始めたのだ。もはや、真犯人を立証しない限り、わたしたちに逃れるすべはなくなった。
「はっ、化けの皮を剥がしたなぁ貴様ら!」
そんな状況の中、カザネが憎々しげにわたしたちを見下ろす。
「皆の衆、見るがいい! 同胞たるセルケトの眠る場を踏み荒らしたコヤツらの諸行を!」
入口に集まった野次馬たちを煽る。「証拠の隠滅でもしようとしていたのだろうッ! なんたる邪悪ッ!」と、わたしたちを悪党に貶めていく。
「なにせレイテにジャック、貴様らストレイン王国民であったからなぁ……!?」
大臣の子、ハイネ・フィガロの罪が確定しては拙い。そう思って貴様らは――と、カザネは勝手な理屈を並べて、形の良い唇を嘲笑にゆがめた。
……だが。
「……なよ。……ざけるなよ……」
「む……?」
ジャックくんは、カザネのほうをまったく見ない。
血の海に膝をついたまま、嘲りを一切無視していた。その様子にカザネが青筋を立てる。
「っ、貴様ッ!」
「やめなさいよカザネ。今のジャックくんに絡むのは」
「えぇい止めるなレイテ・ハンガリアッ! 殺人鬼のガキの屑に愚弄されて、このカザネが黙ってられるか!」
立腹するカザネ。かくして彼が、「おい屑ッ、こっちを向け!」とジャックくんの胸倉に手を伸ばそうとした――その瞬間、
「黙れ」
ばぎり、という乾いた音が暗夜に響いた。
ジャックくんが、カザネの指先を軽く手に取るや、逆方向に折り曲げたのだ……!
「ッ、ぎゃぁあああああああーーーッ!? ききッ、きさまァッ!?」
カザネの表情が一気に怒りに染まる。彼は片手の袖口から極小の針を出した。
「殺してやるッ! 異能発動ッ、『一寸――」
カザネの異能『一寸法刃』。その能力は〝太刀のサイズ変更〟。あの針の正体も太刀で、それを振るってジャックくんを斬ろうという算段だろうけど、でも。
「うるせえな……」
「――あ、れ? なぜ貴様が、針、を」
刹那の一瞬。針は袖口から手に渡る間に、気付けばジャックくんによって奪られていた。
そして。
「そんなに針を刺すのが好きなら」
ジャックくんはカザネの無事なほうの手首を取ると、ぷつり、と。
「テメェの臓器で飲んでろよ、屑が」
その血管に、正確に針を刺して流したのだった。
「あっ――ぎゃあああああああああーーーーーーーーーーーーーー!?」
瞬間、カザネ・ライキリの顔が怒りの赤から恐怖の青に変貌する。
彼は「じぬううッ!? じぬうううううーーーーーッ!」と喚いて地べたを転がった。そうして片手で手首を必死に掻き毟ろうとするも、それは叶わない。
だって彼の片手の指は、先んじてジャックくんが折っていたのだから。カザネはそれに気付くと、最後に顔を絶望の白に染めて、泡を噴いて失神するのだった。
「……ああ、どいつもこいつも、踊らされやがって……」
ジャックくんは倒れたカザネの腕を蹴った。
すると意味不明なことに、ざん、という裁断音が響き、カザネの白い腕が深く斬れた。
「僕を含めて、本当に腹が立つ」
肌より噴き出す鮮血と針。ジャックくんはそれらを冷たく見下ろした後、恐怖に固まっている野次馬たちを、それから生徒会の者たちを見て、告げた。
「まず最初に言っておく。真犯人は、セルケト・ディムナだ」
『――!?』
ありえないッ、というどよめきが野次馬たちより広がった。
続いて「先輩を貶めるな外道!」「馬鹿なことを言うな!」「おまえが一番怪しいんじゃないのか!?」という罵声も。
だけどジャックくんはもう戸惑わない。
「黙って聞けよ」
『!?!?』
鮮血と、苦悶の息が零れた。罵声を放っていた者たちの舌先。その先端がわずかに裂け、痛みで無理やりに黙らされたのだ。
明らかに異能使用による攻撃。悪行。けどジャックくんは、もはや風評などどうでもいいという風体だった。
前髪から覗く彼の瞳は、どこまでも涼やかで、何も映していなかった。
「はぁ……ジャックくん、いいわけ? 今のアナタ、だいぶ滅茶苦茶やってるわよ?」
「ええ、構いませんよ。……明日ちょっぴり後悔するかもですけど、今は、とても、暴れたい気分だ」
彼はこちらを振り向き、薄く微笑んだ。
「ふふ……思えばレイテ様は、最初から道を示してくれてたんですね……。単に〝悪党扱いが嫌だから〟善人に思われたかった僕と違った。レイテ様は〝そのほうが気持ちいいから〟、悪党扱いを求めていた」
気付けば『影』が揺らめいていた。
月明かりの下、惨劇の場に伸びたジャックくんの暗翳が、ざわ、ざわ、と。まるで身をかがめた狼のように。
「誰よりも何よりも国よりも、レイテ様は自分の魂を喜ばせ、救おうとしていた。あぁ、そうだ……僕もかくあるべきだったんだ。『罪人の家族や前科者を救う』――なんてお題目の前に、僕は、僕自身を救うべきだったんだ……! 無駄に苦しむ必要なんてなかったんだ……ッ!」
かつて無様に嬲られていた彼。おどおどと震えてみんなに笑われていた男の子。
でも、もうそんな弱々しい姿はどこにもなかった。彼は、『殺人鬼の子』は、そっと部屋の壁に手を当てる。すると、
「だって僕には、父さんから受け継いだ力があるのだから――!」
瞬間、周囲一帯が斬滅した。床だけを残して、壁が、天井が、上階が隣室が全て細かなブロック片となって砕け散った。
生徒たちの悲鳴が響く中、夜風がぶわっと吹き込んでくる。わたしたちの視界に大きな満月と、学園の広大な敷地が露わとなる。
ああ、もう本当に滅茶苦茶ね。でも、いいじゃない。
「それでどうするの、探偵くん?」
「決まっているでしょう……!」
彼は、ニィッと微笑んだ。
それは弱々しい笑みなんかじゃない。最近どこかで見たような凄惨な笑み――そう、エックス・ロアが浮かべていたような、獲物を狙う『狼』の口元だ。
「真犯人を晒し上げてやるッ。そのためにも、エリィ――!」
「!」
ジャックくんが必要としたのは、わたしの従者たる『おぞましきエルザフラン』だった。
「僕の推理が正しければ、ヤツは学園周辺内にまだいるはずだ。そしてこの学園は、『戦士ヒュプノス』が戦い果てた礼堂を中心とした場所。つまり」
「ハッ――つまりここらは戦場跡! 死体は眠り放題なわけかよ!」
意図を察したエルザフランが、全身に異能の光を滾らせた。
「いいぜぇお坊ちゃん。今のアンタは懐かしくってとてもイイ。それにオレは元々、頭を下げたアンタにお嬢が貸した猟犬だ。ならばッ」
おぞましき薄紫の湮光。それは急速に周辺空間へと溢れ、溢れ、溢れ続け、やがて学園を中心とした地域一帯を呑み込んでいき、そして。
「尻尾振って従ってやんよォ! 異能全力解放ッ、『ねむれずのよる』――!」
そして――かつてハンガリア領を襲った最悪の光景が再現される。
死後の安寧を凌辱せしめる禁断の力。学園一帯の土壌が蠢く。震え、叩かれ、一斉に土を舞いあげて、やがて地上を蝕むように、白骨の腕が這い出して――、
「物量勝負で、一切合切カタぁつけてやろうや……!」
『――ガァァァァァアアアアアアアアアアーーーーーーーッッッ!』
骨鳴らす音を咆哮のごとく響かせて、『死体の軍勢』が学園を覆い尽くした。
次回、四章最終回




