127:弱き宣誓
そのときだ。屋上までの階段を上る音と共に、「さて、レイテ様はどちらへ……」と声がしてきた。生徒会庶務のハロルド先輩のものだ。
「あら、何の用かしら~?」
「ああ、やはりこちらでしたかレイテ様――」
屋上に続く扉を開け、顔を出すハロルド先輩。そうしてわたしと目が合ったところで、
「わッ、わああああああああーーーーッ!? レイテ様が『ジャックさん』にレイプされているッ!?」
「ってしてませんよ!?」
あぁ、そういえば彼に乗られたような体勢だったわね。忘れてたわ。
◆ ◇ ◆
「事件のあと、ハイネ・フィガロのことを『ジャックさん』が庇ったと聞きまして」
「その『ジャックさん』って呼ぶのやめてくれません!?」
「あ、そうですか? そう呼ばないとレイプされると聞きまして……」
「しませんよっ!」
ひと悶着の末、わたしたちはハロルド先輩の案内で、学園の端に向かっていた。
校舎を離れるほどに雰囲気が変わる。生徒たちの放つ雑多な音は消え、足元の石畳が放つ靴音だけが、嫌に響くようになっていく。
それは、今向かっている場所が関係しているのだろう。
「『風紀警備隊』の本部はもうすぐです。ジャックくんが容疑者ハイネと話せるよう、彼らにアポを取っておきました」
「ハロルド先輩……」
「私には事件の真相はわかりません。ですが、あの子が犯人にしろそうでないにしろ、会話は必要だと思いましたからね」
ふふ、と優しく微笑むハロルド先輩。事件後の場には駆け付けなかった彼だが、実は殺人事件に不安がる生徒たちの心のケアに回っていたそうだ。
また、他の生徒会メンバーと違って、ハイネのことを容疑者としては扱っても、執拗に責めたてるわけでもなかった。
「カザネ様の説得には少々骨が折れましたがね。元々怖い人ですが、彼もまたセルケト様の死にショックを受けておいででしたので」
「ふぅん。あのお姫様、そんなタマには見えないけどね?」
「タマとか本人の前で言わないほうがいいですよ? あの人、女性扱いと下品な言葉がすごく嫌いですので」
「そういうところが姫なのよ」
そうこう話しながら歩いていると、灰色の壁の洋館に辿り着いた。
ここが『風紀警備隊』の本部らしい。内部は各国の衛兵詰め所を参考とした本格的なもので、カザネも言っていたように牢もあるという。
軍務科がある学園だもの。将来、衛兵関係の職に就く生徒が即戦力となるよう、仕事場を再現しているわけね。
「――ちっ。来たか極悪コンビ」
屋敷を眺めていた時だ。忌々しげな声と共に、警備隊長のカザネが玄関から顔を出した。
……って、極悪コンビですって!?
「ア、アナタ今、わたしを指して、極悪って……!?」
「ふんっ、そうでござる。他の生徒共は貴様を『聖女』と呼ぶが、拙者は違うぞ。貴様のように男に噛み付いて無茶苦茶なことをしてくる女は」
「ありがとおおおおおおおおおおーーー! アンタ見る目あるわよねぇ~~~!」
「おわぁっ!?」
わたしが接近して手を取ると、カザネはめちゃくちゃビクビクした。ってなによ。
「一回消滅させたこと、まだビビってるの?」
「ぐっ、それもそう、だがっ……えぇい放せ貴様ぁっ!」
振りほどかれちゃった。なによ、極悪令嬢レイテ様が極悪感謝して極悪握手してあげたのに。ぶーぶー。
「ふふ、カザネ様は結構恥ずかしがり屋さんなのですよ」
「ぬっ、ハロルド貴様!?」
「特に異性に触れられるのは慣れていないんですよね?」
「えぇい黙れ黙れーッ!」
喚くカザネと「失礼しました」と言いながらも微笑んでいるハロルド先輩。情け容赦ない姫男子も、仲間内では可愛がられているのかもしれない。セルケト先輩の死にショックを受けていたって話も、頷けるかも。
「てか異性慣れしてない恥ずかしがり屋とか、またお姫様みたいな設定でてきたわね……」
「姫言うなっ。……それで、ジャック・シャルワールよ」
カザネがジャックくんのほうを睨む。視線を受けた彼は「は、はひ!」と情けない声で答えた。
やれやれね。アンタ実は強いんだからしゃきっとしなさいよ。
「容疑者と話したいのだったか。はぁ、まったく。自身を虐げていた者を庇い気遣うとは、まるで理解できんな」
「あはは、ですよね……。でも僕、彼は罪を犯していないと信じてますので」
「むっ」
「真に罪が確定するまでは、法務科の末席として、足掻かせてもらいますよ」
弱々しくもそう言い切るジャックくん。彼の言葉に、カザネはしばし黙ったあと鼻を鳴らし、「好きにしろ」と言い残すのだった。
「五分だけだ。他の者には黙っているゆえ、さっさと睦言を済ますがいい」
◆ ◇ ◆
「――すまない……すまないジャックくん……!」
「ハイネくん……」
警備隊の副隊長、ナナシって人に案内されたわたしたちは、館の地下に案内された。
古い煉瓦造りの壁に饐えた土の匂いが染みついた空間。まさに牢獄という場所に、ハイネ・フィガロは囚われていた。
「はは、は……笑えるだろう……? 殺人容疑で疑われたとき、誰もボクを庇ってはくれなかった。新入生の中で法務科のトップなのに……親は法務大臣なのに……」
冷たい石床にへたり込んだハイネ。その姿にはもう、高慢に振る舞っていた時の面影はなかった。
……ハロルド先輩が話す機会を設けてくれたのも頷ける。このままじゃこの子は、きっと心が砕けてしまうわね。
「よくわかったよ……成績とか、親とか、そういうのは関係ないんだと。それらがどんな良かろうが、自分自身がよい人でなければ、誰も信頼してくれないんだ……!」
どれだけ泣き腫らしたのだろうか。乾いた涙が尾を引く瞳で、ジャックくんのことを縋るように見つめていた。
「なのに、ジャックくん……キミだけは、ボクを……!」
「まぁね。僕、ハイネくんのことを尊敬しているからさ」
ジャックくんは労わるように微笑んだ。彼は語る。
「ハイネくんはまぁ、人に好かれるような子じゃないけどさ」
「う……」
「でも、キミがしてきた努力は本物だ。よほどいっぱい勉強しないと、生徒会に見初められるようにはならないよ。それに」
彼はしゃがむと、ハイネとまっすぐに視線を合わせた。
「僕は必ず、犯罪関係者に優しい法を世に広める。そのときキミには、対抗してほしいんだ」
「なっ、なに……!?」
まさかの一言。これには傍観していたわたしも驚いてしまう。
「いやジャックくん、対抗してほしいってなんなのよ? アナタの掲げた案って、たしか……」
「犯罪者の家族と、出所後の元犯罪者を支援するような内容ですね。匿名化とか職業斡旋とか」
入学した日、彼は叫ぶように語っていた。
自身が『殺人鬼の子』であるがゆえ、犯罪者家族の辛さはよくわかる。せめて迫害されづらくなるようにしたいと。
そして罪を犯した者が二度と家族や周囲を不幸にしないよう、立ち上がらせるための支援が欲しいと。
「……そうよ。ただでさえ世間から反発されまくるでしょうに、敵を求めてどうするわけ?」
「だからこそいいんですよ」
わたしとハイネが困惑する中、彼はきっぱりと言い切った。
「僕の案に対する反発。それもまた正義の叫びだと思います。きっと犯罪に遭われた方の多くが、僕に怒りを向けるでしょう。憎しみをぶつけたいと思うでしょう。ゆえにこそ――」
彼は前髪から覗く眼差しで、ハイネを見つめた。
「ハイネくん。キミが彼らの想いを纏めて、決議の場で僕にぶつけてくれよ」
「……!」
「僕、その上で考えてみるからさ。罪を犯した人もその関係者も、そして罪なき人もみんな納得できるような道を」
――そのためにも、キミをどうにか助けてみせるよ。
そんな弱々しくも強い彼の宣言に、孤立無援だった容疑者は顔を抑え、「ありがとう……」と濡れた声で呟くのだった。




