126:殺人鬼の才
「僕……何もできませんでした……」
ハイネの連行後。わたしとジャックくんは学園の屋上にいた。彼は呆然と校庭を見ながら、嘆き呟く。
「ハイネくんのこと助けたかったのに……彼は絶対に犯人じゃないのに……!」
「どうしてそう言えるの?」
二つの意味で気になるところだわ。
「わたしが学園に来た日、ジャックくんはハイネから酷いいじめを受けていた。あんたボロカスにされてたじゃないの」
「……そうですね」
彼は自嘲気味な声音で答えた。レイテ様とはお恥ずかしい出会いをしてしまいました、と。
「じゃあどうしてよ。そんなことをしてきた相手を、なぜ助けたいなんて言えるわけ? 殺人事件なんて起こさないと断言できるの?」
「決まっています」
強く頷き、彼は言う。
「ハイネくんは、正義の人だからです」
「……正義……?」
散々酷い目に遭わされて、馬鹿にされておいて?
「僕が言うのもなんですが……たしかに彼は行き過ぎたところがあります。コルベール先輩に手酷く言われていたのも頷ける。善良な人とは言えないでしょう」
「わからないわね。善良な人と正義の人は違うわけ?」
「はい。ハイネくんは善良ではなく、周囲が疎んでも仕方ありません。だけど彼が法の世界にいれば、必ずや国家の治安を守ってくれると、僕は信じている」
……たしかに、ハイネは一年生の中でも法務科のトップだったわね。生徒会から声がかけられるほどに。
仮想世界大戦においても、あの子は弾圧気味で民衆から嫌われながらも、安定した治世を築いていた。
プレイヤー――人気商売である国王ではなく、その補佐にして容赦のなさが求められる法務大臣の立場だったら、国を回すのにちょうどいいかもしれない。
「彼が僕を追い詰め、学園から追い出したがってたのだって、ストレイン王国のことを考えてのことです。『国勢が乱れている今、殺人鬼の子のような周囲を不安がらせる者を、国の中枢に入れるわけにはいかない』――悔しいけど、それは正論だ。実際、今のストレイン王国は危うい」
「……そうね」
第二王子シュバールによる反逆。玉座の賤陋。縁としたのは世界的凶悪結社『地獄狼』で、案の定シュバールは『地獄狼』を御しきれず、同盟国『ラグタイム公国』を侵略して大虐殺する暴走を起こさせ、それでついこの前にようやく正統後継者が玉座についたけど、政治は乱れきっていて――はは。
「突くならベストタイミングね」
「えっ?」
「ジャックくん。あのハイネって子が犯人じゃないってのは同意見よ」
だって、
「これは間違いなく、『地獄狼』残党によるものだもの」
「っ――!?」
ジャックくんは息を呑んだ。まぁそうなるか。だってこちらが探していた立場なのに、向こうから牙を向いてきたことになるんだものね。
狩人と獲物の関係が、逆転した。
「そんな……相手は学園で成り上がるために、大人しくしてるはずだって……」
「そうね。狼は狡猾に森に潜むものよ。けれど、目の前に血の滴る肉があれば、堪らず喰い付くのも狼なの」
それが今の状況だ。
ストレイン王国はまだまだ不安定。
ストレイン王国の新大臣の子は嫌われがち。
ならばどうする? 決まっている。
「新大臣の子――ハイネ・フィガロに大事件を起こさせたことにして、この学園から王国を潰してやろうってハラなのよ……!」
「えぇっ……!?」
それが『地獄狼』残党の思惑。人を殺し、その上で冤罪で他者を害するという、まさに『人狼』の諸行ね。
「実際、犯人の思惑通りとなってしまったわ。ハイネが性格よければそもそも疑われることもなかったでしょうに、嫌われ無双で破滅寸前よ。うらやまし~」
「って羨ましがらないでくださいよレイテ様ッ! まだ悪役に憧れてんですが!?」
「当たり前でしょッ! 世界中から嫌われまくるハイパー極悪女王になって、好き勝手して破滅するのがわたしの人生プランよッ!」
「クッ、クソ人生!」
「なんだとこのガキッ!?」
きえッ~~レイテ様を馬鹿にしたわね!
「殺してやる!!!」
「いまシャレになりませんよそれッ!?」
「シャレじゃなくてガチじゃあああ~~~~!」
「ひええええ!?」
一つ試してみましょうか――。わたしは瞬間的に『眼』の制限を解くと、空気と空間とジャックくんという〝存在の脆弱点〟を見切り、拳を放った。
「ちょっと本気で死になさい」
「ッ――!」
加速するわたしの拳。かつて概念的な〝闇〟を砕き、ザクス・ロアを殺害直前に追いやった一撃を放つ。
ソレは刹那の内に物理法則を越えて超高速となり、ジャックくんを死に至らしめ――、
「あぶッ、ないァッ!」
「!?」
死に至らしめ、なかった。
一瞬の〝暗殺術〟がわたしを襲う。こちらが拳を伸ばそうとした時には、死角たる足元にて、彼の足先がわたしの距骨下関節に絡んでいた。拳を放つと同時に、下肢において蹴るよりも速い収縮の動き――すなわち引き足を行われ、わたしの足が引き倒される。背面へ転倒しそうになり、放った拳は軌道を乱す。ジャックくんもまた瞬間的にわたしの肘を睨み、打ち出されるポイントを回避。そのまま覆い被さるように接近し、貫き手を放って――ッ!
「っ、とと。倒れちゃいますよ、レイテ様……!」
「ッ……」
彼の手は、わたしの心臓――ではなく背面に伸びて、まるでバレエの傾寄姿勢がごとく、背中を支えてくれた。
「まったく、レイテ様は何を」
「……合格よ、弟子」
「え」
「アンタ、実はめちゃくちゃ強いでしょ」
「っ……!」
わたしが言うと、彼はまるで痴態を見られたように頬を染め、咄嗟に手を放してきた! わたしは堪らず屋上に倒れ込んでしまう!
「っていだーいっ! ぎゃーっ、ジャックくんにやられた~~!」
「あっ、す、すみませんつい!?」
「〝つい〟でレディになんてことすんのよっ!」
慌てて手を伸ばしてくる彼。
わたしは倒れ込んだまま、その手の細くしなやかな指を見た。
爪は異様に薄くて血色を放ち、下の肉もまた先端に行くほど急に傾斜が傾き、まるで彫刻刀のようで……。
「……自覚あるでしょ、アンタ。どんなに恥じらっても、身体は『殺人鬼仕様』だって」
「ぅ……」
「変態執事の唾攻撃を避ける反射神経だけなら、まだ笑えた。でもアンタ、さっきの回避から手を伸ばすまでの動きも、全部自然とこなしたでしょ? あそこでまでいけばもう呪いね」
断言する。もしも一瞬、彼が腕を逸らし損ねたら、わたしは心臓を抉られて死んでいた。
「アナタはぎりぎりで肉体のコントロールを取り戻したはず。最初から助ける意思があるんなら、貫き手で放ってくるわけないでしょ」
「……レイテ様は、いつから僕の才能に気付いて……?」
「最初からよ」
――わたしの瞳は、当人の極まった才覚を見抜く。
「特記才覚:『無音暗殺術』。アンタの中の黒々とした才能が、わたしの目には見えるのよ」
「なっ、まさか魂魄干渉系の能力……!?」
彼は異様に驚いてみせた。あぁ、そっか。この力って実は、ハイネの転移系以上にレアなんだっけ。
「魂に触れられる者は本来、輪廻を廻す『女神アリスフィア』に限る……だっけ。だから物質干渉系や空間とか概念干渉系以上に、精神や魂魄に関わる能力はレアだそうね」
亡国の王子――シャキールくんの『魂眠らせる異能』が、王家の秘蔵物とされていたのも頷ける。
そういえば彼以外の能力者は、みんな物質を操ったりする系だったなぁと。田舎者だから全然知らなかったわ……。
「……それでレイテ様、何が目的なんですか……」
「ん?」
「ぼっ、僕の恥を! 殺人鬼の親、『切り裂きブルーノ』から受け継いだ才を暴いて、何が楽しいんですかっ!? こんな恐ろしい力があったところで……っ」
「あってよかったじゃないの、馬鹿弟子」
「えっ」
意識の隙。それを彼を見せた瞬間に、伸ばしていた手をひっぱってやる。するとジャックくんは「うわっ!?」という情けない声と共に、わたしに覆い被さるよう膝をついてきた。すぐ近くまで来た彼の頭を、わしわし~っと撫でてやる。
「ちょちょっ、レイテさまぁ……!?」
「アナタは恐ろしい力を持っている。でもだからこそ、事件の裏に潜んだ『地獄狼』残党に立ち向かえるんじゃないの?」
「――!」
親がどうとか関係ないわ。恥ですって? ホント、馬鹿じゃないの。
「殺人鬼の才を継ぐアナタなら、この事件に散らばった細かな違和感の破片に気付けるかもしれない。そうして犯人を突き止めたとき――」
「……この手で、ぶっ飛ばせるかもしれない……!?」
「そうよ、わかってきたじゃない」
もう一度頭を撫でてやる。
ありがたく思いなさい。少し遅れたけど、仮想世界大戦で大暴れして助けてくれた褒美よ。
「ハイネって子を助けたいんでしょ? アナタ自身がそう吼えたんでしょ? だったらこの殺人事件、ジャックくんが主導で解いてみなさい」
「僕、が……!」
「ええ。そうして成果を出せた暁には」
わたしは彼へと優しく微笑む。
「レイテ様の『極悪ハンガリア軍団』に加えてあげるわ」
「いや入りたくないですよっ!?」
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【ヴァイスくんへのお手紙】
レイテ「上に乗った弟子をなでなでしてあげました」
ヴァイスくんさん「!!!!!!!!?????????!?!?!?!?!?!?」
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