120:死神の跫
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「異能解放ッ、『一寸法刃』!」
鉄と血と肉の中、カザネ・ライキリは乱れ舞った。
四方八方に針を投げるや、それらは中空で大業物へと変貌。迫る敵兵を貫いていく。
さらに指の隙間に針を持って突撃すると、手の内で複数本の打ち刀に変え、爪のように振るって斬殺の限りを尽くした。
だが。
『フォオオオオオオーーーーッ! レイテ様に触れさせるかァアアアーーーッ!』
「ちぃッ、キリがないでござる……!」
聖女レイテを奥に据えた『ハンガリア王国』のNPCたちは怯まない。
彼らはカザネの兵らと違う。好感度は驚異のカンストクラス。目の前で仲間が死のうが自身の手足が千切れようが心臓が止まろうが、脳死する最後の一瞬まで暴走的突撃を繰り広げていた。その士気の違いに、カザネや配下の鎧武者たちは王国にまったく近寄れない。
『もっ、もうダメだぁーーーッ!?』
「あぁクソッ、逃げるなでござる!」
さらには逃亡者まで出る始末。
カザネの周囲を固める者らは、彼じきじきに指導したカザネ国の兵士たち。その練度は圧倒的に高い反面、二十年以上に渡って、限界を超えた練兵と恐怖政治により苛め抜かれた者たちである。
その好感度は、当然ながらゼロに等しかった。危険が迫れば躊躇なく踵を返して逃げていく。
「ふん、使えない連中め。だが」
カザネとて愚かではない。こうなることも予見していた。
「奥の手でござる。異能――遠隔発動」
彼は素早く剣印を斬ると、背中を向けた兵の一人が、全身から刀を生やして絶命した――!
『!?』
「貴様らの兵量に、極小の刀を混ぜておいた」
『!?!?』
敵を斬りながらカザネは告げる。白い頬を血の朱に染めて、逃亡者たちへと宣言する。
「敵は殺す。だが逃げる味方は、もっと殺すッ! これより拙者より下がる者は、針鼠となって朽ちると思えぇぇえーーーーッ!」
カザネの叫びに兵士たちは絶望した。
そう聞いたら、もはや彼らに逃げる手立てはなくなってしまう。
これぞ悪魔の選択肢か。このまま戦えば死――だが逃亡すれば確実な死を迎えるとなれば、もう前を向くしかない。
『う、うわああああああああああああーーーーーーーーーッッッ!』
かくして勢いを取り戻す武者軍団。彼らは狂乱の泣き顔で再び踵を返すと、死に物狂いでハンガリア王国軍に立ち向かった。
物理的背水の陣である。死中に活を求めるしかない勢いは、皮肉にも戦況を徐々に押し返していく。彼らを死から遠ざけていく。
「ふははははっ、いいでござるぞ! その調子だ!」
地獄を造りながらカザネは笑った。笑いながら血の雨を降らせた。
薔薇の美貌を綻ばせながら、味方も敵も苦しめる。その様はまさに『士狂いの国』が上位者の証であった。
「さぁ、この調子で進軍をッ――」
血臭に酔いながら突き進むカザネ。が、しかし。だからこそ彼は気付かない。前を向く限りわからない。
『――ヒャッハァアアアアアーーーーッ!』
「!?!?!?」
死の咆哮が、彼の背後から響き渡った。
◆ ◇ ◆
「――押しているな、カザネは」
「ですねぇ会長」
後方にて。生徒会長セラフィムの言葉に、ハイネはすっかり生徒会気分で答えた。
彼はここまで上手くやってきた。レイテには及ばずとも、国家運営は上々。連合を組むと決まった後も、完璧な練兵を終えて兵士NPCを貸し出した。
まさに優等生である。生徒会長を最善とするなら、ハイネの手腕は〝次善〟といったところか。
自信ありげな態度も納得である。多少遊びがなさすぎるせいでNPCの好感度は不足がちながらも、彼の腕前に大きな瑕疵は見当たらなかった。
〝ふふ。正直言えば、このまま聖女様に負けてもいい。ボクは十分に価値を示した〟
内心でほくそ笑むハイネ。
このままいけば生徒会入りは間違いなしだろう。彼は自分でもそう思っていた。
「――ところで、だが」
そこで。ふと生徒会長が、溜めを作って問いかけた。
「――あのジャックという少年は、どうしている?」
「っ!?」
急な質問にハイネは驚いた。カザネや兵士らの激戦を前に、なぜあの男の名が出るのかと。
「ジャ、ジャックですか? ふんっ……あいつならとっくに投了したんじゃないです?」
「――いや、それはない」
セラフィムは強く言い切った。あの劣悪な悪党が、まだこの世界にいることを。
「えっ……?」
「――理由は二つある。まず一つは、投了にしろ誰かが世界から消えたら、進行役がアナウンスするルールになっているからだ。それがない時点で彼は残存している」
そして、と。セラフィムは無駄に言葉を切り、ハイネに告げた。
「――彼は、『聖女』レイテが弟子にした男だというではないか。そんな者が何もなさずに消えるというのか?」
「ッ!?」
目を見開くハイネ。それから瞬間的に顔を赤くし、「違いますッ!」と叫んだ。
「――違う? 何がだ?」
「ジャ、ジャックのやつが、レイテ様の弟子になったという件ですッ! それはたしかに、彼女もそう言いましたが……でもそれは、才能を見込んだからとかじゃあなく、〝どうしようもない悪党を改心させてやろう〟という、優しさゆえのそういう方向の弟子で……っ!」
ハイネの声音は嫉妬と嫌悪感に震えていた。
半ば自分に言い聞かせるよう「ジャックは聖女に憐れまれているだけですっ」と吠える。
だって、ありえないではないか。
「ぁ、あんな劣等で歪んだ『殺人鬼の子』が、聖女の弟子などあってはならない……! もしもレイテ様が見込むとしたらっ、それはボクであるべきでしょう!? そうですよねぇ!?」
「――ふむ。俺に叫ばれても、な」
「っ……す、すみません。生徒会長様に対し、礼を欠いておりました」
慇懃なほど腰を折るハイネ。だが、自身の膝に向いた口元では、「ありえない……あんな男が……」と不満の呟きを溢れさせ続けていた。
「あはは~、ハイネちゃんはよっぽど彼が嫌いなんだねぇ~?」
「オイオイダメだぜぇーハイネ? 万人を愛せとは言わねぇーが、人への嫌悪を匂わすヤツには良縁は寄ってこなくなるぜ?」
茶化すように言うコルベールと、粗野な口調でやたら良いことを言うセルケト。そんなショタとリーゼントに、ハイネは「スミマセン、反省します」と硬い声で無心に謝る。
なお反省しているわけがない。彼の内面は、〝くそ、あんな悪党のせいで恥を晒した……!〟という羞恥心と勝手な憎悪に塗れていた。
「――なに、気にすることはない」
と、そこで。生徒会長セラフィムはハイネを諭した。
「え、会長……?」
「――せっかくの青春だ。誰かを愛すも憎むも、とことんやればいいだろう。大人になったらソレも難しくなるのだから、な」
そう告げる会長の声に、ハイネはたしかな重みを感じた。
今、セラフィムは六年生。学園生活最後の年である。来年には政界で本気の戦いをしなければならないのだ。
特に、彼の祖国たる『ルクレール聖国』は、権力争いの黒さが尋常ではないと聞く。
噂では、犯罪者に堕ちた王子『おぞましきエルザフラン』を輩出した件も、何らかの裏があるとか――。
「――ゆえに、ハイネよ」
「はっ、はいっ!」
ふと現実に引き戻される。気付けばセラフィムは楽しげに目を閉ざしていた。
「会長……?」
「――俺はしばらく何も見ないし聞かない。だから、例の小窓を出す異能でジャック少年を覗いて笑いたければ、そうしろ」
「!?」
ハイネは心から驚いた。嗜虐心の発露を、生徒会長が許したのだ。
今は生徒会入りテストの場。人格面も考慮される時である。ゆえにハイネも最低限は、嫌悪を抑えようと取り繕っていたというのに……。
「よろ、よろしいのですか……?」
「――あのジャックという少年も、男だ。己が無能さで嗤われるなら、自身の不徳と飲み込めばいいだけのこと。そしておまえも、半端な悪意を向けるなよ。男だと思われたいなら、堂々と全力で笑い飛ばすがいい」
「……!」
セラフィムはそこまで言い切ると、瞼に続いて耳も閉ざした。そんな彼の振る舞いを前に……ハイネはニィッと裂けるように笑い、「わかりました!」と強く叫んだ。
「あァッ、あの劣悪者を笑い飛ばしてやりますよ! ボクの考える正義の未来に、あんな男はいらないんだ――!」
嫌悪感を全開とし、彼は能力を発動させる。
「異能解放ッ、『開禁』!」
ハイネの前の空間が歪み、一時的に暴風が吹いた。次元に穴が開く衝撃によるものだ。
その風に赤いマフラーをたなびかせながら、ハイネは嗜虐心を解き放った。
さぁジャックよ見せてくれ。自分たちが聖女と最終決戦をする中、ひとり早々に落ちぶれて、国が壊れて泣いている男の顔を――――と。
そう思っていたのに。そう期待していたのに、なのに。
「な、なにがどうなっているんだァーーーッ!?」
窓の向こうに広がった景色に、ハイネは素っ頓狂な声を上げた。
なぜなら、ボロボロの執務室で縮こまっていると思われたジャックが――、
『ヒャッハァアアアアアーーーーーッ! いくぜぇ国王ォーーーッ!』
「うわあああああああああ!?」
謎の赤毛と共に軍馬に乗り、大軍勢の筆頭となって駆けていたからだ――!
「おまっ、こっ、これはどうなってるんだジャックゥッ!?」
『おまっ、こっ、これはどうなってるんだジャックゥッ!?』
「えッ!?」
『えッ!?』
そしてさらなる異変に戸惑う。なぜかハイネの放った声が、二重となって響いてきたからだ。
ああ――そこでようやく。ようやくハイネや、生徒会メンバーは気付いた。
前方の大合戦により激音が響く中、死神は密かに忍び寄っていて――!
「うわぁああああああんッ! 助けてハイネくぅーーーーーーん!?」
後方にある林を突っ切り、『殺人鬼の子』ジャックが荒くれ者たちと奇襲をかけてきたのだった……!
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