117:法務科の光と闇
――約二百五十名ほどの貴族子女が通う『聖アリスフィア学園』。
煌陽の月の第一休息日たるこの日、芝生やテラスでくつろぐ生徒たちは、皆が一様に空の一点を見つめていた。
そこには光の粒子によって投影された試合模様――『仮想世界大戦』の光景が。
学園統べる天才たちに加え、大国を救いし『救国の聖女』レイテ・ハンガリアが招聘されたというこの一戦を、誰もが首が痛くなるのも無視して見上げていた。
「レ、レイテ様の国――『ハンガリア王国』は、いったい何がどうしてそうなっていくんだ!?」
「法務科のセルケト兄貴は、なんであんな手をっ!?」
「悪党ジャックがなんで混ざってるのかは知らないが……あいつ終わりすぎだろ。やっぱ大したやつじゃないんじゃねえの?」
そんな生徒たちは現在、三つの勢力に着目していた。
一人は言わずと知れたレイテ。実際に領主職を行っている彼女の手腕は、最初から研究させてもらう予定だった。
だがそんな彼女は意味の分からない行動をしていく上、ほかの二つも意外過ぎる動きを行っていた――。
◆ ◇ ◆
一人目――『殺人鬼の子』ジャック。
「うわあああああああんっ!」
『ヒャッハーーーッ!』
彼の総べる国……『ぼく実は善人なんです王国』は、終わっていた。
「み、民衆が全員、暴走しちゃったよぉ~~~!」
ボロボロの執務室で泣き喚くジャック。割れた窓の向こうでは、真昼から酒を飲んでは殴り合う人々の姿が。
そう。彼はテンパッてあらゆる行動でミスをしまくった結果、国の治安度は瞬く間に下落。さらにコミュ障で自信なさげで『視察』のたびにNPCたちに頭をぺこぺこと下げ続けたことで……、
『オラァカス国王! 金を出せやぁ~~~!』
「ひいいいっ、持ってないよぉーーー!?」
……民衆たちは、暴徒と化した。罵声と共に執務室に石が投げられまくる。
これは仮想世界大戦における最悪の結末の一つである。
国王への恨みはなくとも、治安や『好感度』が最底辺に達すれば、人々が王を王とも思わなくなるのだ。ゴミである。
『――第九ターン終了。それではみなさま、第十ターンの行動を決めてください』
響き渡る進行役・ハロルドの声。
それに対してジャックは泣きながら「よよよよよしっ、次の行動は『練兵』:巡回兵育成で治安回復を……!」とタブを押そうとするが、それよりも先に異変が起きた。
『ヒャッハァッ! つまんねェことしてんじゃねぇよ王様よォッ!』
「って誰ぇ!?」
執務室の扉を蹴り壊し、赤毛にスーツの刺青男が侵入してきたのだ……!
「え、NPCの人だよね!?」
『ンなふざけた名前してねぇよッ! 殺すぞ!』
「ひえええええ!?」
『俺様の名はエックス・ロアッ! このあたり一帯を制覇したマフィアのボスよぉッ!』
「エックス・ロア!? マフィアのボスッ!?」
ど、どう考えても『地獄狼』総帥ザクス・ロアじゃないか――!? とジャックは叫んだ。
……ここにある種の奇跡が起きた。
ジャックがあまりにも治安の終わりすぎた環境を作り上げた結果、それがちょうどザクス・ロアの誕生した貧民街と酷似し、ザクス・ロアじみたNPCが生成されることになってしまったのだ。
『なァ~~にが巡回兵育成だオラァッッ!? テメェまるで生きちゃいねェよッ!」
「NPCに言われたッ!?」
「男なら侵略兵作りまくりやオラオラオラァ~~~!』
「わあああああああっ、勝手にボタン押さないで~~~~!?」
……無理やりに行動決定権を奪い取ったエックス・ロア。
こうして国王のこの年の行動は、『視察』:悪人徴兵、『練兵』:侵略戦模擬、『密偵』:娼婦派遣という暗黒極まるものとなってしまった……!
「なにしてんだよアンターーー!?」
『うるせェよいいかァ国王ッ!? 負けないために戦うンなら善良な兵が至高だがッ、滅ぼすためなら飢えた悪党こそが最高よォッ! そいつらを俺様が鍛えてやるッ! そしてスパイ送り込むんなら仕込んだプロより素人のオンナだァッ! 殺されても痛くねェしよォ~~~~~ッ!』
「ささささ最悪だこの人ッ!? レイテ様はどうやってこんな極悪人に勝ったんだよぉ!?」
『うおおおお戦争だ! 略奪だ! 燃えてきたぜぇ~~~~!』
ものすごい勢いで飛び出していくエックス・ロア。あとに残されたのは、ボロボロの執務室で「ぼくは……ぼくは温かい国を作りたいのに……!」とすすり泣くジャック一人だった。
「う、うぅぅ……せめて法務科の生徒として、優しい法の作成を……。あれ、でも、エックス・ロアみたいな強そうな悪党に法を守ってもらうには、どうすれば……?」
と、彼が頭を抱えていた時だ。
「フハハハハハハッ! 無様だなぁジャックよ!」
高飛車な笑いが不意に響いた。ジャックがハッと顔を上げると、目の前の空間がぶれ、光の小窓が現れる。
そこから顔だけを出す形で、金髪のみやびやかな少年――ジャックを虐げる法務科の生徒・ハイネが現れた。
「うわぁっ、ハイネくん!?」
「ふん。様子を見に来れば、なんだ貴様の国は? 治安は終わって王の権威もコケにされ、これでは自滅も秒読みではないか! 『殺人鬼の子』は国すら殺してしまうのかね?」
高い声で、ハイネ・フィガロはうなだれるジャックを楽しげに詰った。小窓から細く白い指を出し、「無能め、無能めっ」とジャックと額をつつく。
「いたっ、ちょっ、いたいって……! いやあの、どういうことなの? どうしてこの場にハイネくんが? それにどうやって手や顔だけ出して……だから痛いって!」
「察しの悪い悪党だな。まずこうして貴様をいじめてやれているのは、僕の転移系異能『開禁』によるものだ。距離という概念を引き裂き、知り合いの下に顔を出せる小窓を作れる……!」
「っ、転移系異能だって……!?」
「そうとも。とてもレアで強力だろう?」
秀才で善良なボクに宿ってよかった~~と自賛するハイネ。首にかけた赤いマフラーを掻き上げる。その言葉やしぐさの一つ一つからは、圧倒的な自己愛ぶりが見て取れた。
「キミのような劣等で悪党な男に宿ったら、どんな使われ方をするかわからないからねぇ?」
「っ、僕は卑劣な真似はしない!」
「さてどうだか。そして、ボクがこの仮想世界大戦の場にいる理由だが――」
そこで、ハイネの頭が大きな手に押し下げられた。それから「ちょっと口が悪いぜ~ハイネくん!」と諭す明るい声と共に、特徴的なリーゼントが小窓から突き出した……!
「ってうわぁっ!?」
「おっと顔じゃなくてリーゼント出しちまった。わりぃわりぃ。改めてオレだぁ~!」
「セ、セルケト先輩!?」
声の主は褐色の快男児、生徒会書記のセルケトであった。
見た目に反して法務科トップの優等生である。ゆえに同じ法務科のジャックとハイネにとっては、尊敬の対象でもあった。
「先輩、どうしてハイネくんと……?」
「おうッ、またまたサプライズってやつよォーッ! ハイネは優秀だし異能も強力だし、何より親父さんがあの『救国の聖女』に選ばれた新法務大臣サマだからよォ。前々から能力を見たかったんだよ」
「それって、つまり……!?」
驚くジャックに、ハイネは高らかに鼻を鳴らした。
「そうだ! ボクこそは『次期生徒会メンバー』候補! その力を見せるために、セルケト先輩に代わって国家運営しているのだっ!」
薄い胸を張るハイネ。高飛車な態度にも見えるが、彼がここまで自慢ぶるのもジャックは当然だと思った。
本来、生徒会メンバーに選ばれる者は三年生以上からが普通なのだ。現在の生徒会メンバーも四年生から六年生が多くを占める。
それを入学より数週間の者が選ばれるなど、異例もいいところである。
「そんな……レイテ様もそうだけど、でもあの人は大国を救った実績があるからで……それに比べたらハイネくんは……」
「なんだ貴様っ、ボクの栄光を否定する気か!?」
「い、いやそんなっ、ただちょっと」
「黙れッ、『殺人鬼の子』め!」
ジャックの言葉を、ハイネの暴言が強引に掻き消す。
「いいかジャック。この仮想世界大戦でボクは結果を示し、我が聖女レイテ様と一緒にっ、生徒会に入る予定だ!」
「我が聖女って……」
「そうすれば貴様など追い出してくれるわ! 統合生徒会としての全権力と人脈を使い、必ずや退学に追い込んでやるっ」
鋭く人差し指をつきつけるハイネ。その宣告に、ジャックは「うぅ……」と呻るばかりで返せない。
なにせ今の彼の国は完全に終了している。もはや暴動など日常茶飯事だ。統制は完全に失われているゆえ、あと数ターンもすれば消滅すること間違いなしだろう。
「フッ、クズめ。これに懲りたら二度とボクに逆らうなよ」
「オイオイ、ハイネェ。だからクチわりぃーっての。……でもまっ、たしかにジャックの坊ちゃん、ゲームプレイがヘタすぎんなァ」
常に快活なセルケトも、崩壊状態のジャックの国には苦笑を浮かべた。
「ま、晒し者になるのもツレェだろ。プレイヤーには投了権も与えられてっから、次のターンでそうするといいぜ?」
「……はい」
「おうっ、それじゃあ邪魔したな。ハイネ、ゲームプレイに戻ろうや!」
明るく後釜に声を掛けるセルケトと、「ハイッ!」と笑顔で元気に返すハイネ。
劣等な悪党が項垂れる中、法務科の優等生たちは姿を消していくのだった――。
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【生徒会紹介】
『セルケト・ディムナ』
部族連合ディムナの長の子。書記担当。褐色でリーゼントなヤンキー兄さん。声がでかい。
だがその外見的特徴に反して、法務科トップで親切な人物。
レイテ曰く『外見裏切りヤンキー野郎』。
『ハイネ・フィガロ』
ストレイン王国出身。伯爵の子。時期メンバー候補。線の細い金髪の少年。
高慢かつ正義心が強すぎて歪んでおり、殺人鬼の子ジャックを毛嫌いしている。
祖国を救い、父親を出世させてくれたレイテのことをガチ尊敬しているが、父親が輪をかけてレイテに心酔しており、レイテの足をペロペロしたがっていることは知らない。
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