110:編入生は聖女様
途中でもご感想ぜひください~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!
――『聖アリスフィア学園』の授業は午前と午後でタイプが分かれている。
六年制となっており、午前中は入学年ごとに集まって基礎科目の授業を受ける。
だが午後は『政務科、軍務科、法務科、外務科、庶務科』に分かれ、さらに各々の学力に応じた教室にて授業を受けることになる。
貴族の子女らにとっては午後こそが本番だ。彼らは実家にて基礎学習はおおむね終えているがゆえ、午後の専門授業までは和やかな――悪く言えば気の抜けた――雰囲気で過ごしている。
もっとも、『殺人鬼の子』ジャック・シャルワールの周囲は違うのだが。
「き――貴様ァッ! 昨日ボクらになにをしたぁ!?」
「ご、誤解だよハイネくん……!」
その日の朝。四十名ほどが在籍する一年生クラスでは、金髪の少年ハイネが、取り巻きらと共にジャックの席を包囲していた。
ほぼ連日と化したいじめの光景。もはやクラスの者たちは日常風景だと無視してきたが、この日は違った。
「あ、そういえばハイネくん、お腹の怪我は――」
「ひっ、触るな!」
心配げにジャックが手を伸ばした瞬間、ハイネは汗を噴きながら飛び退いた。
「え、ちょっ」
「きききっ、昨日みたいにまた何かする気なんだろう!? 貴様、ついに牙を見せたな!」
そう。ハイネらは完全に勘違いしていた。ジャックを嬲る中、一瞬で意識を刈り取られた彼らからしたら、その下手人はジャック本人に他ならない。
ゆえに今朝はジャックを囲うも触れることなく、「白状しろっ、先生に言いつけてやる!」と迫るだけに留まっていた。
ちなみに他の生徒たちも……、
「おい聞いたか。ジャックのやつ、ハイネさんグループをボコボコにしたって……!?」
「殺人と暴力に慣れきったような内臓破裂寸前の一撃を腹にぶっぱなしたらしいぞ……っ」
「や、やっぱりジャックってやべーやつだったんだぁ……!」
「なんか昨日は変態不審者眼鏡も逮捕されて、それから脱走して回ってるとか。こええよなぁ……」
と、完全にジャックを恐れている模様。
おかげで一年生クラスは朝から恐怖に満ち溢れていた(※一部はアシュレイのせいである)。
「ちょ、ちょっとっ、ハイネくんもみんな勘違いしてるよ! あれをやったのは僕じゃなくてっ」
「では誰がやったというのだ!?」
「それは――いや、その……」
ジャックは言えなかった。
先日の一件は、かの『救国の聖女』レイテによって引き起こされただなんて。
そんなことを言っては、助けてくれた彼女に迷惑が掛かってしまう。
「その……はは、とにかく僕がやったんじゃないから。学園に現れた不審者のせいじゃないかな?」
「なっ――貴様、このハイネを脅しているのか!?」
「えっ」
「『今ならば何をしても例の不審者のせいになる』『たとえこっそりキミが殺されても、それは不審者のせいだよねぇ?』と、そう言いたいのだな!?」
「えええええ!?」
半ば勘ぐった解釈。だがハイネはこれまでジャックを嬲ってきた手前、自分に対して恨みを抱いているとしか思えなかった。
またジャックが変態殺人鬼の息子ということもあり、今やハイネは恐怖で顔が青くなってしまっている。
「た、たとえ身体は屈しても、ボクの正義の心は折られないぞぉ!」
「いや折らないから!?」
かくして戦々恐々とする少年たちと、(どうしてこうなった!?)と困惑するジャック少年。
貴族の教室に混沌とした空気が満ち溢れる。
そんな中、
「――やぁれやれ、ずいぶんと騒がしいねぇ」
気の抜けた声と、響き渡った予鈴。それらと共に教室の扉が開かれた。
「やぁおはよう、何の騒ぎだい?」
「あ、ラインハート先生……!」
現れたのは、よれたスーツを羽織った無精ひげの男。伸ばしっぱなしの白髪まじりの髪をボリボリと掻く彼こそは、『聖アリスフィア学園』の一年生クラス担当教師・ラインハートだった。
「ほいみんな席について~。面倒だけど話すことがふたぁつある。一つは昨日、変態眼鏡の不審者が現れ、今なお学園内を逃げ回っているという件で――」
「先生! お話がありますッ!」
とそこで、ハイネが教師の言葉を遮った。そして制服をまくり上げる。
「見てくださいよっ! この腹を!」
「ん~?」
腹部を晒すハイネ。その白くなだらかな臍の上には、青黒く刻まれた靴の痕が……。
「うわぁイタそ。どうしたんだいハイネくん?」
「どうしたもこうしたもありませんッ! これはジャックにやられたんですッ!」
やはりヤツは危険人物ですッ、退学処分を! ――と、力強く訴えるハイネ・フィガロ。
だがラインハートは億劫そうに「そう言われてもねぇ~」と頭を掻くばかりだった。
「だってジャックくんがやったっていう証拠がないんだしねぇ~」
「そっ、そんな!」
「あぁ、仮に真実だとしようか。だとしたらなんで蹴られたのかねぇ~? 恨みを買うようなことでもしたかい?」
「ッ……それは……!」
ハイネや取り巻きたちは黙るしかなかった。ことが露見すれば、罰せられるのは彼らのほうになるかもしれないからだ。
「と、とにかく僕を信じてくださいよ! 僕はストレイン王国の、『救国の聖女』に選ばれた新たな法務大臣の子で……!」
「出自、今関係あるかい?」
「ッ……!?」
――『聖アリスフィア学園』に忖度は存在しない。
たとえハイネが新たな法務大臣の息子で、疑惑のジャックが殺人鬼の子だろうが関係なかった。
あらゆる国家権力の介入を許さないこの地は、この世で最も平等な場所であるのだから。
「ほい、わかったら席に着く。あんまり騒ぐと評価下げるからねぇ~?」
「くっ……はい……」
やがて渋々と席に戻るハイネたち。だがジャックへの疑いを解いたわけではなく、去り際に彼を睨みつけると同時に、「覚えているがいい……!」と捨て台詞を呟いていった。
その眼光と言葉に、ジャックは朝から辟易してしまう。
(うひぃぃ……とんでもないことになっちゃったなぁ。僕、これ以上は悪目立ちしたくないのに……!)
できればハイネとも仲良くしたかった。
かの少年は法務大臣の息子である。法関係の仕事を目指すジャック的には、そんな彼からいつまでも嫌われているのは非常にまずい。
それに――、
(僕は、ハイネくんのことを……)
「ほいっ注目注目! じゃ、報告二つ目だよぉ~」
とそこで、教師ラインハートが手を鳴らしたことで、ジャックはハッと前を見た。
報告とはなんだろうか? そう他の生徒たちが考える中、ジャックだけは思い至る。
「あっ、そうか……!」
「今日からクラスに編入生が入るよぉ~~! というわけで今日からクラスメイトになる、レイテ・ハンガリアくんでぇーす!」
刹那、教室の扉がガラリと音を立てて開かれるや、入ってきた少女の姿に生徒たちが息を呑んだ。
窓辺から射す陽光を受けるその姿は、まるで妖精のよう。銀の髪が光を弾き、青き瞳が宝石のように煌いた。
その容姿に、そしてなによりその名前に……。彼女が教壇の横に立った瞬間、子供たちは弾けるように叫び上げた。
『救国の聖女ッ、レイテ・ハンガリア様だぁーーーーーーーーッ!』
教室全体から漏れ出した驚きと大歓声。
それも無理はなかった。なぜなら彼女こそ、世界的にも悪名高い傭兵結社『地獄狼』を滅ぼし、王子と共に大国ストレイン王国を救ったという、まさに時の人であるのだから。
しかも現在は王政の復興に尽力し、貴賎問わず有能な人材を雇い入れて国中から感謝と尊敬を集めているという。
そんな大人物が突然クラスメイトになるとあっては、子供たちが騒ぎ出しても仕方がない。特に親を法務大臣にしてもらったハイネ・フィガロは、「おっ、おおおおッ! 聖女様ァ~~~ッ!」と涙さえ流しながら狂喜乱舞していた。
――そのような中。
「は、はは……入学するとは聞いていたけど……」
大歓声の中、ジャックだけは苦笑交じりの表情をしていた。
その胸中は複雑である。レイテが妙な性格をしていることを知っているのもあるが、なにより。
「……僕とは、全然扱いが違うや……」
――ジャック・シャルワールは『殺人鬼の子』である。
当然、レイテのように顔を出しただけで喜ばれたことなど一度もない。それどころかクラスメイトの落としものを拾おうと声を掛けた瞬間、悲鳴を上げられたことすらあった。
また学園に行く前にも、軟禁されていた母方の生家では、父のことを知る親類や使用人たちに軽蔑の眼差しを向けられていた。ゆえに至上の祝福を受けるレイテの姿を見るのは……、
「――ちょっと、アナタ」
「え」
と、そこで。一人沈んでいたジャックに声が掛けられた。
ふと顔を上げれば、なんとレイテが万雷の喝采を引き裂くようにずんずんと、ジャックの下に近づいてきていたのだ。
周囲の生徒たちの声が困惑と恐怖に染まる。
「レ、レイテ様っ! そいつに近づいちゃだめですよ! その男は殺人鬼の子で、本人も凶悪な悪党で……っ!」
そう忠告したのはハイネであった。が、しかし。レイテはまるで聞こえていないように歩を進めると、ジャックの前に堂々と立った。
これにはジャックも混乱である。この可憐にして珍妙な聖女は、いったい何を考えているのかと。
「あ、あの……」
「酷い嫌われっぷりねぇ、ジャックくん? 流石は『殺人鬼の子』ね」
「ッ――!」
思わず、拳を握って立ち上がりかけた。
昨日救ってくれたはずの彼女までそんなことを言うのかと。自分のことを蔑むのかと。
「ぼっ、僕は――!」
僕を馬鹿にしないでくれ、と。そう叫ぼうとした瞬間だった。
「だからこそ、気に入ったわ!」
「――え?」
レイテの細い指先が、座したジャックの顎に伸ばされ、無理やり顔を持ち上げさせられる。青く煌めく夜空のような彼女の瞳が、ジャックの視界に輝いた。
そして。
「ジャック・シャルワール。アンタをわたしの弟子にしてやるわよぉ~~~!」
突然の宣言。その言葉にジャックはもちろん、生徒たちは数秒固まり、
『えええええええええええええ~~~~~~~~~~ッ!?』
先ほどを超えるどよめきが、学園中に響き渡ったのだった。




