第四章プロローグ:学び舎に降りし、『救国の聖女』
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「――ジャックくん。いい加減に学園を辞めたまえ」
とある学び舎の裏庭にて。昼下がりの陽射しさえ届かぬ隅で、少年・ジャックは地面に膝をつかされていた。
「うぅ……」
「やれやれ。あぁやれやれだよジャックくん。なよついた顔のくせに、キミもわからん男だよ」
ジャックの制服は土にまみれ、顔には殴られた跡が。そんな彼を、身なりのいい少年たちが嘲笑していた。
「おかげで毎日、キミに『教育』してあげなくちゃぁいけないじゃないか。ボクらの気苦労も考えたまえよ?」
「ハイネくん……僕は、学園を去る気は」
「黙れ。キミ風情が口答えするな」
ハイネと呼ばれた金髪の少年は、侮蔑を込めてジャックの頬を打った。
「ッ……!?」
「やれやれ……いいかいジャックくん? わからず屋のジャックくんよ。ここ『聖アリスフィア学園』は希望の学び舎だ」
彼は手を広げ、古く威厳ある校舎を示していく。
「複数の国家の境界入り乱れし場所に立ち、あらゆる国の者の入学を受け入れている。そしてその入学条件は、〝貴族の血を引く者であること〟。たとえばこのボク、伯爵家のハイネ・フィガロのようにねぇ?」
金髪の少年ハイネは高らかに胸に手を当てる。心臓に流れる血の一滴にまで、誇りを抱いている証左だった。
「各国の中枢に携わるには、この学園で上位の成績を叩き出す必要がある。いわばこの地は貴族たちの登竜門なわけだが――」
ハイネは忌々しげにジャックを見下ろした。
「キミも、まぁ一応は貴族の血を引いてるんだろうね。貴族の者のみが使える『異能』。ソレを有しているのだから。だが、だがだッ!」
言葉を切り、ハイネは起き上がろうとするジャックの肩を蹴りつけた。
「ぐっ……!?」
「キミの血は穢れてるんだよ! なにせ異能持ちと言っても、かの恐ろしい殺人鬼『切り裂きブルーノ』の血を引いてるのだからねェッ!」
その一言に、ジャックは強く拳を握った。強い嫌悪感の光が、前髪のかかった瞳に滲む。
「ハイネ……くん。僕の前で、あの男の名前を出さないでくれ……!」
「おやおや。自分の父を『あの男』呼ばわりとは口が悪いねぇ。しかしどんなにキミが嫌がろうとも、『切り裂きブルーノ』の血を引いていることは事実だろう?」
ま――つい最近かの『救国の聖女様』の軍に討伐されたそうだがねぇと、彼は吐き捨てるように言う。
「さてジャックくん。恐るべき血を引くジャックくんよ」
にちゃりと、ハイネは粘つくような笑みで少年をなじる。
学園中から避けられている『殺人鬼の子』に、心からの侮蔑を込めて。
「わかりやすく言ってあげるよ。キミが父親を嫌うように、未来あるボクらもキミのことが嫌いなんだよ」
「ッ」
「なにせボクらは貴族の子。国の未来を背負う者たちだ。血の一滴さえ下民共の数万倍価値ある命だ。ゆえに、ある日キミが父親のような『切り裂き魔』になったらと思うと、怖くて怖くて堪らなくてねぇ~~」
朗々と歌うように述べた後、一転、ハイネは視線を神経質気味に尖らせると、ジャックの胸倉をつかみ上げた。
「ぐ!?」
「学園を辞めろ、穢れた血。おまえごときが国の中枢に関わろうと思うな……!」
強くぶつけられる侮蔑の情。ハイネ以外の少年たちも、「ハイネさんの言うとおりだ」「出てけよ殺人鬼野郎」「死ね」と、冷たい言葉を投げかける。
ジャックの入学よりおよそ三か月――もはや毎日となったほどの、常人なら耐えかねる扱いであった。
だが。
「ぼ、僕には……」
だが、しかし。
「僕には、夢があるんだ……!」
「あぁ?」
「この学園で、叶えたい夢が……!」
だからこそ。だからこそジャックは、この責め苦の日々を耐え抜いていた。
どんな嫌がらせを受けようと。陰口を叩かれ、時に無視され、私物を壊され暴力を振るわれ、最近ではいよいよ異能による暴行さえ受けることがあろうとも。
少年ジャックは、夢のために耐え続けてきた。
「僕は殺人鬼の子だ……! だからこそ、法務職に携わってみせるッ! 罪人を適切に裁いた上で、罪人の家族が苦しまないためのプログラムを作ってみせるんだ!」
それこそが、ジャックの無常の夢だった。
「親が犯罪を犯し、自分のように苦しむ者を救うために! 国による犯罪者家族の情報保護を行い、親が出所後に再犯しないために、元犯罪者の職業斡旋も!」
「黙れゴミッ!」
ジャックの理想を、しかしハイネは一喝する。
「はぁ~~~。世迷いごとも極まれりだよ……!」
苛立たしげに侮蔑を強めるハイネ。他の貴族の子息らも同様の反応である。
ジャックの掲げた法策は、あまりにも未来に行きすぎており――有り体に言えば『無駄の極み』だと彼らは思っていた。
なにせ、犯罪者やその家族の生活など、貴族にとってはどうでもいいのだから。
「いいかッ、国庫も人手も有限なのだよ!? 罪人やその家族なんかを支えるために、どうしてリソースを割かなきゃいけない! 犯罪者は全員死刑ッ! その家族も迫害されまくって死ぬくらいでいいだろうが!」
「そっ、そんなのはあまりに無情でッ!」
「うるさい!」
言葉と共に、ハイネは殺人鬼の子の顔面を殴り飛ばした。「ぐぅッ!?」と呻きながら少年は倒れる。
「ぐ、うぅ……僕には、夢が……!」
「黙りたまえ。キミの夢は国を壊すモノだ。同じストレイン王国の者として見過ごせない」
犯罪者やその縁者を擁護して何になるのか。それが国の未来に繋がるとは到底思えない。
ハイネがジャックを邪険に思う理由の半分は、彼が理解不能の夢を抱いていることにあった。
「特にこのハイネは法務大臣の子……だからこそキミをより許せないんだよねぇ……ッ!」
拳を鳴らすハイネ。さらなる暴行を加えるべく、倒れたジャックに近づいていく。
他の少年たちもソレに続いた。
なにせ殺人鬼の子はこの学園の『悪者』。どんなに気持ちよく殴ろうが、正義は自分たちにあるのだから。
「今日は徹底的に躾けてあげよう。キミが馬鹿げた夢を捨て、『この学園を去る』と宣言するまでねぇ……!」
「くっ……」
迫る暴力の予感。恐怖。
されど、ジャックは決して撤回しない。歯を食いしばり、正義の鉄槌を耐え抜く気でいた。
「ぼ……僕の夢が、国を壊すというなら、上等だ……!」
土と生傷に塗れながらも、それでも彼はハイネらを睨み、宣言する。
「嫌われ者の悪党になろうが、僕は夢を叶えてやる――!」
その一言に、ハイネらはキレた。「この殺人鬼の子め!」と喚き、ジャックを集団暴行せんと迫った――その時。
「いい宣言を聞いたわねぇ。エリィ、助けてあげなさい」
「あいよ、お嬢」
瞬間、少年たちは宙を舞った――!
「――え?」
そう呟いたのはハイネらか、あるいはジャックか。
気付けば騒乱の中心には、クラシカルな給仕服を纏った『不自然なほど美しいメイド』がいた。
紫の髪を揺らした彼女により、少年たちは横腹を回し蹴られ、一瞬遅れて『ぐべらッ!?』と喚きながら地に転がったのだった。
「えっ、え……!?」
その状況に戸惑っているのは、助けられたと思しきジャックである。
「一体、なにが……?」
――この学園に、ジャックを助けてくれる者などいない。
なにせ彼は『悪者』なのだから。たとえ本人が悪行を行ったことなどなかろうが、そのように扱われているのだから。
だというのに。
「あらなによ。せっかく下僕を使って助けてあげたのに、お礼の一言もなし?」
そんなジャックに、手を差し伸べる者がいた。
「でもいいわぁ。それもなかなか悪党ポイント高いじゃない」
ジャックの長すぎる前髪の先。謎のメイドや、倒れた少年たちの向こう側に、『彼女』は立っていた。
美しい銀髪の――新品の制服を纏った小柄な少女が。
「キミ、は」
「わたしは」
この日のことを――少年ジャックは一生忘れないだろう。
「わたしこそは、『悪の支配者』レイテ・ハンガリア! この学園を恐怖のどん底に沈めに来たわよォ~~~~~~ッ!」
――それが殺人鬼の子ジャックと、『救国の聖女』との出会いだった。
【ヴァイスくんへのお手紙】
レイテ『ヴァイスくんへ。入学初日に悪党に味方してガキどもボコりました! わたし極悪ぅ~~~! 聖女の噂も撤回不可避ッ!』
※なお、いじめられている者を救っている模様。




